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相合傘

作者: キキミミ

お化け屋敷すら怖い私ですが、企画をきっかけに初めてホラーを書いてみました!

駅舎の落書きって、想像を膨らませられることが多いですよね...。

午前5時43分の始発電車を待つ間、

サトコは、乗客はおろか駅員さえ

誰一人いない無人駅のベンチで、

音楽を聞くためにイヤホンをつけたまま

スマホをさわっていた。


この駅をこの時間に利用するのは、

この街でサトコ一人だった。


4月に街外れの高校へ入学したのだが

授業に間に合うためには

この始発に乗らなければいけないぐらい

遠く離れているのだ。


それでも、サトコはこの通学の時間を

気に入っていた。

誰にも邪魔されずに、好きな音楽を聴き、

好きな本を読み、好きな人のSNSを追うことができる。


学校と家を往復するための片道2時間は

実に有意義な時間だった。


無人駅はずいぶんぼろくて、

トタンの屋根の上に、時折カラスが止まって

ガンッガンッと突然音を鳴らす。


横と後ろの三方向に壁はあるものの、

扉はついておらず、強い風の日には

ベンチのすみっこに座って耐え凌ぐしかない。


唯一、人の気配がするものがあるとすれば

誰に見せるともわからない掲示板と、

忘れ物の寄せ集めが入れられた傘立てだった。


4月からほぼ毎日眺めてきた駅舎の中は、

なんでもない普通の風景だ。


今は7月の初旬。

梅雨明けがそこまで来ながらも、

まだじっとりと湿り気を帯びた空気に包まれている。


「今日、雨、結構降るじゃん...傘忘れちゃったよ...」


スマホの天気予報アプリをチェックしたサトコは

やってしまったとばかりに大きなため息をついた。


駅に着いても、学校まで歩いて10分はかかる。

もし、強い雨が降っていれば、頭からつま先まで

びしょ濡れだろう。


今から家へ傘を取りに帰ったとしても、

もう始発には間に合える時間ではない。

つまり、学校は遅刻である。


何度か考えを往復した末、

サトコは忘れ傘を借りることにした。


風に倒れないよう、傘立ては線路に向かって

左手の壁の奥の方にひっそりと置かれていた。

中には3本。

コンビニのビニール傘とピンク色の細身の傘と

黒い太めの大きな傘だった。


コンビニの傘なら、なんとなく罪悪感がないような気がして

サトコは1本手にとって開いてみた。

が、骨がバキバキに折れていて開くこともままならない。


「さすがにこの黒い傘だと違和感あるよね〜...」


自分には似合わないような気もしたが

仕方なくピンク色の傘を持ち、開いてみる。

すると、かわいい花柄が全体に散っていた。


「今日だけだもん、これで我慢しようっ」


と、自分に言い聞かせて、

サトコは傘を閉じる。


すると、目の前に飛び込んできたのは

傘立ての上に掲げられた掲示板の

「相合傘」の落書きだった。


(あれ?こんなとこにこんな落書きあったっけ?)


見慣れたはずの駅舎の壁だったが

たしかに、こうして掲示板をまじまじと見ることは

これまでになかったような気がした。


そこには、黒い細めのマジックで、

一筆書きの相合傘が書かれており、

左手に「アオキユウコ」、右手には空白のままだった。


(なんだろ、なんかのおまじないとかなのかな?)


すれ違う人はほとんど名前がわかるほど

小さな街ながらも、聞いたことがない名前だった。


そして、まもなくホームに1両編成の電車が

滑り込み、サトコはピンク色の傘を片手に乗車した。


* * *


午後8時37分。


部活だけは絶対に吹奏楽と決めて高校を選んだから、

サトコは1年生とは言え、しっかりと練習に臨んでいた。


学校を午後6時に出発しても、

片道2時間の電車では、駅舎に到着するのも

この時間になってしまう。


チカチカと不明瞭に点滅する街灯が

やけに不安をあおる駅舎は

すっかり夜の闇に包まれていた。


朝借りて行ったピンク色の傘のおかげで、

サトコはびしょ濡れにならずに済んだ。

今なら雨も上がっているし、

家まで傘がなくてもダッシュで帰れるだろう。


サトコは再び傘立ての前に立ち、

ピンクの傘に御礼をつぶやいて戻そうとした。


すると、

傘立てにはもう1本、見覚えのない傘が増えている。


(あれ?また誰か忘れたんだ......)


