小さな背中の背びれ
「エリカもお風呂早く入ってきな。ここの部屋内風呂ついてるから最高だよ!」
「そうだね、入ろうかな」
そう言いながらエリカはするり、とローブの紐に手をかけていく。脱いだそれを手際良く畳むとベッドの上に置き、その下に着ていた服に手を伸ばし脱ごうとした。
「え、え、ちょ、ちょ、ちょっと!こ、ここで脱がないでよ!」
「「なんで?」」
エリカとリムがキョトンとしながら声を揃えて言う。なんでリムもそんな反応なんだよ!「え、エリカ、女の子、でしょ」と僕が言うと「?そうだけど何…?楽な服になりたいの」って感じで僕がおかしいみたいな反応が返ってくる。
「お、お、お願いだから、お風呂場で着替えて…」
死にそうな声で僕がそう言うとリムが「あ」と何かに気付いたような声をあげる。
「………あ、エリカ。イェル男の子だから目の前で着替えちゃ駄目だ」
「…そっか、そりゃそうだね、うん」
「ま、まって、リムだっているよね……?」
僕がふと疑問に思ったことを告げるとエリカは少し悩んだ顔をして「リムは、リムだから」と答えになっているようななっていないようなことを言ってきた。リムも「そうそう、俺は俺だから」と何故か嬉しそうな顔をしている。どういうことなんだろう…。
僕が腑に落ちず少し考えているとさっき言ったことはどこへいってしまったのか、エリカはまた服に手をかけて脱ごうとしていた。
「え、え、エリカーーーッ!?!さ、さっきと、話が違う!!」
「あ、ごめんごめん、これを見てほしくて」
そう言ってエリカは背を向けて、僕が動揺している間するすると服を脱いでいく。
「は、え、…え?」
僕は自分の目に映ったものが信じられなくて衝撃を受けた。
彼女の首から背中にかけて、魚の背びれのようなものが縦に一直線になって生えていたのだ。それは固そうで一部が鋭利に尖っているそれは僕の背中に生えているものそっくりだった。
「そ、そ、それ…」
「うん、私も魔族ハーフってこと」
そう言って彼女は服を着直し、僕に向き直る。
「ぼ、ぼ、僕、同じような人に、初めて会った…!」
「うん、なかなかいないよね。私はイェルみたいに首と背中にしか出てないから目立たないんだけど。だから普段はローブを着て誤魔化してるんだ」
自分と同じような人に会ったことに僕の心は震えた。初めて自分を本当に理解してくれる人だと思い、話さなくていいことまで僕はつい言ってしまったんだ。
「た、た、大変だよね…ぼ、僕、それで、親に捨てられたんだって」
「……そう、大変だったね」
エリカが目を伏せて悲しそうな顔をした。
しまった、と思った。重い空気が流れる。
そのどこか暗い雰囲気に言わなければよかったと密かに後悔していたとき、リムが「あ、そうだ!」と何かを思い出したかのように手を叩いた。おかげで空気が変わって僕は少し安心する。
「明日は建国200年記念日でパレードがあるんだって!見に行かない?ここの近くを通るらしいんだよ」
「リム、行きたいの?」
「そりゃあ…!この国の王様は滅多に表舞台に出てこないし!お祭りだから美味しいご飯もいっぱい売られてるだろうし!ねえ、イェルも見てみたくない?」
「ぱ、ぱれーど…ちょ、ちょっと見てみたい、かも」
リムの言葉通りの想像をするとワクワクして仕方がない。パレード。響きだけでもどこか心躍る何かがある言葉だ。凄いものが行進する、という意味で捉えていたから驚きだ。美味しいご飯も売ってるなんて!アイスクリームより美味しい食べ物がまだあるのだろうか。
「よし、決まり決まり!…エリカ、いい?」
「…うん、いいよ。イェルも色々なもの見てみたいだろうし。でも私は留守番してようかな」
「え、エリカ来ないの?」
「ごめんね、人混み苦手なんだ」
そうなんだ、そういう人もいるよね、と思い納得する。確かに小さいエリカは人混みに呑まれたらひとたまりもなさそうだ。
「おっけー!俺がイェルをちゃんとエスコートするから任せておいて!!」
「…不安だなあ」
エリカが眉毛を下げて笑う。さっきの暗かった雰囲気を変えてくれたリムに僕はこっそり心のなかでありがとうと言っておいた。