2、挿絵の君は……
ベタな展開。ベタな結末。
第一王子の魅了魔法による失脚は、ずうっと昔。この世に生を受ける前。前の生を生きていた時に読んだ歴史書の記述通り。
歴史書に残る記述はあっさりしているものの、その話題性で後世になって沢山の書籍が出た。王子と平民のロマンスは虚構が入り交じった娯楽的な読み物として人気を博した。その中で、美しい挿絵がある『蒼の庭』という本が好きだった。王子の取り巻き達の設定が素晴らしく、何度も何度も読み返した。
普通に大人になって。結婚し、子供もいて。年をとって死んだ。
気がついたら、子供だった。
否、違う。
子供であった私に、昔の記憶が徐々によみがえって来たのだ。子供としてだが、何年も生活していたから、今の生活が普通だと思っていた。変な夢を見るなあ。と思っていたのだ。
ある日、子供の私は寝相が悪く、夜中にベッドから落ちて頭を打った。
まあ、打ったといっても痛みは大したことはない。だが、その瞬間、頭の中は渦巻きのようにグラグラして。一気に、そう。前世の記憶、というものを思い出したのだ。
だがまあ、一般庶民として過ごした前世。同じ国。時代が古いと気がついたのは、記憶が戻ってしばらくしてからだった。どうやら貴族らしい。古い時代の庶民の大変さは想像がつく。よい生まれだった事に感謝した。だから、驕る事無く、貴族の矜恃を持ちながらも、人には優しく生きた。人生やり直しなんて、何が起きても楽しすぎた。
そんな楽しい生活に冷水を浴びせられた出来事は、十二歳で決まった婚約だった。同じ伯爵家同士の政略結婚。よくある話。よくある……。
あれ、待って。これ。よく考えたら、この時代の王子の名前。『蒼の庭』と一緒だし。婚約者の名前は、蒼の庭に出てくる取り巻きの一人の伯爵家令息と同じではないか。
領地が遠く、初めて顔合わせをされた時に、本当に、歴史書に残る古い時代に生きている事。自分の婚約者が、のちに処刑台の露となる運命だと知っている事に戦慄を覚えた。しかも、前世で見た本の挿絵よりも美しい青年だった。書を嗜み知能が高い、優しい令息だった筈だ。それが、後世にて想像で書かれたものか、史実に基づくものかは、私は知らない。そこまでの興味は無かったからだ。
その日は驚きすぎて、うまく笑顔も作れず、当たり障りのない話をしただけだった。
どうしよう。
どうしたらよいのだろう。彼を救うには。
彼に大した記述など無かった筈だ。何と言っても、主役は王子と平民の女性の恋物語なのだから。ひょっとしたら、何かもっと詳しく記述されていたのだろうか。
思い出せない。なんて悔しい。
王子様と結婚なんて子供が見る夢のようで、王子が好きだと思わなかった。なぜか、その伯爵令息が一番好きで。挿絵をよく眺めていた事を思い出す。
残念なことに、領地も遠く、王立アカデミーに入学するまで私は何もできなかった。というのが現実だ。どうして、小説のように、先回りして運命を変える事が出来なかったのだろう。王立アカデミーに入学した後に、物語どおりに進む時代の流れに流されるようだった。『蒼の庭』の王子を含む登場人物にはそれぞれ婚約者がいて、平民出身のヒロインに数々の嫌がらせをしたという記述があった。
話は進んでいる。ヒロインに嫌がらせをしたところで、何かが変わるとも思えなかったし、何より、人を貶めるのが嫌だった。だから、嫌がらせには加担しなかった。表向きは政略結婚で興味が無いように装った。私に出来たのは、それだけだ。たった、それだけ。
物語どおりに、彼がヒロインに恋をするのが、悲しかった。
みんな、死ぬのか。
そう思うと、心が張り裂けそうに痛かったし、何もできない自分が嫌だった。
私を見て!なんて。そんな乙女な台詞、人生一周回った私には言い出せなかった。私が彼に言えたのは。家格を考えた時、次代の王が執着している女性を望むのは伯爵家の存亡に関わるという、かなり遠回しな言葉だった。愛情など無いと思われただろう。物静かな彼は、感情の籠らない目で私を一瞥しただけで、庭園にいる王子と取り巻き、ヒロインを見ていた。
ただ、彼は理性的だったのだろう。他の取り巻き達と違って、婚約者である私を蔑ろにする事は無かったし、パーティーでも、淡々と婚約者として扱われた。
上辺だけだ。
この関係が、いつまで続くのだろう。物語のように、日々、沢山の噂話が流れ込んでくる。確実に終わりに近づいている。
でも……。できれば。
生きていてほしい。
私が愛されなくても。それでも。
彼に生きていてほしかった。