オレンジと眠気
「良かった、早く宿に連れて行ってあげよう」
そう言ってリムの横で微笑むエリカと呼ばれていた子。さっき僕の顔を見て泣いていたあの子だと声でわかった。
エリカは僕が想像していた顔よりずっと幼い顔をしていた。それでも僕よりは歳上なんだろうけど、孤児院にいた15歳の年長者の子たちと同じくらいの年齢に見えた。勝手に先生くらいの歳の子だと思っていたんだ。
エリカは真っ黒いフードを被っていてフードからこれまた真っ黒い髪の毛がぴょんぴょんと覗いていた。短くて所々跳ねている髪は恐ろしく冷たい風に当たってふわふわと揺れている。けど瞳はすごく綺麗な紫色をしていた。濃いのに奥底まで透けて見えそうな色だ。目を引くような綺麗さはないけど纏っている雰囲気が可愛くて守りたくなる子だと思った。
「えいっ、と」
エリカが持っていたとても大きい杖を軽く振ると僕の身体がじんわりと暖かくなっていくのがわかった。よく見ると小さな火の玉みたいなものが僕の身体に纏わりついていた。どう見ても火のようなそれは僕が想像する火の熱さなんてなくて、安心する温もりのような暖かさだった。
「あ、暖かい…」
「うん、元気になってきたみたいで良かった」
「…あ、あ、ありがとう」
直後、すぅ…と目蓋が落ちていくのがわかった。僕をお姫様抱っこしてくれてるリムから、例えるならオレンジみたいな瑞々しい柑橘系の匂いがしてきたからかもしれない。
孤児院のあの冷たい布団なんかよりずっと暖かくて心地が良かった。
「あれ、もしかしてこの子寝た…?」
「みたいだね、宿まで寝かしてあげよう。リム、よろしくね」
「…もうしょうがないなあ。それにしてもこの子の鱗って」
「魔族ハーフだね」
「厄介なの拾っちゃったじゃん…助けて、それからどうするの…」
ぼんやりと2人の会話が聞こえてきた。
「この子と一緒にいさせて、お願いリム」
「…どうしてそうまでして、この子に拘るの…?」
「…それは、」
それから話そうとしたエリカは起きかけていた僕に気付いた途端、じっと僕の顔を見た。そうして穏やかに笑うと「ごめんね」と言ってさっきみたいに杖を振った。
すると急な眠気に襲われて、会話の顛末が気になってハッキリしていたはずの意識がだんだんぼやけていった。
「ゆっくり眠ってね」
悲しそうに笑うエリカの顔が見えた、気がした。