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第38話 怠惰の魔王

 教団員達の持ち合わせた屈指のカードである筈のキメラを、跡形もなく消し去ったアブソリュート・デスティネーション。

 周りの同胞達が畏怖する中で、まだ微かに余裕が残っていたリーダー格の男はその技を目にして驚嘆していた。


「この技は、カオスデスティネーションの……貴様も会得していたのか」


「逆だ、俺が白夜に教えたんだ。拳技のデスティネーションは俺が直接教えた」


 隠し玉は一瞬にして屠られ、自分達の武器さえも己の武器に変えられてしまう。教団員達は絶望以外の感情を抱くことは出来なかった。


 萎縮する彼らを更に追い込もうと、零人はより一層笑顔を作る。


「どうした、次の攻撃はまだか?」


 教団員らが恐怖で硬直している隙を突き、今度は零人が先制を仕掛ける。

 左足を強く地面に叩きつけ、脚先から地へと霊力を流す。


「パゴダァ!」


 零人の足元から教団員達の元へまでひび割れは伸び、割れた地面から巨大な石の柱が創成される。


「総員、後退!」


 天へ伸びる歪な石塔は逃げ遅れた数人の術士の体を突き上げた。


 そしてそれは仏塔(パゴダ)と呼ばれるだけあり、ただの石柱ではない。

 パゴダの側面と突き上げられた者達の体に白い魔法陣が刻まれていく。


 それぞれの魔法陣とパゴダは共鳴し、純白の光を放ち輝いた。


 白光はパゴダ付近の者と魔法陣が付着した者を抱擁し、淡い残光と共に彼らの姿を消し去る。

 あまりに呆気なく、静かなる制圧に術士達は言葉を失った。


「パゴダは対象を殺害すること無く地獄へ転送する簡易式ゲート。そして周囲の霊力の収束と魔術補助を担う変換所だ」


「おのれ。どこまでも、どこまでも!」


「もし自首すんならそれ(さわ)れ。俺がやれる最大の慈悲だ。そうすれば地獄でも情状酌量される」



 零人の一言で、場が静まり返った。しかし、彼らの目からは降伏の意思が感じられない。

 むしろ何かが振り切れたかのように沈黙し、獅子のような鋭い目で零人を一点に見つめていた。


「行けえぇぇぇ!」



 絶叫を皮切りに、団員達は突如四足獣のように手をついて駆け出した。


 舌を垂らして振り回し、唾液を撒き散らして一心不乱に疾走する。暗いアジトの中で獣の赤い眼光が無数に散りばめられる。


「そうか、既にコイツらは傀儡として使役されてるのか」


 彼らの状態を知るや、蛮行に憤慨する訳でもなく、零人は彼らに哀れみの目を向けた。


「はぁ……ったりぃな」


 短いため息の音は獣達が吠える声で掻き消される。


 吐息の音が完全に止まると、青年の顔に再び悪魔の笑顔が憑依する。


 両腕を広げ、それぞれの手のひらから召喚の魔法陣を生成する。


「来い、番犬共。ケルベロス、グラシャラボラス」



 地獄の任を離れ、番犬と呼称される獣二体が怠惰の命の元、招集される。


 三頭一胴の番犬、ケルベロス。黒みがかった白い翼を携える狂犬、グラシャラボラス。


 二頭は無数に群がる獣を前に、獲物を狙う目を向けた。地獄の番犬と称されるに相応しい、狩犬としての顔をもって術士達の群れ眺める。



「飛べ」


 二体の猛犬はマスターの命に従い、その場から高速で飛び出した。


 ケルベロスは三つの口で一度に複数人の術士を宙に放り投げ、グラシャラボラスは汚れた翼で団員達を蹴散らしながらの低空飛行。


 しかし地獄の番犬たる二体に畏怖する者は一人としていなかった。

 彼らにはもはや恐怖する心さえも残っていなかった。


「ほとんどが術による洗脳か。こんなやり方でしか弔ってやれなくて、ごめんな」



 彼の謝罪の言葉は呻き声の濁流へと沈んでいってしまった。


 次の瞬間、石塔は目を眩ませる程の聖光を岩の隙間から押し出した。


 番犬達の攻撃による団員達の魂と霊力の最低限の分離、そして彼らがパゴダの効果範囲内に侵入した事で決着はつく。


 パゴダは魂の許容量を迎えると、地獄への門を閉ざして彼らと共に消滅する。

 この場に残ったのは能力者は二人だけとなった。


「さて、二人(タイマン)になった所で聞こうか。お前は誰だ?」


 男からの返答は返って来ない。しかしそれに構わず零人は続ける。


「距離があったとはいえ、このパゴダの光に耐えられる奴は並の能力者じゃねぇ」


