甘い夢
当てもなく歩いた。伸ばした髪で顔を隠し、首には孤児院からこっそり持ち出した薄っぺらいマフラーを巻き、これまた持ち出したタンスの中に入っていた数少ない服のうちの長袖を引っ張り出して着た。こうすることで僕の鱗は他人の視界に入らなくなる。
初めて庭を出た日以来履いてなかった靴は結構綺麗で履き心地も悪くなかった。今日までこの靴を履かなかったのは運命だと思った。心が踊って、新しい人生がこれから始まっていくんだと思って足が軽かったんだ。
(働いて、お金を稼いで、素敵な家に住んで、素敵な女の子と結婚して、僕は、幸せになる!)
親というものなんてわからない。ただ親というものにすごく憧れがあった。物語に出てくるお父さんとお母さんはすごく優しい。2人はとても仲が良くて喧嘩なんかしなくて、お父さんは面白くて、お母さんに怒られたときは慰めてくれて、いつも笑わせてくれる。お母さんは料理が上手でいい匂いがして何かあったときは抱きしめてくれる。
僕もそんな家族のなかにいたいな、と本を読みながら何回も思ったんだ。
そして僕は甘い夢を見た。
僕は夢のなかでお父さんで、すごく背が伸びてカッコ良くなっていた。隣には料理が上手で可愛いお嫁さんがいて、幸せだった。
冷たいコンクリートの上でそんな夢を見たんだ。そういえばこんな寒い時期に飛び出してきちゃったなんて馬鹿だなあ、僕は。雪だって降ってる。新しい靴は溶けた雪のせいでびしょびしょになっていて、道端で横になっている僕を大人たちはヒソヒソ話しながら避けていく。
僕の周りに円を描くように足跡が出来ていくのがわかった。寒くて丸まってみたけどちょっとマシになったくらい。そして僕はやっと気付いた。外に夢見て孤児院を出て行った子どもたちが何で戻ってこないのかを。
(僕みたいに、体が動かなくなっていったんだ、それで、)
あれだけ冷えていた身体の感覚は無くなって暖まった気すらしてきた。なのに脳みそはすーっと機能が止まっていく感覚。すごく眠かった。僕たち子どもは子どもだから夢を見ても叶えられないことを死にそうになりながら知ったんだ。
「あの子、大丈夫かな」
「…助ける義務なんてないでしょ、早く行こ」
そんな2つの声が上から響いてきた。