第十一話 神の末裔
黒いフードから露わになったのは、色白の肌に真っ白な長髪、見透かしたような銀色の瞳が印象的な青年だった。
「エクスレイさん!」
突如、俺の後頭部へ向けてエイルが叫んだ。それはおそらく俺の名前ではなく、だとすればもう声をかける対象は一人しかいない。
「やあお嬢様、お元気そうでなによりさ。ところでその興味深い人は何者だい?」
「相変わらず情報がお好きですわね。お仕事に一生懸命でいらっしゃるのはいいことですわ」
「半分はただの好奇心だけれどね。シンギュラリティ・デイのおかげでボクたち〝情報屋〟は儲かっているとも。それで――」
「この人殺しの目をした男のことですわね? 簡単に言えばそんな感じですわ」
「いや口調と裏腹に内容雑すぎだが!? そんな感じってなに、つまり俺は人殺しですか!?」
あとお前、いつからお嬢様に戻ったんだよ。ですわはいなくなったはずだろ。
「ああなるほど、そんな感じなんだね」
「なにもなるほどじゃないが!? ねぇ君はバカなの? 初対面で申し訳ないけど、バカなの!?」
「うるさいわよカント、少し黙りなさい?」
「……俺が悪いのかなぁ!?」
とんでもない冤罪だった。自販機の下から五百円を拾ったら終身刑になったような気分だ。
次にこんなことがあれば、異議あり!!と叫ぶことを誓った。では法廷で会おう。
「というわけで、カントくんだったかい。ボクは情報屋のエクスレイ。不審者ではないと思ってくれたのならボクの話を聞いてもらえないだろうか?」
「情報屋……どうりで知らないだの興味深いだの言ってたわけだ。まあエイルの知り合いみたいだし、不審者じゃないことは分かったよ」
それにこのタイミングで情報屋との遭遇――俺としてはありがたい。
「カントでいいよ、エクスレイ。それで話っていうのは?」
「じゃあカント――話というのは他でもない、今キミが手に持っているアイテムのことだよ」
お嬢様の叫ぶ声が聞こえてね、とエクスレイは薄く笑いながらエイルを見る。
俺もその責任を追及するかたちでエイルを睨むが、当の本人はお嬢様スマイルを頑として貫いていた。張り付いたような微笑みは逆に不気味で、むしろこちらに「見んな」と要求しているようにさえ感じられる。……異議あり!!
「なるほどエクスレイ、お前の目的は〝アザーカラーアイテムの情報〟か」
「そういうことだね。アイテムの詳細なら中度重要情報、モンスターの出現条件まで含めるなら文句なく高度重要情報だ。十万リーフから交渉は受け付けるよ」
十万リーフ……おそらく〝リーフ〟がお金の単位だろう。
「エイル、ここで売ってる料理の値段を教えてくれ」
「料理の値段……? 基本的に千リーフ前後ですけれど、それが何か?」
「向こう側とレートは同じくらいか……。だとすると、十万は安い」
「……驚いた。とても良心的な金額のつもりだったのだけれど。交渉するかい?」
「いいや? これに関しては交渉の余地もないな」
上がったとしてもせいぜいが十五万くらいなものだろう。俺がしたいのは十万とか五万とかそんな程度の話ではないのだ。
だから、別の交渉しよう。
「俺の情報とお前の情報を交換するのはどうよ? 俺に今一番必要なのは扱いきれない金じゃなく、序盤のお役立ち情報だ」
「なんだいそれ、今までにない取引方法だね。とても興味深いじゃないか……!!」
「よっし、決まりだな!」
かくして交渉は成立した。というより、元からこの情報をお金に換える気などは毛頭なかったというのが真実だ。
古来に曰く、お金持ちになるために必要なものは『お金』ではなく『知恵』であると。
ならば強くなるために必要なものもまた、お金ではなく情報だと言えるだろう。
俺の唯一の武器をお金に換えるなど愚かにもほどがあるということだ。それにお金ならこのアイテム山を売り払えば手に入るのだから。……というか目の前の山、めちゃくちゃ邪魔だった。
俺は寄付分の一割を残してポーチにアイテムをしまう。すると、ガラガラと音を立てながらエベレストは池へと退化した。余計に邪魔になったのは言うまでもない。
会話を聞かれないようにエクスレイは端のテーブルに座る。付いて行く俺に、アイテムを回収するエイルがジト目で不満を表してきた。いやだって一割なんだもの、諦めてくれ。
湿った視線を振り切ってテーブルに座る。
するとそこは空気の膜が張ったような、ノイズキャンセルがされたような不思議な空間だった。おそらくエクスレイの情報断絶が機能しているということだろう。
