おまじない
「じゃあエリカ行ってくるよ」
「……え、えっと、あの」
「うん、2人ともいってらっしゃい」
「あ、あ、あの…僕の隣にいる男の人は…」
僕の隣に立っている男の人。雰囲気でなんとなく誰だか察することはできる。
人間離れした美しい容姿、薄紫色の髪…
「り、リム…なの?」
「ぴんぽーん!」
いやいやいや!骨格も身長も顔つきも昨日より明らかに男性的になっている!!まるで人が変わっているようだった。昨日会ったリムは中性的で性別が全くわからなかったけどリムと名乗るその人はどう見ても男性だ。
「ど、どういうことなの…?」
「イェル、魔法知ってる?」
「ほ、本で、読んだことあるよ」
「俺は変身魔法が得意なんだ」
そう言うとリムは自分の左中指につけていた指輪をジッと見つめて精神を集中させているようだった。すると、それについていた琥珀色の石は輝き、その光はリムを包み込んだ。するとリムは昨日見慣れたあの中性的な容姿に戻っていく。
「と、こんな感じで俺は容姿を変えられるってわけ」
「…ッす、凄い!その指輪、ま、魔具!?」
「うん、そんなとこ!」と返事をしてリムは再度光に包まれて、先ほどの男性的な姿に戻っていった。
エリカも昨日の夜、僕を助けるために火の魔法で暖めてくれたことを思い出す。もしかしたらとんでもなくすごい2人と出会ってしまったのかも知れない。
「で、でも、リム、なんで男の人になる必要があるの?」
「あー…説明が難しいんだけどさ、本当の容姿だと目立ちすぎちゃうんだよね。一応女の子にも変身できるんだけどこういうお祭りのときって人もたくさんいるし、男の姿の方が安心かなって」
なるほど、確かになと思わされた。あの中性的な姿では人の目を引くだろう。あの女性とも男性ともとれる顔と身体。リムの性別が気になってはいたけど何故か踏み入れてはいけない領域な気がして僕は昨日から聞けずにいた。リムはリムで性別の概念が自分でもそれほどないのだと思う。そういうセクシャリティ的な問題はあまり触れてはいけないものだと何となく知っていた。
「あ、イェル」
エリカが僕に声をかけてきた。なに?と聞くと彼女はいつも肌身離さず持っている杖を昨日みたいに僕に向けて軽く振り下ろした。
「おまじない、かけておくね」
エリカはまた僕の頭にポンと手を置き、撫でた。彼女はやけに僕の頭を撫でたがる。僕と歳もそんなに変わらない、もしくは少し上くらいのはずなのに子ども扱いをされている気分だった。
「それと、私のローブ着ていって。これなら鱗、目立たないから」
そう言って彼女は僕にふわりとローブをかぶせてきて紐をキュッと結んだ。石鹸のいい匂いがしてリムとはまた違う安心する香りだった。
「ほら、イェル行くよ」
「あ、い、行ってきます、エリカ」
うん、いってらっしゃいと彼女は僕たちを送り出した。僕がイメージする理想のお母さんみたいだ、とも思った。