第十二話 英雄降臨
ヴォーダンと呼ばれたのは赤髪の、腕を組みながら話す尊大な態度の男だった。
「ふん、相変わらず数字を好むやつだな貴様は。そんなことよりレベルを上げて我に対抗したらどうだ」
「ボクは情報屋だからね。最強のキミと違って攻略自体に興味はないのさ」
「軟弱者の考えだな。己が強くあること、それが全ての最低条件だろう」
……唐突に始まった俺を飛び越えた会話。友達が見知らぬ別の友達と会話している時に似た感覚を覚えて、仕方なく俺は無言の観察を行った。
ヴォーダンと呼ばれた男はいかにも強そうな、百八十センチはある身長に引き締まった体。焔色のオールバックに一束垂れ下がった前髪、切れ長の灼瞳が威圧感を放つ――王様みたいなやつだった。
会話から察するにこいつが最強の挑戦者、レベル50越えのやつだろう。
すると突如、その切れ長の目がジロリと俺を見定める。
「それでエクスレイ――この弱そうなやつは誰だ?」
「うーんそうだね……とても興味深い初心者、かな」
そのワードを聞いた瞬間、燃えるような眉尻がピクリと反応する。眉間に寄ったしわが何かを言いたげに圧を高める、ヒリつく雰囲気の中――
「えー初心者ってマジ!? うわ初期装備じゃん、ちょー可愛いんですけど!」
「いやちょっと、誰!? ていうか近いデカいすごいですねお姉さん!!」
ボイン、という効果音が出そうな柔らかいものに抱き着かれた。今俺の目の前ではクレバス――日本語で谷間がこれでもかと主張している。というか、もうすっごいギャルだった。
鼻血の大量出血で死ぬかもしれないが本望だ。
「あーごめんごめん、初心者なんて滅亡危惧種だから興奮しちゃった!」
「いやむしろあと五時間くらいお願いしても?」
舌をペロッと出したギャルは猫目をウインクさせながら離れた。せめてもうあと十秒ほしかったが……無念だ。ちなみに正しくは絶滅危惧種だ、という指摘はもうどうでもいい。
立ち上がった謎のお姉さん。その健康的に焼けた生足はすらっと伸び、短いホットパンツがさらにその長さを強調している。ワイシャツの裾を結んだへそ出しスタイルはまさしくギャルのそれだった。
そういえばこの世界、服装は全く中世風じゃないが――まあ向こう側の装備データをロードするのだから致し方ないだろう。
などと考えながら視線を上げていくと、薄めの服装を補うようにブロンドのツインテールが派手に堂々としていた。
「ねえアンタ、面白い目してるよね。――アタシの胸になんか付いてる?」
「いや何か付いてるっていうか、そもそも胸が付いてるというか……」
非常に答えづらい質問だった。――が、何より俺が困惑したのはその前の言葉。
面白い目、というのはまさか……俺のスキルの話をしているのだろうか。
鋭い猫目と視線が合う。それはイケイケなだけのギャルにも、全てを食らう獅子のそれにも見えた。本当はバカじゃないのでは……と測りかねていたら、その名前を呼ぶ声が一つ。
「おいレイナ、そんな雑魚にかまうな。時間の無駄だ」
「だって見てよヴォーダン、この目――なんか絶望系モンスターっぽくない?」
……深読みした、普通にバカだったようだ。というか俺の目を絶望系と呼称するのはあなたが初めてだよ。そしてそんなモンスターは絶対にいない。
「反応悪いなー。てかなに、妬いてんのー?」
軽いノリでヴォーダンの頬をつんつん、ぺちぺちし始めたレイナという名前らしいお姉さん。
その男にそんなことしますかい、となぜか俺がハラハラしたが、意外と日常の風景らしく。
「……もういいか?」
表情を変えずに全てを受けきったヴォーダンは短く言った。レイナさんの方も満足そうにうんうんしていたので今日も世界は平和だ。
まさかあんたが女性に甘いキャラだとは思わなかったが、気持ちは分かる。
そう同情した矢先に――切れ長の瞳が再び俺を捉えた。
「ふん、今さら初心者か。……何の役にも立たんな。せいぜい下枝で遊んでおけ」
興味なさげにこちらを一瞥したヴォーダンは視線をエクスレイに移す。平和な日常から一転、まるで俺の存在など見えていないような態度に、ノイズキャンセルで俺が弾かれたような気分に落とされた。
……というか。さっきから黙って聞いてれば弱そうだの雑魚だの、終いには役立たずだのと散々言ってくれるじゃんか。
たしかにあんたは強そうで、その通り俺は初心者だが――
古参が新参を叩くのは、あんまりカッコよくねぇぞ?
