1、残滓
お久しぶりでございます。
短編を書きましたので、本日、連投します。
楽しんで頂けたら、幸いです。
君は、きっと運命の相手だと思ってしまったんだ。
王立アカデミーで、第一王子が行った婚約破棄騒動から一年が経つ。
出生後すぐに隣国の第二王女との婚約が結ばれていた第一王子は、あろう事かアカデミー卒業パーティーで婚約破棄を宣言。僕が運命の人だと思っていた平民出身の君と婚約を宣言した。
国と国の約束を反故にした事で第一王子は王族から除籍。隣国の第二王女は王位継承権が繰り上がった第二王子と改めて婚約。
平民出身の君は、禁忌魔法であった魅了の使い手である事が発覚し、魔力を封じられた。
魔法?魔法だって?僕が抱いたあの想いは。嘘だったのか?
王子の取り巻きで、平民出身の君に熱を上げていた奴等は魅了魔法解除の術をかけられ、目が醒めたとでもいうように我に返り、悔いたという。だが、ほとんどの者が廃嫡されて、貴族としての人生は棒に振った。
よくある話なんだと婚約者に言われて、僕は何とも言えない気持ちになった。
僕は伯爵家で、王子やその取り巻きとは身分差が大きく争奪戦に勝てそうにはなかった。誰にでも優しい君。僕と想いが通じ合っていても、王族に望まれては君も断ることなんて、できない。
だから、僕は身を引いた。
身を引くきっかけは、僕の婚約者であるローズマリーの存在も大きかった。彼女は、君ばかり見る僕を寂しそうに、でも、否定する事もなく見守ってくれた。政略結婚として、割り切っているのだろうと思っていた。
騒動の後、僕は第一王子の取り巻きではなかった為、愚息と呼ばれて廃嫡される事もなく、平穏に生活している。
魅了魔法の影響を受けているかもしれないと魔法院より連絡があり診察を受けた。だが、僕は王子達から遠ざかっていた事もあって魅了魔法がかかっている状態では無いと診断された。ただ、近くにいたため、残滓のようなものは確認できる、と。
残滓でこの程度なのか?
では。魅了されていた第一王子や取り巻きは、正常な判断などできなかったのだろうと推測する。
君に近づいた代償に、魅了魔法の効果がまだ薄っすらと残ってしまっている。
恐ろしい事だ。何と強い力。僕の思考を捻じ曲げるほどの、染み付いてしまった魔法。
これでも随分薄れたのだ。これでも。
なのに。ふと、気がつくと君の事を思い出す。もう、終わってしまった事なのに。まるで、君が運命の人だという錯覚をする。
そんな僕を、ローズマリーは優しく見守ってくれる。
物憂げな表情で。
魅了魔法を無理して解除せず、薄れるのを待っているのは理由がある。無理して解除する事で、記憶の欠落や性格の変容がある事が、古来からの記録でわかっているからだ。
もし、この魅了魔法が解けたとして。僕が大きく変わったら?ローズマリーの献身を忘れてしまったら?
僕は、忘却が恐ろしかった。だから、あえて魔法が自然に薄れるのを待つ事にした。
薄れるまで、約二年はかかるだろうと言われた。
あと。一年。
もう。一年。
君を思い出す事も少なくなった。
本当に、ローズマリーには感謝している。ただ、魅了魔法のせいなのだろうか。君を想うような恋心を、彼女に抱けないでいる。
この魔法が消えたら。彼女を愛することが出来るようになるだろうか。
僕と彼女は、貴族によくある政略結婚だ。
元々、嫌いでは無かった。そして、特段、好きでも無かった。
一つ年下の彼女が王立アカデミーに入学した時、君も同時に入学したのだった。君ばかりを見ていた。彼女という婚約者がありながら。
君と結ばれることの無い幸せは、僕にとって最大の不幸であるように感じる。
胸の中から零れ落ちる愛しさと。虚しさと。どうしようもない焦燥。そして絶望。
だが、わかっている。結ばれなかった現状が、いかに幸せなのかを。
彼女は、可愛らしい人だ。
決して無理強いせず。見守ってくれた。
もし。
もし、
この魔法が解けて。
彼女だけを見られたら。
彼女だけを感じられたなら。
寂しそうに、
力なく笑って
僕のいない所で泣く彼女を
強く強く
抱きしめよう。
もう、寂しい想いをさせないように。
魅了魔法に取り憑かれて
君を愛してしまった僕は
彼女を傷つけた罪を背負って
彼女だけを見て
彼女を守って生きていく。
それは、僕にできる彼女への償い。
だが、出来ることならどうか。彼女を強く愛したい。君を愛した以上に。
二年半が過ぎた。長かった、と思う。
僕の腕の中で、ローズマリーが泣いている。
どうしよう。
どうして泣くんだろうと、僕は慌てる。
「ローズ?」
彼女の顔を覗き込む僕に、彼女が泣きながら、笑う。
よかった。
笑ってる。
僕は今、やっと。
「結婚してください」と、彼女に言った。
次話より、女性視点へ変わります。
読了、ありがとうございました。