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第九話 女神の驚愕

「ぷっぷぷ――チュートリアルに十二時間もかかる挑戦者はぷぷぷ――この四年間であなたが初めてだわ!」


 エイルは瑠璃(るり)(いろ)の綺麗な瞳に相変わらずのぷぷぷ顔で、帰って来た俺をこの上なく楽しそうに笑った。

 記録の大幅更新おめでとう! とか、前人未到の十二時間ね! みたいなことを言いながらケタケタ腹を抱えている。肩が揺れる度になびくストレートロングは目の保養になるのだが、しかしこの精神ダメージを修復するには至らなかった。


 出て行くときはけっこういい感じの雰囲気だったような気がするんだが……人はすぐには変わらないということだろう。というかむしろ実家のような安心感。だからめげるな俺。


「そ、それでぷぷ――十二時間も何をしていたの? 迷子?」

「あーそうそう。迷子のご案内です、二十歳のとても眼つきが悪い男の子が――ってやかましいわ!! それ親も名乗り出づらいでしょうが!! ……何の話だっけ?」


 つい熱くなって叫んでしまった。エイルは「ええ……」みたいな顔で気持ち悪そうに俺を見ている。そしてなぜか、両手が身を守るように胸の前で組まれていた。俺は何だと思われているのだろうか。


「チュートリアル最遅記録をいかにして更新したのか、という話よ」

「なんだそのドキュメンタリーチックな話は。別にそんな大したことはしてねぇよ。言うならまあ――()()()()()()()()()()()()くらいだ」

「未来が、視えるようになった……?」


 エイルは意味が分からないと眉をひそめる。


「……ついに妄想と現実の区別ができなくなったのかしら?」

「そりゃ元々だよ。ただ悪いな、今回の妄想は現実なんだ。――まあ分からなくていいさ」

「得意げな顔も腹立たしいわね。――はいこれ、書いて頂戴」


 手渡されたのは一枚の書類。その内容は細かい文字が催眠術をかけるが如く羅列されており読む気が失せる代物。おそらくはチュートリアル後の必要書類だろうと思い、俺はとりあえず名前を書いた。


「――さて、チュートリアルもクリアして、晴れてあなたは〝挑戦者〟になった。ダンジョンへの挑戦権を得たわ」


 書類をしまいながらエイルは言う。


「けれど〝権利〟があれば〝義務〟もある。――つまり、全ての挑戦者は『ダンジョンで獲得したアイテムの一割』を〝ギルド〟へ寄付する決まりがあるわ」

「アイテムの一割を寄付……? 初心者にはきつい条件だな。……拒否したらどうなる?」

「ギルドはこの世界樹――主にクエストやビフレストを管理する中立の組織よ。当然クエストは受けれなくなるし、ギルド内の施設も使えないわ」


 ギルド内の施設というのはおそらく、二階にあるらしい加工屋やアイテムショップ、酒場などのことだろう。他の挑戦者から集めた寄付アイテムがそのまま流通しているとすればたしかに相当の利便性と言える。


「……クエストの重要度は?」

「クエストはダンジョンに入らない加工屋、効率的にアイテムを得たい挑戦者から出される依頼のことよ。四年間も続いている制度が無駄なわけはない――」


 けれど、とエイルは少し暗い顔で言葉を続ける。


「それ以上に問題なのは……『剪定隊(せんていたい)』に目を付けられる、ということよ」

「なんだそりゃ、剪定隊(せんていたい)?」

「剪定隊はギルド直属の挑戦者パーティ。お父様の命令に絶対服従の……ギルドの守護者よ」


 要するに挑戦者、兼軍事力というわけか。ギルド直属ということはつまり、逆らえばこのミーミルの都市でも生活しづらくなると。


「なるほど、そういうやり方か。……つーかちょっと待て、お父様?」

「あっ……そうよね。あなたは初心者だもの――ごめんなさい、今のは忘れて」


 そう告げるエイルの瞳はどこか遠くを見ていた。いつもの凛とした雰囲気は陰り自信なさげにうつむいている。そんな顔をされては忘れるに忘れられないが、ひとまずの事情を察するのは容易だった。


