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TURN8:全てか無か



光の無い暗黒の森、かろうじて刺す月の光を頼りに逃げる影が1つ。

落ちる影と交わるように、より深い闇を作りながら追う影が2つ。


「はッ」

後ろを振り返る余裕は無い。

「はッ」

過ぎ去る木々に目もくれず走る。

タマコは規則正しい息継ぎでペースを維持する事を意識する。

「は!」


(どうせ足じゃ絶対に敵わない)

タマコの体力が万全だったとしても速度も持久力も遥かに勝る相手だ、

速く走るに越したことは無いのだがそれよりも今は、


(危ない、枝!、石!?…根!!!、今のは危なかった!)

とタマコは転ばないように、ぶつからないようにと走る。

しかし、

ガバッと開かれる鋭い牙、

「っと!!熱ッ」


ざりり、と少し足の肉がえぐられるが噛まれる事を回避。

バランスを華麗に保つ。


「ぐ!」

バチッと視界が揺らぎ、過剰な量のアドレナリンを分泌させながら、

足に走れと命令を強化する。

もはや足の裏は目も当てられない事になっているのだろう。

(足の指の感覚が大分前から無いよ〜)と内心泣きながら走り続ける。


(もう!無理!戻ろう!!)

反転するタマコ、一瞬で挟み込むように獣が布陣する、そこで初めてタマコは相手の全体像を見た。


「うわ!…なに…こいつ」

顔は狼だ、ジーとタマコを凝視している、

はぁはぁと息を切らすタマコと違い涼しげな様子は当然ではある。


だが手足が太い、まるで熊のように発達し爪も恐ろしく鋭利に見える。


(あの爪が飾りなら良いのだけれど…ないよなぁ)

わずかな油断も出来ないとタマコは相手の爪も警戒する。


(用心深い狼なら、いくらボロボロの私でも正面からは絶対に襲ってこないはず…)

後ろから襲いに来る気配に押されるように、タマコはつばめの居る方向に立つ狼に向かう。


1歩、目の前の狼が牙を向き鼻にシワを寄せ威嚇する。

2歩、グルルと喉を慣らし、前足をこちらに向ける。

3歩、最後の警告をするように吠え足をあげる獣。


(これ、無理!通れない!)

4歩目でサイドに転がるようにして後ろから飛びかかり爪を振るう狼を回避した。

ザリリとタマコの片腕が痛々しくわずかに裂ける。


「熱ッ!」


すぐに体制を立て直し走るタマコとそれを追うハンター2頭

(まずい!まずい!道はずれちゃったああ!!)


どこを見ても同じような果てしない夜の森を見ながら、タマコはこれは終わったかもと考えた。

そして、よそ見をすれば当然、

「!?」


木の根に引っかかるタマコ、そのまま前のめりに体制を崩す。

(終わ…)

もちろんそんなスキを逃すはずも無く飛びかかるように牙を向く獣。


「…てない!!」

タマコは両手を付きながら蹴りあげる用にかかとを獣の顎に合わせる。



ギャイン!と綺麗に当たり鳴きながら転がる獣。


もう1頭も迫ってきていたが、

前転してバランスを保ったタマコが向き直ると足を止めた。


(正面からは襲っては…来ないな、返り討ちにはしてきそうだけど…)

転がった獣がすぐに立ち上がりその目が猟奇的に歪むのをタマコは捉えた。

(あー怒らせちゃったかな…)

再び走り出したタマコの後ろを勢いを増した獣が追う。


(さっきは運が良かった…次転んだらもうアウトだ…けど…ここどこ!!)



状況は悪くなる一方なのに、体の至る所から血をにじませ、

いよいよ体力の底もみえてきた時。


カン!…と闇夜に響く小気味の良い打音がタマコの耳に届いた。

(この音…この音は!!)

どちらかと言えば後ろの方から聞こえる音にタマコは耳を傾ける。

するとまた、カン!と響く音が聞こえる。


(間違いない、つばちゃんの木の棒が鳴らす打撃音!)

タマコの帰りが遅い事に状況の察しがついたつばめの策…

戻るのが遅いなら死んだのではと諦められてもおかしくない状況で、

タマコなら生きていると信じている証拠だった。


(でも、でも全然逆方向)

光明は見えたが状況の不利は相変わらずだ、

なにせ反転しようとしてタマコは一度失敗しているのだから。


真後ろに迫る獣の吐息

(噛まれる!!、ッあれは!)