「まぁ良かろう、死んだ同胞達の仇だ。貴様をArthurの裁きへ送る前に、名乗らせてもらおう」


 男は外套の胸元から薄青い結晶を取り出し、右手で握り締めながら己の名を名乗る。


「Arthur教団修道士、教団員統括者の一人、ケインベル・ハンクリット。Arthurを求め、Arthurのために邪を排す者」


「霊管理委員会7つの大罪『怠惰』の能力者、真神零人。世界最強の能力者だ、ヨロシク」


 自己紹介を交わし終えた零人はその男、ケインベルを別の名で呼んだ。


「初めまして、(やなぎ)熊五郎(くまごろう)


「……?」


 零人は何も言わないまま、手元に魔法陣を展開する。すると陣からプロジェクターのように青白い画面が映し出される。

 そこの画面には『柳熊五郎』という名前と共に、ケインベルの個人情報が記載されていた。


「柳熊五郎、42歳独身。元古流武術道場の師範代にして準A級相当のB級能力者。山篭りの修行をすると書き残した後、消息不明に」


「何の話をしている?」


「委員会が調査したお前の経歴だ。数年前までのな」


「とんだ戯言だな、我は俗世に生まれ育ってなどいない。Arthurの苗木の元で我は誕生した」


「テレパシーで見ても、嘘の反応はない……お前も、だいぶ記憶が改竄(かいざん)されてんだな」


 悲哀の目で碧の画面を眺める零人をケインベルは嘲笑う。


「我の名はケインベル。そのような虚実を突きつけようと、Arthurの導きを疑うものか。聖者を惑わす下賎な悪徒め」


「お前がどうしてそうなったのかは、地獄で調査させてもらう」


 零人の目にはケインベルの霊力の流れがハッキリと見えていた。


 心臓と重なる位置に存在する魂、そこから霊力は主に発生して体内を循環する。


 しかしArthur教団の能力者達はその回路が異常だった。魂には種のような赤黒い何かが根を張り、全身の霊力は淀んだ泥砂が流れるように巡る。


 彼らがこの力によって記憶を奪われ、人格を支配されている事は明らかなのだ。

 零人がどれほど哀れもうと、答えるのは目の前の虚像のみ。


「戯言はもう終いか?」


「あぁ、そうみてぇだなァ!」


 左足を引き、蒼眼を光らせた零人はその場で指鉄砲を形作った。


 構えると、ケインベルに向けた人差し指には複数の魔術が付与される。


 指を軸として魔法陣は回転し、パゴダにて蓄積させた霊力が零人の指先に集約される。


「『穿鉄』!」


 複数の魔術によって強化された霊力は音速を超える弾丸となる。

 血色に輝いた弾は心臓目掛けてケインベルの撃ち込まれた。


 しかし『穿鉄』はケインベルの目の前で突如消滅した。弾けて消えた霊力の隙間から男が奇妙に笑う顔が垣間見える。


「我の式神達に気が付いていなかったのか?」


「チィ……」


「この式神達がいる限り、我の敗北はない。貴様にもこの式神達がついていれば良かったな」


 引き笑いをして酔っているケインベルに鋭い目を向け続ける零人は、この僅かな時間の中でも彼の式神の考察と穴を探していた。


(式神が身代わりになったのか。破壊の感触はあった。しかも式神()ってことは複数体いるが、裏を返せば上限もあるって事だ)


 指をそれぞれでコキコキと鳴らし、闘争心を見せ威嚇しながら零人はケインベルを煽り、余裕を見せつける。


「お前、戦略が通じると露骨に喜ぶよな。顔に出やすいのは能力者に向いてねぇぜ?」



 挑発した直後、ケインベルの目の前に巨大な「狂」という文字が出現する。


 文字が浮かぶと同時に何かを予感した零人はすぐ様、身をよじって文字の延長線上から離れる。


「っ!」


 彼の勘は的中し、胴の横で不可視の何かが高速で通り過ぎた気配があった。

 不可視の式神が通り過ぎた「狂」の文字の延長線上では、突然霊力が抉られたように消失していた


「踊り果てて死ぬがいい」



 たて続けに「刑」の文字がケインベルの前で顕現する。


 異なる文字が現れたことに違和感を覚えた零人は、行動パターンを変え数歩ほどの距離を下がった。


 間一髪の所で離脱した零人が数秒前に立っていた場所には、またもや不可視の何かが襲来する。

 今度の攻撃は不可視の存在が上から落ちてきたような気配があった。



 まだ反撃せずにいる零人はケインベルの動きを観察して隙を伺いう。


(中距離攻撃をしてんのに、奴は移動してるな。つまり射程距離があんのか。文字に応じて攻撃手段も違ぇのはそういう事か)