 親と上手くいっていない。そんな現実はまさしく、他ならぬ自分の話。

 親と喧嘩して家を飛び出した、俺と同じだった。


 いや、軽々しく同じなどと言ってはいけない。分かった気になるなど傲慢にもほどがある。俺には俺の、そしてエイルにはエイルの事情が、気持ちがあって。

 自分自身で立ち向かうしかない戦いがきっとあるのだ。――だから。


「ああ、俺は眼つきのついでに記憶力も悪いんだ。口も悪いし態度も悪い」


 それと、ついでに諦めも悪くてな。


「だから、一人で立てそうにない時は――その声で、思い出させてくれよ」

「――ええ。私、記憶力は良い方なの。だから……」


 その言葉は忘れない、と。小さく動いた口を俺の両目は見逃さなかった。

 視覚強化のスキルが、何よりも役に立った瞬間だった。


「じゃあまあ、その剪定隊とかいうのと揉めるのも面倒くさいし。なにより効率良く強くなるにはギルドを利用するのが良さそうだ」

「そうね、そこは本当に賢明な判断だと思うわ。……そしたら一度、アイテムをポーチから出してもらえるかしら」

「――くくく、良くぞ言ったエイル。さあ聞いて驚け見ても驚け! これがお前の笑った十二時間の成果だ!!」


 一万匹ものスライムを狩りまくった結果の集大成。俺もまだ確認していないが、さぞかしすごい量のドロップアイテムが入っているのだろう。

 戦利品を確認するリザルト画面が三度の飯より好きな俺は、意気揚々とアイテムポーチに指をかけ蓋を開けた――と、次の瞬間。


 ド ド ド ド ド ―― ッ ッ !!


 さながら大瀑布(だいばくふ)のような音を立てながら、ポーチから無数のアイテムが弾け飛んだ。


「なっ――おいちょっと待て!? こんなに入ってることあるか!?」

「え……え!? うそ、そんなことって――ちょっとカント、閉じて!! 早く!!」

「うーん、無理だなこりゃ。いやアイテムポーチ四次元ポケットか!!」

「バカなこと言ってないでどうにかしなさいよ! ……カウンター埋まっちゃうんだけど!?」

「猫型ロボットがいないと不可能だ! てれれれってれー、リトルライト~」


「……もう全部意味が分からない!!」


 猛烈な抗議が届いた。いやすまん、言えばワンチャンあるかと思ったんだが……やはり俺には妄想と現実の区別はできないらしい。はい、病院行ってきます。

 そうこうして、溢れ出る四色のアイテムがエベレストになるころ。

 気持ち軽くなったポーチは空に。代わりにエイルの前には山が現れた。


「……多くない!?」

「率直な感想をありがとう。ついでに俺も言わせてもらうけど……多くねぇ!?」


 予想の五倍は多かった。というのも、ドロップアイテムは単に『結晶』系だけではなく、他にも『物質』系や『液体』系、レアどころで言えば『コア』なんかもドロップしていたのだ。

 一匹から二、三個ドロップしていればアイテム総数は二万を越える。そりゃあ当然エベレストもできるわけだ。


「というかカント、あなたこの量を一人で……? いったい何匹のモンスターを倒して……それにじゃあ十二時間というのは――」

「驚いたか? ああそりゃそうだ、だって俺ですら驚いたもんな! でもたぶん、こいつを見りゃあもっと驚く」


 俺にある四年間のブランク。最大で50以上あるらしいレベルや戦闘経験の差はたしかに埋めるまでに時間がかかるだろう。

 しかしだからといって、全てが不利なわけではない。


()()()()()()は、さすがに自慢してもいいよな?」


 つまり、シンギュラリティ以降は平等である、ということだ。


「たしかにこの量には驚いたわ。けどチュートリアルのアイテムで自慢できるものなんてさすがに――――ある、わけが……!?」


 ない。そう続けようとしたはずのエイルは、意図せず別の言葉を発していた。


「まさかこれ――【Other(色違) color()】……!?」

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では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―

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