顔を突き合わせ準備ができた俺たちは、情報交換を開始した。
「ふぅん……『スライム結晶【会】』か。会心――つまりクリティカルが出やすいのが〝紫色〟の属性攻撃ということだね」
エクスレイのハスキー声が疑似密室に響く。通り過ぎる人には聞こえそうな声量だったが全くこちらに気付く様子はない。これなら堂々と話せそうだ。
「出やすいというか、俺の戦ったスライムは確定クリティカルだったな」
「さらっと言うけどそれ、普通に怪物じゃないかい? ……出現条件は?」
「たぶん極低確率のランダムエンカウントだな。俺は八千匹くらいで遭遇したから、乱数まで入れれば五千から一万。0.02~0.01%だと思う」
「オリジナルスキル級の低確率エンカウントか……。ただ特殊な条件はない、それは初心者であるキミが証明しているわけだね。――うん、かなり満足な情報だ」
インプットが完了した合図のように、顎に当てていた指をパチンと弾く。
その後エクスレイは、というか――と付け足した。
「またさらっと言ったけど、八千匹はキミが怪物だよね?」
「おう、もしかしたらそれが一番の重要情報かも、なんてな」
「うん、いつか高値で売れることを期待しているよ」
小気味いい返しで爽やかに笑うエクスレイ。俺も応えるように笑い返すと、エクスレイは白い長髪をなびかせながら言った。
「それにしてもカント、キミはお嬢様と仲がいいんだね。……どういう関係なんだい?」
「どうもこうも、友達だろ。まあエイルがなんて言うかは分かんねぇけど……少なくとも俺はそうだと思ってる」
などと言ったら、きっとあいつは嫌がるのだろう。そんな光景は明確にイメージできるが――いや。
誰が何と言おうと、エイルはこの世界に来て最初にできた、俺の友達だ。
「友達……か。あのエイルお嬢様――神の末裔に対して友達だと名乗るキミは……うん。やっぱりとても興味深いね」
「……神の末裔? おいエクスレイ、何だよそれ」
「そうだね、今度はキミのターンだ。聞かれたことにボクが答えよう」
長い前髪、その間から覗く銀色の瞳と目が合う。俺を見ているようで見ていない、全てを見透かすようなエクスレイの双眸はまさしく情報屋のそれだった。
まずはそこから話そうか、と白髪の情報屋は開示を始めた。
「神の末裔はその名の通り、神様の子孫と言われている家系のことだよ。この挑戦都市ミーミルを作り運営している。〝ラグナリア〟は末裔の姓さ」
「エイル・ラグナリア――そういうことか」
「そしてそのお父様がフラッグ・ラグナリア。この都市、そしてギルドの代表にして絶対権力者だね」
その一人娘であるエイルは過保護に育てられていて、あの性格、雰囲気も相まってか誰も近寄れないんだとか。なんというか、とても腑に落ちた解説だった。
「と言ってもあの綺麗さだからね、隠れファンは多いよ。通称『受付の女神』だ」
「情報屋ってのはそんな情報も扱ってるんだな……」
恋愛沙汰は高く売れるものでね、と商売人の顔をしたエクスレイは薄く笑う。
「だからボクは驚いたんだよ。あのお嬢様が親しげに、あまつさえ普通に笑うだなんて――そんなの、とってもいい情報だろう?」
「……え? ――おいエクスレイ、お前まさか、な?」
「うんもちろん、当たり前じゃないか。恋愛沙汰は高く売れるものでね?」
そう言って情報屋は意地の悪い顔で笑う。お母さんたちの井戸端会議じゃないんだからと俺はかなり呆れつつも思った……その情報はそもそも恋愛沙汰じゃねぇ。
と言ってもエクスレイは取り合わないだろう。諦めて次の情報を聞こうとした、その時。
「ギルド内で会話とは珍しいな――エクスレイ」
やたらと耳に残る、カリスマ性のあるとでも言うべき声が放たれた。
瞬間、俺はバッと首を振る。まさか情報断絶のスキルを無視してこの空間に侵入してくるやつがいるとは思わなかった。
――が、エクスレイはその顔を知っていたようで。
「ボクのスキルを破る者は世界で二人――いや三人だ。一人は目の前に、もう一人は世界のどこかに……残りはキミしかいないね、ヴォーダン」
ヴォーダンと呼ばれたのは赤髪の、腕を組みながら話す尊大な態度の男だった。
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では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―




