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TURN1:曇天の夕暮れ



「…」


「…」


「…」

(雨かー梅雨が開けるのはまだなのかなぁ…雨具もってきてないし…

 帰りどうしよう…)


その色素の薄い髪と同じ色をした目は窓の外に向けられている。



「それじゃ、最後の体操測定を始めるわね」

そんな言葉が背後から耳に入る。


「ん?」

声をかけられたその少女が後ろを振り返ると、そこには茶髪でスタイルの良い女性が足を組んでパイプ椅子に座っており、

眼鏡がよく似合う凛とした目が訝しげそうにしている。


(いまからでも将来、わたしも先生ぐらいのナイスバディになれんかなぁ…)


先生に比べて様々な部分が控えめな少女はそして尚も悩む

(16歳だった去年から変わってないもんなぁ…)


悩み続ける

(現状に満足しないで上を目指してほしいなぁ…)



「またぁ?」

どうやら、先生が頭を抱えてしまったようだ。

(一体誰だ、こんな綺麗な先生のお顔の眉間に溝を作らせる輩は!わたしが許さんぞ!)


そんな少女の闘志に水を差すように男の声が先生に投げられる。

「おいおい、内海先生ぇこんなんで本当に大丈夫かよぉ~~?」

少女が一瞥すると、そこには少女と同い年ぐらいの男子生徒が声音からも伺える不満顔で

腕を組みながら仁王立ちしている。

(なにお前私の顔をみとるんだ?喧嘩うってるんか?買うぞ?)



「はぁ…仕方ないわね…御堂君はちょっと待っててね」

(そうだそうだ!黙って立ってろみどう!…あれ…御堂?)


そこで少女は周囲から聞こえる、跳び箱が崩れる音やジャンプ台の軋む音

に混ざって男女様々な奇声が飛び交っている事に気づいた。


「あ!」

(そうだった、今日は半年に一回ある体操測定の最中だった!)


「火縄タマコさん、大丈夫~?」

タマコの反応で察したのだろう、先生はからかい口調だ。


「だ、大丈夫、うつみん先生!準備おっけーですよ!ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう」



「おいおい、この俺相手にずいぶん余裕ぶっこいてくれるじゃんよ~~」

「油断してっと、マジ瞬殺すっかんな~~!」

そういいながら御堂と呼ばれた男は、腕組をほどき威圧的に肩を回す。


「この後、友達の部活の手伝いがあるから早く終わらせたいの~」

タマコは御堂と適当な間合いを取りつつ、思考を勝負に切り替える。



「ん?そういえばお前ってよく日ノ下と一緒にいるよな」


「御堂君のことは聞いてるよ」



「それってどういう…」

と御堂が言いかけたところで、先生が手を叩いた。



「はいはい、二人とも準備はいいわね

 じゃ~はじめてちょうだい、カメラからはずれないよにね~」



タマコは半身を前に両手を構える。由緒正しき格闘スタイルをとる。


対して、話の途中が気になるのか御堂はしぶしぶといった感じだ、

直立したまま、腕を構える事さえしていない。

「先手は譲ってやる、こう見えて俺は紳士でな、レディーファーストってな~」

右手を前に出しかかってこいよと身振りまでしている。



見た目も仕草もヤンキーな体裁だが、確かに見た目で人を判断するのはよくないなと反省しつつも、

ハンデだと言わんばかりの態度には、反発心が駆り立てられてしまう。


「ふ~ん、そんな事言って、内心びびってんじゃないの?

