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トウモロコシ食べたの、本当にハクビシンだったの

 せっかく育てた家庭菜園のトウモロコシをハクビシンに荒らされ、その綺麗な食べっぷりのことを本編の話まで盛り込んで行きつけのバーで話したら、ほかのお客さんも含めて結構盛り上がったので、小説仕立てに作ってみました。

 青白いシュールな世界を楽しんでくだされば、幸いです。

「ハクビシンですね、それって」

 庭先の家庭菜園の一番の角地に育てていたトウモロコシが2本なぎ倒された。ヤングコーンから「おいおい、これは、ちゃんと、丸かじりできる本物までなっちゃうんじゃないの」とワクワクしていた矢先だったので、朝みたショックが収まらず、職場のそうした分野には兼業農家並みに詳しい奴に写真を見せたら、開口一番そう断言された。

「また、きますよ。ネズミ用の毒だんご撒くといいですよ」

 毒だんごとは、大げさなと聞き流していたのだが、正体を教えてもらい、ショックのもやもやが、家庭菜園には付き物のことだと一般化させたらだんだん薄まっていき、先に仕事モードに変わった兼業農家と同様パソコンに向かった、のだった。


 翌朝。二度目だからハクビシンの仕業だからとわかっていると、当時の状況が再現できる。先に2本食べて、3本は多いから明日にとっておこう、ゆうべは腹ペコだったので無我夢中でかじったけど、今度はゆっくり味わいながら、粒だけ噛みしめて。

 そんな具合で、ゆっくりお食事をなさったあとのように、倒された3本目から少し離れた砂地に綺麗に食べつくしたトウモロコシの芯が横に置かれている。「一粒残さず綺麗に頂きました」と、合掌している顔まで見えてきそうで、青白い怒りは、昨日のように何かに移し替えて消えることは出来なかった。


 9時を回り、開店と同時にホームセンターに飛び込む。コロナのせいで家庭菜園が好調で、かなり専門なものまで売るようになってきた。ムシ駆除と一緒のそれ専用のコーナーを上から順に、パッケージにそいつらの顔がプリントされた商品を眺めていると、3年前に直接遭遇した夜を思い出した。

 あれは立て直す前の古家にそのまま植わっていた柿の木を狙いに来たやつだ。色を付けたさわし柿を順々にもぎ始めていたら、鳥が突っついたにしてはやけに大きなかじった跡に、頭に?を並べてた矢先のことだった。

 その夜、風もないのにガサガサいってるのを妻が教えてくれて、懐中電灯を手に庭に回ると、そいつも屋根に移った。その先に光を当てると、逃げるでもなく、こちらと対峙してくる。全体は屋根瓦に溶けて見えないのに、その眼が、光を反射して光っている。うなるでも逃げるでもなく、目だけを光らせているのだ。

 生のハクビシンを見たのは、それ一回きりだ。その後に柿を狙いに来ることはなかった。

 

 駆除用のパッケージのハクビシンを眺めながら、あの夜のことを思い出していると、食べたトウモロコシの芯を前に合掌しているハクビシンの顔が遠のいていく。

 昨夜の仕業は本当にハクビシンだったのか。

 疑念が生まれると、青白い怒りの炎が一気にそちらに加速する。光る目を持つハクビシンの顔がどんどんやせたうりざね顔になっていき、白髪の頭が半分だけ残ったジイさんに変わっていく。

 夜分、家を抜け出したジイさんが徘徊先にここまで回り、むかし畑泥棒した子供に帰って、抜き取ってそのまま食べ始める。捕まったら、そのまま返したってこっぴどくやられっちまうのだ、その前に兎に角、空いた腹の中におさめなくちゃ。

 75年前の国民学校1年生の「その子」は、正座して丁寧にかじっていく。どんなときも食べ物を粗末に扱うなど出来ない身体なのだ。だから、土の上に置かれた丸いお饅頭をそのままにすることは出来ない。

