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TURN9:唯一の選択肢




完璧なタイミングでの奇襲だった、一番の脅威のつばめがスキを晒し、

タマコもまた張り詰めた緊張をといた瞬間。



(結局…いつから補足されていたのだろう)

揺さぶられる体、薄れる意識の中でつばめは、思った。




「うぅ…うぐ」

森の中を闇雲にひた走るタマコ、目は涙で濡れ。

半ばパニックに陥りながら、ズタズタの筋肉に走れと命令する。

つばめは背負われながら霞む視界をちらっとタマコに向ける。

(さっきの獣達が別の群れで良かった…あの場で2頭が牽制しあったおかげで、

 私達はあの場を離れる事ができた…けど…私はすぐ動けなくなって)



それに反応しタマコもつばめに目を向ける。


「うぅ、つばちゃん!しっかり!、…こんなに血が…どこかで止血…するから頑張って!」

つばめの背中から溢れる血が背負うタマコの手を濡らす。

走るたびに垂れ下がった腕からも血が滴る。


しかしタマコの願望を打ち消すように並走する2つの群れ。

タマコを挟んで互いの群れを牽制しながら計4頭の獣がよだれを垂らしながら機会を伺う。

最早タマコ達の存在は獣にとっては、ちょっと動く肉塊である…

むしろ横取りされないように、その警戒は別の群れに注がれている。



そんな拮抗状態も何らかの理由でタマコの足が止まるなり転ぶなりすれば、

詰め放題無料セールの始まりである。

みんなの胃袋に入るだけ入ってお持ち帰りされるのは時間の問題と言えた。



「うぅ…ぅ」

絶望に泣きながら進むタマコ。


「タマコ…私はもう…だから」


「うるさい!」

そんな選択肢は無いと切り捨て、悲鳴をあげる体を燃やし続ける。

まるでリビングデッド、自分の体が死んでいる事に気づかないで、

1分でも現世にしがみつく浅ましい死人だとタマコは認めながらも足を進める。


(それでも…1分でもつばめが長く生きられるなら…ッあ)



タマコの体が崩れる地面に沈む、

小さい崖を転げ落ち固い雪の大地に投げ出される。


獣達は崖に怯み足が止まるが、崖が浅い所を降りる事にしたようだ。


(体…うごかない、え…ここ…)

もう痛みも感じなくなってきた体を無視して地面を見るタマコ。


(なんでもっと早く…これ…山道だ…)


たまたま出たそこは荷馬車が通った跡もある、まぎれもない人の為の道だった。

運が有るのか無いのか考える暇もない。

迂回して崖が浅くなった所を飛び降りて、追いつく獣達がタマコ達を囲む。


(すぐに襲ってこない…?そういえばつばめは…?)

頭だけで周囲を確認するタマコは


「!?」

驚愕し、すぐに悲痛に顔を歪める。



ぴちゃん、ぴちゃんと雪を血で染めながらつばめが立ち上がり。

無表情な顔をあげる。

(ルーティンをした!?でも…その傷で…立つなんて)

自殺行為以前に不可能だ…とタマコはあまりの痛々しさから目を逸らす。




それがどうしたと、獣の一匹がつばめに牙を剥く。

「つばちゃん!!」


しかし、

すッとつばめが枝を持つ無事なほうの片手を上げると、

たちまち意気を消沈して尻尾を巻くように距離を取った。


(そうか、見ていたのか…)とタマコは思った。

思い出されるのはつばめによって瞬殺された獣。

その時に纏っていた気配を今のつばめは纏っている。


こっちの人間は未だ脅威だ…と

4頭の獣の意思が統一されたようにつばめを囲む布陣が完成した。


「つばちゃ」

と叫ぶタマコの声がつばめの視線で抑えられる、

まっすぐタマコを見据えた後、タマコから少し離れたところにある茂みに視線を移す。

その言わんとしてる事にタマコは瞬時に気づいた。



(いまこいつらの視線はつばちゃんにのみ注がれている、そのスキに茂みまで這って隠れば私は助かる?

