ストロベリーアイスクリーム
「あっ、気付いた」
「…こ、ここは、」
「俺たちが泊まってる宿だよ」
寝起きだからか身体をうまく動かすことが出来ず真上を向いていた顔を横に向ける。僕が寝ているベッドの脇に腰掛けて足をぶらぶらさせているエリカがそこにはいた。リムはお風呂に既に入ったようで濡れた髪をおろして肩にタオルをかけ、ソファで寛いでいる。真っ白な肌は少し上気してしまったのか赤くなっており、「ふぅ」と息をつき、手で自身の顔をパタパタと仰いでいた。
ソファの端っこにはバケツのような形をした何かが置いてあり、リムはそれを手に取ると蓋をパカリと開けてみせた。蓋の下は半透明なフィルムのようなもので覆われており、それをペリペリと小気味良い音を立ててめくっていく。
その下にはピンク色の何かが固まったかのようなものがぎっしり詰まっていた。リムはそれを大きなスプーンでグリグリとえぐり出し、すくった。そのすくいあげられたものを僕は本で見たことがあって、ベッドから起き上がって思わず声を出してしまう。
「あ、アイスクリーム…!」
僕の大きな声にリムはビックリしたらしくこっちに勢いよく顔を向け、「アイス見ただけで大きな声出さないでよ」と口を尖らせて言ってきた。
「アイス、食べたことないの?」
エリカがそう聞いてきたのでコクリと頷く。本でしか見たことないそれは僕の想像よりずっと固そうな食べ物だった。
「リム、この子に一口あげて」
「え〜…しょうがないなあ」
リムがほれほれ、と手招きをしてきたのでそのジェスチャーに従って僕はベッドから降りてリムの隣に座る。そのままリムは僕の顔の真ん前にアイスクリームがのったスプーンを口を開けろと言わんばかりに「ん」と差し出してくる。
「いや、じ、自分で食べるよ…」
「は?なんで?早く口開けて」
そう凄まれておずおずと口を開ける。そのまま口に放り込まれたアイスクリームに僕は衝撃を受けた。口いっぱいに広がる甘い香り、ひんやりとしているのに溶けたときの滑らかな口触り、そしてこの甘酸っぱい味。何もかもが新鮮だった。なにより今まで食べたもののなかで1番美味しい!
「気に入ったみたいでよかった」
エリカがこちらにやって来て僕の顔を覗き込んでにっこり笑う。彼女は部屋のなかなのに真っ黒いローブを着ていてそれが不思議だった。
「私はエリカ。ねえ、名前なんて言うの?」
「い、イェル…」
「喋るの苦手?」
「あ、あの、すらすら話すのが苦手なだけで、き、嫌いなわけじゃないよ…」
「そうなんだ。あのアイスクリーム持ってるのはリム」
エリカに紹介されたリムがひらひらと手を振った。
「イェル、アイスあげるよ」
ちょっと照れ臭そうにリムはバケツみたいに大きなアイスクリームを差し出してきた。こんな凄いものもらっていいのかな、と思っているとエリカが僕の頭に手をポンとのせて「もうイェルのだよ」と撫でてくれた。
幼く見えるけど、彼女のその手は大人の温もりがあって僕に姉がいたらこんな感じだったのかなと思わされた。
「早く食べなよ!溶けるよ」とリムが急かすので慌てて口いっぱいに詰め込む。すると頭がキーンと痛くなって仕方がなかった。はじめての感覚だ。
「ちょっと、リム。溶けてもまた固めてあげられるから急かす必要ないでしょ」
「ごめんごめん、可愛くて揶揄いたくなっちゃったんだよ〜」
「い、急がなくても、大丈夫なの?」
「うん、そうだよ」
大丈夫、と何回も言いながらエリカがまた僕の頭を撫でた。
優しい顔だった。