終章、夏
夏の終わり。
夕暮れ。
もう、日が暮れようとする頃。
私室で本を読んでいると、パタパタと足音がする。普通、メイドは走らない。何があったのだろうかと扉を見た時、ノックもそこそこにメイドのメアリが「お嬢様、ルカリオ伯爵が!」と言って、走りこんで来た。
ルカリオ伯爵……。それが彼の名前だ。彼が、一体どうしたんだろう?
「いらっしゃいます!すぐに!」
意味が理解出来ない。何も聞かされていない。連絡なんてもらっていない。どうして?
「お召し替えなさいますか?」
確かに、客人をもてなすようなドレスではない。
「え?ええ……。今からお越しになるの?」
そう尋ねる私に、慌てているメアリが。首を振る。
「もう、お越しになっているんです!!」
今、来ている?どうして??
そんな驚きに固まっていると、廊下で話し声が聞こえる。
「ローズ」
お父様だ。ノックの後、扉が開かれる。
「ルカリオ伯爵がお見えだ。では伯爵、話が終わったら、皆で食事と致しましょう」
上機嫌で声をかけると、立ち去っていく。
扉の前に、彼が、いる。
大混乱だ。
一体、何があるというのか。
話?話って何?
「入っても?」
静かな、少し低い声。
「……どうぞ」
「では、失礼。急に訪れてすまない。やっと整ったので、早めに貴女に伝えたかった」
優しく微笑む、彼の意図が理解出来ない。整った?何が?
「整った、とは……?」
「貴女との、結婚の準備です」
頭の中が、真っ白になった。
「僕と結婚してください。長く待たせて、すまなかった」
そう言って彼が、私を見て微笑んでいる。
一瞬、呼吸が止まるかと思った。
彼を見て固まっていると、優しく、抱きしめられた。
「ローズ?」
顔を覗き込まれて、少し困ったような表情を浮かべる彼。
顔に手を当てられ、自分が泣いている事に気が付いた。
彼が、私を見ている。それだけで、嬉しかった。
馬鹿みたいだな、私。
単純だな。
そう、思った。
自然に笑みが零れた。
「ええ。喜んで」
泣きながら、返事をした。
私の返答を聞いて、抱きしめられた彼の手に、少し、力が入ったのに気が付いた。
「魅了魔法の影響は……?」
おそるおそる、尋ねると、静かに私の髪を撫でながら彼が言う。
「なぜ君という人がいながら、あの女性を魅力的だと思っていたのか?今では全く理解ができないんだ。本当にすまない。ずっと辛かったろう。嫌な思いを沢山させた。でも……僕は、君が好きだよ」
私はこの時、夏が好きになった。
読了ありがとうございました。