 つばちゃんはあの傷じゃ…もう助からない、今立っているのが不思議なぐらいで枝を振ることさえできないはず)



コクリとつばめがタマコの思考を肯定するように頷き獣に向き直る、


(こけおどしは…まぁ成功ね…ルーティンなんてする時間は無かったし、

 した所でこれだけ血を失ったら頭なんて働かない。)


ぴちゃん…とジャージから血が垂れる


(私の血がタマコをカモフラージュする

 タマコがこの場を凌ぐ事ができれば…ここは山道…

 例えタマコが低体温症で倒れていても日中誰かが助けてくれる可能性がある)


一人だけでもこの地獄から生き残れる唯一の選択肢、

それをつばめは掴み取ろうとしていた。



つばめの背後の狼が一息で殺せる距離までじりじりと近づく。



「タマコ、今ままでありがとう……生き残って!」


振り絞る最後の言葉に合わせて背後の獣が飛びかかる。

既にある傷口をえぐるように爪を振り上げる。


そして、

ズドンと予想外の横殴りに、鳴き声をあげ獣が転がった。


「タマコ!?」


べちゃっとつばめの出血を抑えるように、

また背後を守るようにタマコが背中合わせに立つ。


「ごめん…つばちゃん…これ意外は選べなかった」


「あぁ…」

言葉を失うつばめ、

どうやってあの状態から立ち上がり拳を振るう事が出来たのか等もはや関係無い、

(これでもう誰一人助からない)


「ばかぁ…」


「ごめん」

とタマコは謝る。



殴られた獣が立ち上がり怒りに身を震わせ唸る。


どこから崩すか考えるのも一瞬どう見ても死にかけの獲物、

4頭がそれぞれタイミングを図り力を込めるが。


「ーーーーー!!!

 ーーーーーーーーー!!!」


タマコのウォークライ、音が衝撃となって周囲を満たす大声量。

無論こけおどしである、しかし獣の足をひるませるのには十分な怒声だったようで。

4頭全員が距離を取り直す。


「か…は……はぁはぁ」

(1秒でも長く一緒に生きるんだ…1秒…だけでも)



死にかけの獲物にまたも邪魔され、

あまつさえ引かされた…その屈辱に激高する獣達。

先程殴られた獣が、今度こそ、その忌まわしい喉笛を引き裂こうと、タマコに迫る。


ヒュカと風を切る音と共に、喉笛に根本まで刺さる刃。


タマコは目を見開く。


ヒュカ、ヒュカと、片目が潰れ足が欠け体制を崩す。


喉から血を吹き出しながら、地面に転がった。


タマコは血を撒き散らしながら転がる獣を無視し、

そのダガーナイフが投げられた先を見る。


タマコが崩れ落ちた崖の上に丁度立つ木の革と獣の毛皮で作られた服を着た

二十歳ぐらいの若い男が立っているのを捉えた。


ナイフの男はさらにダガーナイフを取り出し

戸惑う残り3頭に向けて投擲する。


ヒュカ、ヒュカと避ける間もなく的確に致命傷を与えるナイフ。


喉に1本、胴体に1本、2本、3本。

一匹に対して過剰なぐらいに投げ、全てが刺さり崩れていく。



ちらっと見えたナイフの男の腕に目を見張る。

(お父さんも引くほど体を鍛えていたけど、あのナイフの男の肉付きは何か違う、

 まるでその年齢まで殺す為の訓練だけしてきたような)


そんな事を考えているうちに、全ての獣はピクリともしなくなった。


崖を滑りながらナイフの男が山道へ下る。

戦闘が終わるのを待っていたのだろう、ナイフの男とは別に崖の浅い所を下りてこちらに向う人影もあった。


こっちの世界は明け方近くだったのか、日の出の光が差し始めている事にタマコは気づいた。


夜が明ける…絶対に超えられないと思っていた、

どうしようもなく長いと感じた夜が…


「つばじゃん」

タマコの声はガラガラで今にも潰れそうだ。


「…」


後ろを振り向くのが怖い、見てしまえば確定してしまう、そんな予感がタマコの肩を震えさせる。


「つばじゃん!朝だよ!生きでるんだよ!」

「…」


「つば…ちゃ」

ぐらりとつばめがうつ伏せに倒れる、

ナイフの男がタマコの横を風の用に横切りそれを受け止めてうつ伏せに地面に寝かした。



限界をとうに超えバランスも崩したタマコもうつ伏せに倒れる、

もう一人の人影がパタパタと駆け寄るが間に合わずそのまま顔面を地面にぶつけて倒れるタマコ

(痛くない)

すでに全身の痛みからタマコは痛覚が麻痺していた。


近づいて着たのは白い装束を着た女の子だ。

背中には荷物袋らしきものをガチャガチャ言わせながら背負っている。


赤錆びた髪の色を肩まで伸ばし服の隙間から褐色の肌が見える、

歳は私達と同じくらいかそれ以上だろうと推察できる。

顔は木でできたお面で隠れている、あまり特徴のない目のところがくり抜かれたお面、

あえて言うなら人のドクロぽいなと思った。

太陽の光を反射する目は橙色に光っているようだ。


(お願い…つばちゃんを助けて…)

お面の少女はタマコの目を見て力強く頷いた。

まるで、その為に私はここに居るのです!と言われた気がした。


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