「なああんた、ダンジョンに入るの……楽しいか?」
「質問の意味が分からんな。挑戦は勝つか負けるか、強さが全てだ。そこに楽しいなどという感情は――」
「あるだろ。まだ四年しか経ってない子供のくせに大人ぶんなよ」
「……なに?」
細めたヴォーダンの灼瞳が不承の熱を飛ばす。圧倒的実力に裏打ちされた自信、レベル1の初心者は黙っていろと言いたげだが――ここだけは退けない。
かち合った視線、重くのしかかる空気を押しのけ俺は立ち上がった。
「そうやって逃げてるだけだろ。ただ強いことにあぐらをかいて勝利に甘んじてるんだ」
「勝利に甘んじる? ますます意味が分からんな。ダンジョンでは強い者だけが生き残る、よって強さ以上に必要なものなどない」
「順番を間違えんなよ、楽しいから強くなるんだろうが……!!」
感情に任せて前へ出る足、応えるようにヴォーダンもにじり寄って来る。
「負ければ二度と挑むことはできん。強者でなければ挑戦権すら与えられんのだ」
「目的と結果を入れ替えんなよ……勝つことは結果だ、挑戦そのものが目的だったはずだろ!!」
「そんなもの、まともに戦えぬ弱者の詭弁だ……!!」
「いいや思考停止の正当化だろ!!」
「なんだと――!?」
瞬間、未来から剛腕が飛来する。左下方向から真っすぐ胸元へ、魔眼が正確に捉えた軌道へ負けじと応戦した俺の右腕は――しかし間に合わなかった。
「ぐっ……!!」
掴まれた胸ぐらを引き寄せヴォーダンは冷たく言い放つ。
「遅すぎるな。我の腕が武器なら今ごろ貴様はくたばっている。弱いとは、そういうことだ」
切れ長の瞳が俺を刺す。今まさに証明されたと、分かったかとでも主張するように俺を見据えるヴォーダンだったが……それでも。
やっぱり俺は、納得できなかった。
だって――あんたが一番強いなら、あんたが一番楽しそうじゃなきゃおかしいじゃないか。
「いつからだ――いつからあんたは、ただ攻略するだけの現状に満足した」
――いつから、あんたたちは。
「モンスターとだけ戦うようになったんだ。そうじゃないだろ……挑戦ってのは、自分自身と戦うことだろうが!!」
少なくとも始まりは、四年前はそうだったはずなんだ。
できる事なら俺だって、そんなあなたたちと――最初から一緒に挑みたかった。
「……ふん。口だけ達者でも意味はない」
冷ややかに言い放ちヴォーダンは俺を投げ離した。尻に広がる鈍痛、倒れ込んだ俺を見下ろす切れ長の目は嫌悪感を示しながら視線を切った。
「……行くぞレイナ」
背を向けるヴォーダン。そして、先ほどと同じく俺を無視するように歩き出す。
――悔しかった。製作者として、一人の人間としてこの正しさを証明できないことが。正しいことを正しいと肯定しきれない弱さが、情けなかった。
向こうの世界にいた時と同じだ。親すら納得させられなかった、あの時と。
「――いいや、だとしてもだ」
俺は絶対に諦めない。
なぜならそれが――あんたたちの忘れた〝挑戦〟ってことだから。
「おいヴォーダン……待ってろ、必ず追い付く。この俺――カントがあんたを越えてやるよ」
「……無駄な努力だ」
立ち上がった俺の言葉は一蹴される。だがそれでかまわない、今だけは歯を食いしばって受け入れよう。この燃えるような気持ちさえ忘れなければ……必ずだ。
離れ行く尊大な背中、それを張り付けられたように目で追う俺は――不意に。
スッと優しく、柔らかいものに抱きしめられた。
「……よく言った」
耳元で小さく響いた声。眼前で存在感を放つブロンドのツインテール。
こそばゆい耳にいい匂いの髪、押し付けられた胸に脈打つ心臓は弾けんばかりに高鳴ったが――きっと。この胸に広がる温かい気持ちの理由は、そのどれでもなかった。
俺の頭をポン、と一つ叩いて向き直るレイナさん。うんうんと満足そうに俺の上から下までを見流すと、手を開いてヒラヒラと振る。
感謝の意味を含めて笑い返した俺、その横を揺れるツインテールが通過した――その刹那。
ドクン――と油断しなかったのは、どうやら魔眼だけだった。
――レイナさんの右手が……なんだ……?
背後から迫る爪の長い手。不吉な予感に振り向いた俺はパシッとそこへ右手を合わせる。
唐突に行われたハイタッチはさながら陽キャの儀式のように、空中でレイナさんの手、そして驚愕に目を見開いた顔が静止していた。
「……へぇ。やっぱりアンタ、面白い目、してるね」
キレのある薄い声。細めた猫目の瞳孔が獲物を射抜く。
俺はまさに蛇に睨まれたカエルが如く、総毛立つ鳥肌と共にこの場に張り付けられた。
……見誤った。この人はバカなんかじゃない、ただノリが軽いだけの――
「――獅子が本性かよレイナさん。能ある鷹は爪を隠すってか?」
「その例えはよく分からないけど、まあバレちゃったらしょーがないよね。アタシだって伊達に挑戦者やってないもの。――でもね、本当の百獣の王はアタシじゃない」
言いながらレイナさんは、離れ行く尊大な背中へ視線を向けて。
「アレを越えるなら、アンタには〝ドラゴン〟くらいになってもらわないとね」
「安心してよレイナさん、こう見えて俺この世界の〝神様〟だからさ」
「あっははー何それ面白い! そういうバカな感じアタシは大好きよ、カント」
いやバカって、あなたにだけは言われたくないよレイナさん。
それに俺がこの世界の創造神なのは事実だからやっぱりバカなのはそっちなんだが……という指摘をする前に。
「じゃあまたいつかねっ!」
ペロッと舌を出した露出の多いギャルは、手を振ってダンジョンへ姿を消した。
残ったものは乱れた胸ぐら、燃えるような感情、決意。……それと巨乳の感触。
一連の経過を無言で見届けたエクスレイは相変わらずのはにかみスマイルを浮かべていた。
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では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―