「ごちそうさまでした」

 心の中で合掌したその子は、大きくつんのめり、そのまま腹這いになった。


 次の朝、次の作付け用に地ならしした畑に、腹這いになったジイさんの亡骸(なきがら)を発見する。白い前開きシャツにステテコ、半分残った白髪頭から、血の気が失せた亡骸は総じて白い塊に見えた。

 すぐに、パトカーと救急車とマスコミの車がやってくる。結構な大騒ぎだ。今日は、このまま定時には仕事にいけないなことだけははっきりした。救急車はジイさんを、パトカーは私を連れていく。乗せられてから、すぐに返してもらえないのではと心配になったが、弁護士なんて言葉が浮かんでも会社の関係のひとしか知らないから、それでもそうした状況になったら、弁護士に電話したいんですけどってフレーズ使ってみようと、腹の中で復唱する。やっぱり、緊張してくる自分を冷静にすることが出来ない。

 警察は短時間で済んで、案外素直に返してくれた。全体的にこんなことに巻き込まれてお気の毒でしたねといった空気感から始まったので、まずは安心させてくれた。ご遺族といった人たちも連れてこられたようで、救急車から死体安置所でのご対面もあったようだ。さすがに、こちらとニアミスにならないよう警察側は配慮して、顔を合わせることはなかった。

 ご遺族の方も大変申し訳なく思われているそうでと、帰り際それをやんわり伝えてくれた。

 やはり、相手方に連絡して、お通夜には出た方がいいのかと思った。家族葬と言われたら、御仏前へのお焼香だけでもと言葉を重ねるのがいいか、まで先読みする。


 案外に大勢集めた通夜だった。事前に連絡はしたが、開式のまえにご挨拶をとご遺族控室に赴く。長男の嫁ですという女性が、ひとり留守番のように中にいた。

 この度はと言い出すと、電話の声を記憶していたのか、こちらこそこのようなことに巻き込ませてしまってと、こちらが気の毒になるくらい申し訳なさそうな顔をする。

「こちらが、もっと気を付けていたら。夜分、徘徊するのは分かっていたんですけど、主人は、オヤジの夜の散歩なんて気楽に言ってたもんですから、つい甘えが先に立ってしまっていて」

 甘えというのが、咀嚼しないとすぐに繋がらなかったが、「世間への」とか「認知症に対しての」などの言葉を添えるもののような気がした。

 このような、まさか、認知症のご老人が、庭に入って、なったものばかりか、土に転がっている、そのぉ、駆除用の餌を食べてしまうなんて・・・・・

 ええ、そうです。そうですとも。私どもだって、そんなこと想像も出来ませんでした。亡くなったおじいちゃんだって、その時まで分からなかったと思います。急にスイッチが入って子どもに戻っても、今日もまた大根飯とお芋かって、グチグチ嫌味を言う程度でしたもの。小学一年生まで戻って、懐かしいあの頃に戻って逝ってしまったんですから、最期は幸せだったんだと思いますよ。ただ・・・・

「ただ、毒まんじゅうで逝ってしまったなんて、世間にも身内にも言えませんので、このことは是非とも伏せてくださるようにお願いします」

 この時ばかりは、とおりいっぺんの口上でなく、真に迫った心根をぶつけてきた。私の方も、「わかっております。家内にも今朝のことは人様の内々のことだから口外しないよう、その旨十分に伝えております。亡くなられたお義父(とう)様にはお気の毒でしたが、残されたご家族のこれからのことを第一に考えませんと」などと並べて、部屋を出た。

 あー、ほっとした。若かった頃は、相当の美人だったであろうこの奥様と、お互いにこの件は口を閉ざしていく密約が成り立ってほっとした。

 もし、この場に、肉親の子ども達やお爺ちゃんっ子の孫でもいたら、それぞれの中のここまで落ちぶれていない生前の姿が蘇えってきて、こんな事務的には済まなかっただろう。

 まして、相手お爺ちゃんではなく、お婆ちゃんだったら。ぶるるるぅ・・・・恐ろしくて想像ができない。


 妄想が行き着くところまでいくと、青白かった炎も注ぎこむものがなくなってしまったのか消えてしまい、私はコーナーを移り、次に作付けするジャガイモの種芋を買って家路についた。



 

 

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