その傘は黄色い小花模様の傘で、

サトコが借りたピンク色の傘とよく似た

女性用の細身のものだった。


「梅雨だし、みんな傘を持って出かけて

どこかしらに忘れちゃうのかもな」


と、サトコはひとりごちて、

ピンクの傘を傘立てに戻しながら

ふと目に入った掲示板に違和感を覚えた。


朝見た相合傘の落書きが、

2つに増えているのだ。


同じ黒のマジックで書かれた相合傘の落書きには

また別の名前が書かれている。

「オオタトキコ」。


(何これ? 傘を置いていくのとセットで流行ってる

おまじないなの?)


誰もいない無人駅で、自分がいない間に

誰かが動いているということを想像する。

小さくてもこの街の人はこの駅を利用するのだから

当然と言えば当然なのだが...。


変な想像を振り切るように、

サトコは無人駅を駆け降りて

ダッシュで自宅へと向かった。


* * *


「ただいま〜!」

バタバタと家へ上がるサトコに、

「お風呂わいてるわよ〜!」

と、母・トモコが声を掛ける。


じとじとした暑さに、いやな汗をかいた1日だった。

そうだ、お風呂に入ってしまおう。

サトコはカバンを部屋に投げ下ろし、

すぐさま浴室へと向かった。


湯船に浸かると、否が応でもさっき見た

掲示板の相合傘を思い出してしまった。


昨日配られた新しい楽譜のことを思い出そうとしても、

相合傘の落書きと、黄色とピンクの傘の残像が

脳裏に焼き付いて離れない。


サトコが引っかかっていたのは、

新しく書かれた名前だった。

どこかで目にしたことがある名前。

それも、昨日......。


そう思った瞬間、

首筋のあたりからみぞおちのあたりまで

暗く重い寒気が走った。


暖かい湯船に浸かっているのに、

細かな震えが止まらない。


サトコがその名前を目にしたのは、

ネットニュースだった。


「今月2人目。電車による人身事故発生。

自殺の可能性が高いとみて捜索中。

被害者 オオタトキコ 23歳、女性」


(いやいやいや、偶然でしょ......!!)


頭の中をからっぽにするため、

サトコは大声で歌を歌いながら

頭と体を洗い、大げさに扉を閉めて

浴室から出てきた。


「ちょっと、あんた、静かに閉めなさいよ!」

すかさず、トモコの怒号が飛ぶ。


食卓につき、気を取り直して

ごはんの入った茶碗を片手に

揚げたてのコロッケをつつく。


「なによ、眉間にしわ寄せて。コロッケ嫌いだった?」

「ん?あっ、いや、全然...、だいじょうぶ」

「だいじょうぶって...。へんな子」


時計は午後9時20分を過ぎ、

TVではトモコが毎週観ている刑事ドラマが

流れている。


殺された複数の被害者の写真の下に名前と年齢が書かれた

ホワイトボードに集まって、刑事たちがあれやこれやと

捜査結果を報告しながら推理を交わしている。


ふと思い立ってしまった。

サトコは、おそるおそるスマホを引き寄せ、

ネットの検索画面を出す。


そして、「アオキ...」と文字を打つ。


「.................いっ、いやっ!」


ガシャン!と音を立ててスマホを伏せるサトコに

驚いたトモコが振り返る。


「ちょっと、なに?もう、びっくりするじゃない!ゴキブリ?」

「あっ、そそそそう!あ、あ、あ、あっちいった!!!」

「えーーーー!!やめてよもう!!」


サトコが指をさした方にスリッパを片手に

走っていくトモコを横目に、

これ以上考えるのはやめようと

呪文のように自分に言い聞かせていた。


* * *


それから2週間。

何事もなかったかのように時は過ぎた。

人身事故のニュースも、以来取り上げられることはない。


すっかり梅雨も明け、ジリジリと痛い日差しの多い日を

感じることが多くなってきた。

夏がやってきたのだ。


秋に向けて、部活の練習も徐々に固まってきた。

サトコも担当がトロンボーンに決まり、楽譜に集中しながら、

毎日の通学の中で自分のことに没頭していた。


駅舎でベンチに座る度に見やる傘立てには

新しい傘が追加されることはなく、

掲示板にも相合傘は2つのまま。


(私って思い込み激しい方だったのかな...はずかしっ)


