第69話勇者とは何か?
勇者とは何でしょうか・・・
勇者とは正義の味方でなければならない、人を救い。悪しき魔王や邪神を倒し、この世に平和をもたらさなければならない。
しかし絶対的な正義は逆転すれば邪悪でしかない。
しかしそれはただの反論でしかなく、それを完全に認めてしまえば、僕がやって来たことは邪悪な事に分類されてしまう。そうなれば僕は自分自身を許せないだろう。
勇者としては適切でない心を持っている僕が、勇者として成り立っているのは、その大きな力と復讐―――いや仇射ちをするためだった。
僕が僕として成り立つためには、勇者として自らが正義を為すことが必要だった。
勇者とは何か?
僕はこれまでの旅でその結論を得ていた。
勇者は僕だ、僕が行動を起こすことで、勇者として意味を成す。
暴論だが、僕がした行動が勇者としての行動であり、僕が為したことが勇者としての功績である。
だからレンが現れたとき、僕は自分で自分の価値を見失っていた。
幸いにしてレンは勇者としての実力を持っていなかったため、僕はレンを圧倒することで、自分自身に自信を戻させた。
レンを下げるのではなく、自分を持ち上げることで僕は自信を取り戻した。
両親が死んでしまってから5年、僕は随分と強くなり、大分遠くまで来てしまった。
攻撃力も魔力も防御力も、全てがあの時より数十倍強い。
しかしそれは精神の強さと全く関係ない、僕の精神は常にグチャグチャだ。
グチャグチャで捻じ曲がっていてひねくれている、心は変えることができないため、僕の心は変わることはない。
しかし僕には心配事があった。
魔王を倒し、邪神を倒した後、僕はどうなってしまうのだろうか・・・・・・いやその時に考えればいいので、今は栓無き事か・・・
僕は勇者としてグザファン法国に在留している。
僕は勇者として期待されているから居ていいのか、それとも何もせずともいいのだろうか、分からないと思う心が無限に思われるほど頭の中を交差していく。
時間が経てばたつほど頭の中は混乱していく。
「リューク様、夕飯のお時間でございます」
夕飯に呼ばれたため、思考を中止してリビングに向かう。
*エラルド・ヨハイル(グザファン教大司教)
レン様は要らないのではなかろうか、リューク様さえいれば、問題はない。
しかし殺害してしまうのも、我が神に対しての侮辱となってしまうため、軟禁でいいだろう。
頃合いを見て、レン様が死亡―――いえ殉職なされたと報告すればいい。
我が国に一点の欠点も捨て置けない。
「・・・その計画、やめていただけますか・・・・・・」
そう聞こえた声はマントでくぐもっていながら、私の秘密部屋の隅々まで轟いていた。
いつの間にか心の声が漏れていたのか・・・と心配したが、今はそれどころではない。
「どうして私の首筋に刃物を当てているのですか?リューク様・・・」
細い糸のような固い金属物が私の首筋に当てられている、そこには毒が塗ってあることだろう。
しかし、私はそんなことでは動揺しない。
「あなたが今計画されている、レンの軟禁ですが・・・やめていただきたい」
「何故です、レンにはあなたがそこまでするほどの価値はありませんよ」
そうだ、私が殺されたとなれば、法国はバラバラになり、存続の危機にもなりえるだろう。そんなことをリューク様は存じていないはずがない。
「僕はレンが下にいることで、今の自分の精神を保てている・・・・・・つまりそれは相手を侮辱していることになるのだろうがね・・・・・・だけれど僕はそうしなければならない、自分の心の安定を保つために。」
私は苦笑してしまった。
こんなにも捻じくれながら、自分の目的のためには何事にも邪魔をさせない。その姿勢に私は笑うことしかできなかった。
「いいですよ、ただし・・・・・・」
次の次から魔界に行きます。




