第三十話 ラウンド・エクストラ
帰路に着く人の群れ。夕焼けがコロシアムの壁をきつね色に染め上げる中、三万人の観客は満足そうに、笑顔を浮かべながら都市へと散る。
俺は命からがら観客席へと戻った後、おやっさんとオーバーリーグを観戦して、そして今はコロシアムの入り口で立ち止まっていた。
「がははは――!! 優勝パーティ予想はワシの勝ちだな、お前さん」
「まさかとは思ったけどおやっさん、ギャンブルにハマる系人間なんだね……」
暇つぶし、というか遊び程度の感覚で始めた予想対決だったのだが、まさかあんなに熱くなって応援するとは。いや、あれは応援というよりただの怒号だったが。
店にいる時からは想像もつかない「そこでぶっ倒せ!!」みたいなことを言っていた。
どんな人にも好きなものはあるということだろう。おやっさんの別な面を見れたことを嬉しく思うと、そう考えることにした。
「ワシが勝ったからな、今度、遠慮なくメシを奢ってもらおうか」
嬉しそうに言うおやっさん。久しぶりの勝負だったのだろう、よほど楽しかったと見える。
……まあ、俺がヴォーダンの勝ちに賭けることが癪だった、という個人的事情のせいで負けたのだが。
ただ、いい機会だ。忘れているみたいだけど――俺、チャンピオンだぜ?
「ねぇおやっさん、メシだけでいいの? 実は俺、賞金で買いたい武器があるんだよね。――トリックスターナイフっていうんだけどさ、どうかな?」
「……ッ!! お前さん、そりゃあ――」
「今までの分全部、これでちゃんと返せるよ。――ありがとう」
この優勝は間違いなく、あの時立ち上がってくれたおやっさんのおかげだ。
「……そうか。ワシの葬式に間に合ってくれればと、そう思っとったんだがな。――槌は、諦めずに振っておくもんだ」
腰に手を当て、山のような大男はきつね色の空を見上げていた。
その瞳に映るのは高い雲と遥かな過去、そしてきっと――俺たちの未来だ。
「するとなんだカント、お前さんがこの大会に出た理由ってのは賞金か?」
「まさか。俺はただ証明したかったんだよ――伝説を、ね」
「――ふん。生意気なチャンピオンに負けんよう、ワシも頑張らんとな!」
太っとい腕が俺の背中をバチンと叩いた。やっぱりこの人、挑戦者の方が向いてるんじゃないだろうか。
そんな感情表現を挨拶代わりにと、おやっさんは腕を掲げながら歩き出す。
ヒリヒリする背中を労わりながら、俺は伝説の加工屋――ガーランド・スミスを見送った。
■ ■
「やっべぇ、遅れたらまたエイルに文句言われる」
急いで歩くコロシアムの廊下。向かう先は出場者が集まっていた、あの控室。
大会終了後、俺を含めたアンダーリーグの入賞者三人はどういうわけか、エイルに呼ばれていたのだ。
――と、その時。廊下の角を曲がり俺の前へ現れたのは、オーバーリーグで三位に入賞したパーティだった。
統一された緑のマント、三白眼の男を中央に隊列を組むのは剪定隊。俺のことを視認し一瞬目を見開いたハティンリルは、しかし気にするまいと視線を戻す。
ならば俺もわざわざ関わる気はない。互いに平行な視線は交わることなく、ただ静かにすれ違った。
――が、ふと。疑問だったことが口を衝いて出てしまった。
「なあハティンリル。――なんであんたら、手を抜いていたんだ?」
「――――ッ。覚えがないな、お前の勘違いだろう」
短く息を吸った後、ハティンリルは無機質にそう言い放った。
無音が廊下に反響する。応えはないし、続きもない。
俺たちはただその一言ずつを平行に言い合って、そのまま再び歩き出した。
◆ ◆ ◆
控室の前に到着すると、ちょうど金髪の襟足、ソウルが中へ入る姿が見えた。
今入ればギリギリセーフになりそうだ。軽く走った俺はソウルの登場に紛れるようにスッと入室を試みたのだが……中にいたのはなんと。
「おせぇぞお前、お嬢様を待たせんなや」
座っているエイルに敬意を示しつつ、俺を気に入らなそうに睨みつける男。
――大会四位、『天狼団』リーダーのワイルド系イケメン。
ブラギの実況で知ったのだが、その名前は「アレン」というのだとか。後ろには近代的に盛られた髪の他の四人もいる。
「ウチは別にかまわへんけどねぇ。そっちのお堅い人はどうやろなぁ?」
アレンさんに反応したのは、「ウチ」にイントネーションを置いた訛りの女性。
ヴァイオレットの瞳とウェーブしたロングヘア、踵が高いブーツにぴちっとしたタイツのような黒ズボン。上半身には淡い紫色の〝着物〟を纏ったその人は。
――大会二位、『魔女の大帽子』のリーダー。