そう思いながら、いつものように...。

午後8時37分。

サトコは最後の乗客として、1両編成の電車から降りる。


ベンチを横切り、駅舎を出ようとすると

やはり、傘立てが目に入った。


だけど、いつもの傘立てではない。


水色の小花模様の女性の細身の傘が

そこにあった。

ピンク、黄色、水色。


傘が、増えている。


サトコには、傘の集合体が、

まるで梅雨が終わっても咲き続ける

あじさいのドライフラワーのように

異様なものに見えた。


そして、ほとんど無意識に、さとこは掲示板の前にいた。


「増えてる...」


掲示板には、同じ黒マジックの3つ目の相合傘が並んでいた。

「クリタミキ」。


(なんなの、これ...)


太陽がいなくなっても暑さが引かない

夏の夜の道の中へ逃げ込みたい。

ここにいてはいけない。

そう思い、駆け出そうとした瞬間だった。


目の前に先ほど降りた電車が

ホームから動こうとせずに止まっている。


そして、中から車掌が降り、

こちらに向かって歩いてきた。


サトコは駆け出そうとした身体に

再び力を入れようとするが、

まるで金縛りになった時のように動かない。


(なんで? 終点じゃないよね、この駅...)


身体は動かないが、自体を把握しようと

サトコの頭はフル回転している。


車掌は徐々に、サトコに近づいてくる。


「何か、見つけたのですか?」


深くかぶった帽子のせいで、

視線を確認することができない。

サトコは、思い切り叫ぼうとしても、

やはり声が出ない。


車掌がピタリと、サトコの頬に手を添える。

その手は、氷のように冷たい。


ホームに停車している電車の座席には、

先ほどまでいなかった乗客...

女性が3人座っているのが見える。


「名前は?」


サトコは、車掌の質問に答えないように、

息を大きく吸って止めた。


すると、

吹奏楽部で鍛えた肺活量が役立ったのか

息を止めたことで車掌の睡眠術が

一瞬振り切れ.....


「っっっっっっっるるるるるるるあああああああ!!!!!!」


その後のことは、覚えていない。


いつの間にか、サトコの目の前には

以前からずっと傘立ての中にあった

1本の太くて黒い傘がポッキリと折れて横たわっていた。


まわりを見渡しても、

車掌もいなければ、電車もなくなっていた。


へなへなと座り込んだサトコのところへ、

帰りが遅いと心配して迎えにきたトモコが走ってきた。


「どうしたの?何かあったの!?」

「ううん、なん、なんでもない......」

「よく考えたら、こんな時間に女の子一人なんて、物騒よね。

ママが悪かったわ。今度から迎えにくるわね」

「うん、ありがとう......」


安心しきったサトコは、ぽろぽろと涙を落とし、

トモコにひとしきり落ち着くまで抱きしめてもらった。


* * *


「ただいま〜」

「じゃあ、夕飯にしようね。先にお風呂入る?」

「ううん、ごはん食べる.......ねぇ、ママ、この傘、どうしたの?」


サトコの家の玄関の傘立てに、

紫色の小花模様の女性用の細身の傘が置かれている。


「あっ、これね、あの駅舎からちょっと借りてきちゃったのよ。

昼間、通り雨があってね」


(了)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 駅の忘れ物傘という何気ないアイテムが切っ掛けとなって、得体の知れない恐怖が日常をジワジワ侵食していく様は、王道的な怪談の展開と感じました。 しっかりとした構成で読みやすく、「まだ恐怖は終わ…
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