目に入る古木の倒木、とっさに地面と木のすれすれに横倒れになりながら滑り込む、

つばめ程大きくない胸が僅かに当たりながら抜け、

倒れ込んだタマコに牙を突き立てようとした2頭の獣が倒木に阻まれる。


「よいしょ、痛!…よっと!」

全身に擦過傷を追いながらすぐに立ち上がり、

今度は倒木を踏み台にして木の下に顔を突っ込む獣の上を通りすぎるように、

タマコは走ってきた道を反転した。


すぐに向き直る獣達、

その目が憤怒に染まるもタマコは目もくれない。


カン!と響く音


(よし!こっちだ!後は…)

バチ、バチ、と命令を強化し全力で走る。

(一度通った道なら、なんとなく覚えている!余力は考えなくて良いから)

走れ!…とタマコは無理やり足に力を込めつづける。



獣の速力を殺す為になるべく木を縫うように…限界まで走り続け、

ついに、その時はおとずれた。

「おっと!」

足がもつれたかのようにタマコが転び、今度こそ、その首を噛み砕こうと2頭の獣が迫る。

タマコの後ろで舞う落ち葉、無音の影がタマコの前に立ちふさがる、

血の匂いと怒りで興奮していた獣はそれでもなんとか前足に力を込めブレーキをかける、

しかし、


(その娘が攻撃モーションをした時はもう積んでいるんだって)



背ける獣の顔、その目から突然枝が生えたような光景になり、

枝の先を感情の無い顔のつばめが左手でにぎりながら、クリンと円を描く。

軽く脳みそをシェイクされた獣が枝が刺さったまま体を反らし、

数歩トコトコと歩いた所で倒れる。



もう1頭はタマコの目前で開けた口に、

つばめが右手で持つ木の棒を咥えこませるように差した為、距離を取っていた。


唸る獣に木の棒を後ろ手に隠しながら散歩でもするかのように近づくつばめ。


1歩、狼が牙を向き鼻にシワを寄せ威嚇する。

2歩、グルルと喉を慣らし、前足を向ける。

3歩、吠え終える事は出来なかった。

喉に深々と木の棒が突き刺さり、その目が死に濁る。



ガチガチと歯を鳴らしながら、4本足でなんとか後退しようと後ずさるが、

微細に動くつばめの目がそれは効率悪いよと木の棒をグリグリと突き刺す。


そして獣の目は死に染まった。



「さっすがつばちゃん!たすかったー!」

頭の中でフラッシュをたかれ続けているかのような頭痛の中。

タマコはもう立つのもしんどいという様子で、

最初に倒れた1頭にハイハイするように近づく。


つばめは目の前の脅威が動かなくなったのを確認して

グリグリをやめ息を吐くと…徐々にその顔に安堵と怯えが浮かぶ。


「タマ…コよか…ぐす…わた…ころし」

タマコの無事に心底ほっとしながらも、

初めて動物を殺した感覚に恐怖し涙をこぼす。


「うぅ…ぐ…」

そのまま地面に膝をついて泣き崩れるつばめ

その様子にタマコはちゃんと後でフォローしないとと思いながら獣に向き直る。


脳をえぐられ未だバタバタ足を動かしている獣。


「暴れないで、仰向けになってねー」

手頃な石の上に熊のような前足を乗せ曲がらない方向に体重を加えながら、

バキ…と関節を外す。

ぎゃんっと鳴いた気がするが仕方ない。


(動物愛護団体やつばちゃんからしたら地獄絵図だろうな)と思いながら、

外した前足の爪を利用し、獣の腹を慎重に裂くように力を加える数分間。


(うぷ…匂いがひどい…)

「つばちゃん!できたよー、さ服脱いで入って温まって!

 私はもう1匹のほう使うから、こいつは…つばちゃん使って!

 心臓…は血が溢れるかな?肝臓とかかじって少しでも体力に還元したいね」


「タマコ…」

少しだけ泣いて落ち着きを取り戻したのだろう。

血の気の引いた顔でつばめがタマコにヨタヨタと近づく。

「ん?」


そして、


がばっと抱きついた。

「つ、つばちゃん!?どうしたの?」


ポタ、ポタとつばめの肩を濡らす水滴。

力強くつばめはタマコを抱きしめる。

「あ…れ?」


タマコは自分の溢れる涙に自覚した。


日常から乖離したあまりにも過酷な世界…

意識してしまえば心が崩れてしまう、痛みや恐怖

そして生きるために奪う辛さを、ごまかしてきた脳が、

その限界を迎えたようだ。


「ーーー」

目を閉じ声にならない声で泣き叫ぶタマコ。


その瞬間、


ザシュと取り返しのつかない音に

とてつもない悪寒で涙で濡れる目を向けるタマコ。


(迂闊だった)

いつの間にか、つばめの後ろには、新しい獣。

傷の深さを見せつけるように血に濡れた爪が降ろされる。


バチっとタマコの頭に電気が走る、一刻も早く殺せと体中に火が灯る。


「タマコ!」

つばめは背中に深手を負いながらも、タマコの後ろを見ていた、

タマコの首に牙をむき出すその別の個体を。


ぎりぎりのタイミングで自分の腕を噛ませ、


もう片方の腕で既に死んでる獣の目に突き刺さっている枝を拾い、

振り抜く。

食い込んだ牙を離し獣は距離を取った。


「え!?」

タマコが背後を向き直り状況を理解する。



タマコは甘かった、最初からこの世界を甘く見ていたのだと気づいた。

獣の遠吠えが空気を満たす。

このおびただしい血の匂いにひかれ獣達が集結する。



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