曰く、『雅境の魔法師』――至高の魔法使いと名高い「キキョウ」さん。
背後に三人の魔法使いを伴って、妖艶な口元が笑みを浮かべる。
その視線はまさに魔女の、丸ツバのトンガリ帽子と共に〝お堅い人〟へと向けられた。
「……貴様らの会話に我を巻き込むな。揃ったのなら始めるぞ」
部屋の中央で堂々と、周囲に興味を示さず覇気を放つのは。
――大会一位、五連続優勝。
『輝く勝利の双牙』のリーダー、ヴォーダン・ハイルディン。
「やっほー、アタシもいるからよっろしくー!!」
……お堅くない人もいたようだ。キャピキャピしたツインテールを揺らし、ついでに大きな胸も揺らして、レイナさんがピースをしていた。
ソウルは興味なさげに無言、イアはなぜかレイナさんに「いえーい」と無表情でピースを返し、そして。
「――ギルドを代表し私が立ち会います。では、勧誘などはご自由に」
凛々しく座ったエイルは、ただそれだけを言うとパタリと黙った。
……状況が読み込めない。ソウルとイアは俺と同じく呼ばれたのだとして、他のパーティが集まっている理由はなんだ。
というかそもそも俺らを呼んだのはエイル、お前じゃないのかよ。なんでそんなお淑やかに黙ってんの? そういうドッキリですか?
混乱する俺を尻目に、ただ淡々とヴォーダンが口を開いた。
「ソウル・パンクラチオン。貴様を我のパーティに招こう」
「……なっ!?」
反射的に声が出た。が、頭の方は意外にも冷静で。集められたレベル差のある面々、エイルの発言、そしてヴォーダンの言動を考えるに、これは――
「スカウト――有望な中級者を引き入れにきたのか……!!」
入賞者同士でのマッチング。これならば双方にメリットがあることは間違いない。
とそこへ、俺とは違う意味で驚いたらしい声が響いた。
「へぇ――ほんにあの『輝く勝利の双牙』が新規を入れるんやねぇ。いよいよ二人に限界感じたんとちゃう?」
キキョウさんは艶やかな唇に手を当てうっとりと笑う。適度にはだけた着物から覗く谷間が万乳引力で視線を吸い寄せ、ヴァイオレットの瞳が全てを包み込む。
なんというか、魔の女、という意味で魔女だった。
「限界なのはオバサンの若作りじゃん? 普通に服着すぎだし、肌出さないように必死って感じ」
そこへ噛みついたのはライオン――ではなくレイナさん。ピクピクするキキョウさんの目元など気にしない様子で、堂々とぴっちぴちの肌を露出していた。
……今から第三次世界大戦ですか? あとレイナさんは服着てなさすぎです。
ここにエイルが加わったら世紀末だな――などと考えていると、ヴォーダンの声に応える荒々しい声が一つ。
「あ˝あ˝、そいつは悪くねぇ話だ。あんたらなら、俺に潰されもしねぇだろ」
ソウルはいつも通りの自分本位で、しかしさも当然のように言い放つ。
その言葉を肯定と取ったヴォーダンは、なんとも恐ろしい誘い文句を平然と告げるが。
「我に付いて来れなければ即刻クビだ。最悪リタイアすることになるがいいな?」
「ったりめぇだ、と言いてぇところだが――その提案は断る」
「……なんだと?」
瞬間、室内の緊張感が最高潮まで振り切れる。
切れ長の灼瞳が威圧的に見下ろす中、小柄な反逆者は微塵も臆さずに言った。
「俺がじゃねぇ。あんたらが、俺のパーティに入れ。名前は継続してやらァ」
その瞳は荒々しくも、真っ直ぐにヴォーダンへ向けられていた。
――本気で言っている。この場の全員がその事実を疑う余地はなく、そして。
「ソウル、やっぱりわがまま。それただの、形式の問題……」
誰もがイアに同意した。名前も、メンバーも変わらないならば結果は同じ。
違うのはその過程のみで、とすれば変わるのは本人の気持ちだけであろう。
ヴォーダンと、レイナさんと、そしてソウルの気持ち。
それは一見、とてもくだらないことのように思えた。いや、現に皆そう思っているのだろう。――俺以外は。
だって、俺たちは良くも悪くも〝人間〟なんだぜ。
感情を意志によって動かすからこそ人は人らしく生きていくんだ。
――だったら、ソウルはソウルらしく貫けばいい。
「テメェら外野の意見は聞いてねぇ、どうすんだヴォーダン」
普通に判断すれば考慮にすら値しないだろうこの問いに、しかしヴォーダンは。
嗤うでも、怒りを示すでもなく、ゆっくりとその口を開いた。
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では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―




