異次元エレベーター
以前、とある友人から聞いた話。
その友人…仮にGとしよう…は、とてもノリのいい奴だった。
皆で集まる際も、飲み会の席でも、いつでもムードメーカとして場を盛り上げ、誰からも好かれていた。
反面、お調子者の一面もあり、時に悪ノリし過ぎて大騒ぎになることもあった。
そんな人騒がせなGが体験した、奇妙な話がある。
ある時、Gは交通事故に遭い、急遽、とある病院に入院することになった。
幸い、怪我も軽く、命に別状がない事故だったが、身体を強く打ったこともあり、しばらくは入院しながら検査を行うことになったという。
Gが入院した病院は、実は以前から不気味な噂がある病院だった。
夜間、幽霊を見たという話は当然のようにあり、それ以外にも「誰もいないのに、車椅子が夜の廊下をさ迷っていた」とか「一人でエレベーターに乗っていたら、背後から足首を掴まれた」とか、胡散臭い噂があったという。
が、そんな噂を気にも留めなかったGは、看護師や同室の患者ともすぐに打ち解け、それなりに快適な入院生活を送っていたらしい。
だが、生来のお調子者だったGは、そうした怖い話の一つを耳にし、それを検証しようとした。
それが「異次元エレベーター」であった。
何でも、深夜0時ぴったりに、院内のとあるエレベーターに乗り、決まった順番で各階を巡っていく。
で、最後にとある階のボタンを押すと、異次元に通じるフロアに辿り着けるという。
まったくもって子供じみた怪談だが、興味を持ったGはそれを実践することにした。
ある夜、消灯時間も過ぎ、寝静まった病院の中、Gはこっそりと病室を抜け出した。
田舎で、規律も緩めだったその病院では、夜間の見回りはされていたものの、結構おざなりなものだったらしく、見回りが一度来てしまえば、あとは抜け出し放題だったらしい。
そうして、くだんのエレベーターに辿り着いたGは、時報を確認しつつ、0時ピッタリにエレベーターに乗り込んだ。
特に違和感も感じずにいたG。
次に噂で聞いた順番で各階を巡り始める。
深夜という事もあり、各階で乗り込んで来る者もいない。
背後から足首を掴まれたという事も無く、Gは最後に異次元に通じるという階のボタンを押した。
その瞬間。
一瞬、エレベーター内の照明が落ち、エレベーターが動き始める。
すぐに復旧した照明に「古い病院だしな」と片付けたG。
やがて、問題の階に到着し、エレベーターのドアも開いた。
が、当然の如く、乗り込んで来る者もなく、異変も感じない。
外を見回すが、いつものその階の風景が広がっている。
(やっぱ、ガセか)
と思い、元の階にも戻ろうとした時だった。
エレベーターから向かって正面の廊下(上から見ると丁字型だった)に、小さな光が見えた。
見回りが持っている懐中電灯か何かの光だろう。
光は小さく揺れながら、間もなくエレベーターの正面に辿り着こうとしている。
「見つかったら、どう言い訳しようか」と、思案していたG。
その時、遂に光が丁字型の廊下の角に到達した。
「…はあ?」
その時、光の正体を見たGは、思わずそう間抜けた声を出してしまったという。
懐中電灯かと思っていたその光の正体。
それは見たことも無い巨大なナメクジだった。
明かりに照らし出されたその身体は、子牛程もある。
体色も黄色がかった茶色で、てらてらと粘液で光っていた。
そのナメクジの目がライトのように光り、廊下を照らしていたのだ。
そして、その目はうようよと動いており、それが光の揺らぎになっていたのである。
予想を超えた非現実的な光景に、棒立ちになるG。
そんなGに気付いたのか、ナメクジは「ミャー」という子猫のような鳴き声を上げた。
そして、ナメクジとは思えないスピードで、Gに向かって突進してきた。
「!?」
その時、元いたフロアのボタンを押し、ドアの「閉」ボタンを押したのは、Gも無意識だったらしい。
そして、慌ててナメクジ目掛けて履いていた室内履きの靴を投げつけたという。
それはナメクジに当たらなかったが、それが到達する前にドアは閉まり、エレベーターは移動を開始した。
無事に元居たフロアに返ってきたG。
しばらくは、恐ろしくてエレベーターから降りることが出来なかったらしい。
この話を聞いた後、私は「夢でも見たんじゃないか」と、Gをからかった。
すると、彼は表情を変えずにこう言った。
「そうだったら、良かったなと思う…けどな、あの後、俺が投げた靴が、そのフロアに落ちていたんだってさ。ってことは、俺は間違いなくそこにいたんだよ」
異次元に行ったはずのGの靴が、何故そのフロアにあったのかは不明だ。
が、Gは頑なに「あそこは異次元だった。でなければ、あんな怪物がいるはずが無い」と言っていた。
その後、Gは無事に退院した。
いつものように明るく、皆を盛り上げるGだったが、夜のエレベーターは苦手になってしまったという。