箱入り娘も悪くない
愛されたい。
思わせぶりな態度をとった。顔を背けて照れる君を見ていると大変気分がよかった。
何気ない日常にわざとらしく君を取り入れた。君の好物を食べ、君と同じピアスをつけ、君の好きな曲を聞いた。全部君が見ている前で。
君の視線が集中する。僕へ。愛しい僕へ。好きで好きで仕方がない僕へ。
君が分かるように君の前でだけ見せる笑顔を作った。君のために。僕が愛されるために。
もっと。もっと。まだまだ。こんなものじゃないでしょ?
もっと求めて。溺れて。僕に。僕に。
その視線は、僕だけに。
その言葉は、僕だけに。
その恋心は、僕だけに。
できるだけ多く、長く愛されていたいから。
僕はいつか君を捨てるだろう。
質より量を選ぶのなら、箱入り娘でいるより売女でいる方がずっといい。
それでも君は僕だけを愛していて。
僕が余所見しても、君は僕だけを見ていて。
もっとずっと愛されたい。
愛されたかった、はずなのに。
「どうして」
胸から口から血を流して細く目を開ける君。
気がついたら抱きしめていた。ダメだと分かっているのに。
今ならまだ間に合う。今すぐコイツを跳ね除けて知らん振りして帰って眠ってしまえば、明日からまた新しいのを見つければいい。また思わせぶりな言葉をかけて、上目遣いに可愛らしく笑えば、みんな僕に夢中になる。死体は愛してくれないでしょ?
だから、今すぐ離れて。お願いだから。代わりなんて、たくさん。いるじゃないか。愛されたいだけなんでしょ?
それでも腕はきつく、君に絡みついて離れない。離してくれない。離したくない。
ボロボロと泣いていた。あんなに弄んでおいて。
「君が死ぬぐらいなら、僕のこと、嫌いになってくれればよかったのに。僕のこと、好きになんて、ならなければ」
無責任だ。お前のせいだろう。お前が仕向けたんでしょ?そうなるように。好きで好きで仕方がなくなるように。愛されたくて、仕方がなかったから。
それなのに、嫌いになればなんて。
「もう、愛さなくていいから。置いてかないで。僕を睨みつけて蹴り飛ばして罵ったって構わないから。どうか、僕を殺して幸せに生きてくれ。どうか」
起きてくれ。
冗談だと笑い飛ばしてくれ。
最低なヤツだと突き飛ばしてくれ。
僕を、僕を。
「いくら僕が好きだからって、代わりに刺されるなんて馬鹿げてる。狂ってる。誰だって自分が一番好きなはずなのに。僕の薄っぺらい言葉に一喜一憂して、馬鹿みたいだ。馬鹿。本当に君は馬鹿だ」
そんな君が、きっとどうしようもなく愛おしくなっていた。だからここから動けない。君だけを見つめて動けない。
僕の恋愛は水商売だった。対価を貰って奉仕する。君は僕を愛して求めているだけでよかった。
それなのに。
これじゃまるで、ホンモノの恋人じゃないか。
初めて僕だけが一方的に抱きしめた。
君が冷たくなっていく。呼吸が熱くなっていく。
「お願い」「目を覚まして」「ぶん殴ってくれよ」「お前なんか大嫌いだ、って」
嫌だ、嫌だ嫌だ。
僕を夢中にさせておいて、先に行くなんて。
悔しい。
弄ばれた気分だ。
もっと僕に夢中になるようにしてやる。
僕が君を愛するよりも、君が僕を愛するように。
もっともっと君の好みを勉強して。
スキンシップも増やそう。もっと触れ合おうよ。
だから。
「嫌だっ、死なないでくれ!!!!僕をおいて、死ぬなんて」
「僕のこと好きなんだろう!?引きずってでも連れてけよ!!僕のことはその程度かよ。一緒にいたいって思わないのかよ」
「僕のこと好きなら、殺してみろよ、ほら!!殺せ、殺してくれよ」
「本当に殺されてもいい、って思えるぐらいには、君のこと好きなんだぜ」
あ
体に異物が侵入する感触。痛い。ドクドクと溢れ出る。血が、涙が、感情が。
「僕の言葉に相槌も打たなかったくせに、人様の腹にナイフ差し込む力は残ってるのかよ」
もうピクリとも動かない君の左腕には、自分の腹から引き抜いたであろう刃物が握られていた。
嬉しかった。
君は僕を庇って死んでも尚、僕が好きだった。
僕をちゃんと愛していてくれていた。
単純で、純粋で、騙されやすくて
我儘で、強欲で、束縛が激しい
そんな君が、僕を夢中にさせたから。
僕をさらって、どこまでも連れて行ってくれ。
海へ、山へ、静かなホテル街へ、死の果てまでだって。
僕を縛り付けて、誰よりも愛してくれ。
どんどん頭が回らなくなってくる。視界がチカチカと緊急事態を訴える。息も吸えないまま、何も見えなくなっていく。
僕はこの感覚を知っているような気がする。
ベッドの上で僕の首を絞めようとした君の顔を思い出した。
ちらと君を見る。
君はもう既にここにいないようだった。
僕も行こう。
僕は売女だ。風俗嬢だ。
君が命という対価を払うなら、僕はこの声、体、温度、全てで君に奉仕しよう。
だから
「愛し合おう。もっと夢中にさせてみせるから」