 下手に攻めてカウンターKOとかされちゃったら、クラスどころかつばちゃんの評価も下がっちゃうもんね?」


「はっはっは、Cクラスが言うねぇ~

 心配ないさ、むしろスタイリッシュな俺の勝利が、日ノ下さんの心を掴んでしまうかもな~」


どうやら本当につばめの好感を気にしているようだった事にタマコはわずかに驚き、

一瞬本当の事を言うべきかどうか悩むが、紳士を自称する御堂なら大丈夫だろうと

タマコはやや申し訳なさそうに事実を伝える事にした。

「あ~それは心配ないかもね、つばちゃん御堂君の事全然関心ないって言ってたし・・・」


「ははは、そういうのは照れ隠しというんだぜぇ~」


「むしろ、興味も無いのに視界にチラチラ入る御堂君にドキドキしてるって相談されたよ…」


「はは、お前も日ノ下の友達ならしっかり恋のフォローをしてやれよ~俺の電話番号いる?」


いまいちタマコの言わんとしてることが伝わってない様子の御堂にタマコは不憫さを

感じずにはいられなかった、しかしこのまま増長させては親友のつばめの為にはもちろん、

御堂の為にもならないのは明白だと、タマコは決意を新たに言葉を切り出した。


「フォローはしたけどね…」


「おぉ!男らしく知的で紳士だから付き合ったらお似合いだって?」


内心あきれ果ててはいるが、これから胸を借りる相手である…

タマコはせめて気を荒立てない為に穏やかに、落ち着かせるようにと微笑みを携えた。

「ふふ…ゴキブリみたいだから近づかないほうが良いって」


「ははッ……」

「ふふッ……」


「…」


数秒の静止、

タマコは外の雨音が嫌にはっきり聞こえると感じていた、体育館の窓を打つ音に混ざり、

近くに植えられているアジサイの葉を叩く音は風物詩を感じさせる。

(確かアジサイの花言葉は…『無常』、そう、人の世はかくもー)


「やろう!ぶっころしてやる!」

エセ紳士は突き出した右手をそのまま握りこぶしに変えて大股で距離を詰め振りかぶった。


「わッ」

センチメンタルに浸っていたタマコは一瞬の出来事に驚きつつ、

僅かに姿勢を低く顔面の直撃をぎりぎり回避


そのまま御堂の懐へ入り渾身の右手を相手の左胸に振り抜く。

ビシッと響く打撃音

が、その拳は御堂の左腕に阻まれている。


(防がれた!?ならッ!!)


タマコは胴着の襟を捉えようとする御堂の右手を左手で払いさらに姿勢を低く。



起点となる右足の位置を調整し放つ左足の回し蹴り‐

御堂の足を挫く狙い


(とみせかけて!)


片手と片足をばねにした上段蹴り、狙うは顔面である。


風を切りながら放たれる高速の蹴りは、

今度は御堂がわずかに顔をそむけるようにして回避した。

御堂はこれ見よがしのどや顔である。



御堂から仕掛けてくる様子がないのを受け、体制を立て直したタマコはステップに

切り替える。


御堂の左側に足を運びつつ、御堂が向き直る瞬間、

距離を詰めながら御堂の右側に滑る。

鮮やかな体さばきに御堂の体は追いつかない。


そのままがら空きみぞおち及びわき腹に3連撃の拳が放たれる。


がその拳もそれぞれ御堂の左拳に相殺された。


ふと目をやると御堂の視線と交錯する、

どうやら、動きは完全に追われているのだとタマコは自覚した。





「はぁ…はぁ…」

(さすがの動体視力というわけ?)


息を整えつつ距離をとるタマコ。



(まずい攻めあぐねた、いっそ股間でも…)

とタマコが考えた直後に御堂は半身に姿勢を変える。


(これじゃ狙えない…まるで思考を読まれているような…)


ちらッと御堂の顔を見ると、

「そこを狙うか」とでも言うように御堂の顔が若干引きつっているのが伺える。

(やっぱり読まれている)


「さて、そろそろ俺からもせめっかな~~」

そう言って歩みだす御堂。


一見無造作に見えるが今や全く隙が伺えない状況だ。

逃げ場も策も無い中でそれでもタマコは相手の克服に没頭する。



(攻撃されたら負ける?…)

ズキンと響く軽い頭痛にタマコは無意識だ。


(攻撃は読まれる…)

痛みをます頭痛は周囲の雑音をかき消し、タマコの意識は

御堂のみに集中されていった。


(出力を、上げるしか―)

バチッとフラッシュを焚かれたように視界が眩み、

半ば意識が掻き消される感覚にタマコは身を投げた。


後一歩で御堂の射程に入るところで弾けるようにタマコは踏み出した、

「うぉ」

その加速度に御堂の表情から余裕が消える


「「らぁ!!」」

体育館に響く発声と共に御堂のみぞおちを捉えるこぶし。


御堂はぎりぎり左手のひらを合わせる、


が元からガードごとぶち抜くつもりの攻撃は止まらず、

重い打撃音がズドンと鳴った。


タマコの拳は御堂が僅かに姿勢を落とし打点を胸骨にずらしつつ左手の平をクッションにしたことで防いでおり―


一瞬後に鳴る軽い打音、僅かな痛みがタマコのみぞおちに響く

そこには御堂の右手が当てられていた。




「はーい、しゅーりょー」

内海先生が手を叩き、

紳士かどうかはともかく、

有言通りスタイリッシュに御堂が勝利を収める事となった。





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