 零人が推測を立てている合間にも攻撃は絶え間なく訪れる。次の文字は『閣』だった。


 今度の攻撃は先程の『狂』と同系統の攻撃で、延長線上にいる相手に当てるもののようだ。

 閣は狂とは対照的に、上へ突き上げるような攻撃だった。


「無駄に素早い小バエだッ」


 そう吐き捨てると、これまで中距離を保っていたケインベルは突然零人に接近した。


 ケインベルが迫るや、青年の眼前には横に1列、八つの文字が立ちはだかる。


 文字は『腐』。その文字からは前方へと押し出すような圧力が働いていた。


 しかし零人にその攻撃は当たらなかった。零人がいた場所、ケインベルの正面には腐の文字がなかったのだ。



 罠だとは理解した、しかしあえて彼はその策に乗る。虚空を割って斬霊刀を取り出し構える。


 漆黒の刀身を男の肉へ沈めようとしたその時、新たにケインベルの周囲に2種類の文字が現れた。


『勤』と『狠』の文字。


 勤は衝撃波を、狠は細かく固まった斬撃をほぼ全面へと繰り出した。


 斬霊刀で押し切ろうとしたものの、圧力によって零人は寸前の所で弾かれた。


「我が式神。否、我が教団の前では大罪を持ってしても無力なり」


 勤と狠に弾かれ、宙を舞っていた零人は思案する。


(狂、刑、閣、勤、狠……この式神には何か規則性がある筈だ。例えば攻撃方法と攻撃範囲)


 突破口を見出そうとブツブツと呟きながら、思考を巡らせた。

 その時、零人はそれぞれの漢字の意味についてある発見をした。


「狂、刑、閣、勤、狠……もしかして音読みか? きょう、けい、かく──ッ!」


 合点がいった瞬間、ケインベルが吠える。


「今だ、喰らえい!」


 再び零人に式神の攻撃が繰り出される。すると彼の目には想像していた通りの文字が鮮明に映った。



「『(しゃ)』──飛車ってことか」


 攻撃は十字を描くようにけたたましい炎を放った。


『赦』の攻撃を回避して着地した零人は式神の正体を暴く。



「お前の式神は、将棋の駒だな? 駒の動ける範囲と同じ箇所に攻撃を放つ。お前を王に見立てて、な」


「ほう、見抜いたか。だが不可視の式神を捉えられるかは別だ」


「ここまで分かったら後は単純だ。さっきの『()』みてぇに他の駒の有効範囲から外れた駒は破壊できる」


 自身の式神の能力を晒され、ケインベルの表情はまた歪みを見せる。


「見るからに、式神の射程範囲や多少のインターバルは必要みてぇだし、破壊されたり動かした駒の変更は不可能だ」


 式神の全てを語り終えた零人はケインベルの目の前から姿を消す。

 気がついた時には既に零人はケインベルの懐に侵入していた。


「王手放置すれば王は死ぬ。対象を捉えてる必要はあるみてぇだな」


「ぐぃっ……」


 正面からは零人の拳、背後からはポルターガイストによってケインベルは打撃で挟まれる。

 気絶寸前のダメージを肉体に叩き込まれ、白目を剥きかけながら片膝を地についた。


「ダメ元でやったが、盤外からの攻撃も有効か。ネタが割れると、案外使えねぇなそれ」



 拳撃の反動で零人は数メートルほど後退する。


 乱れた呼吸を整えようと潰れた腹を抑えながら、ケインベルは憎悪に満ちた目を向けた。


「くっ……かはっ! はぁ、はぁ」


「お前が被害者か、それとも愚か者かは地獄で調べる。だからこれ以上はもう抵抗しないでくれ」


 彼の願いは叶わず、ケインベルの意思は消えていなかった。


「我々は、私は、Arthurのため委員会を排する。術式所有者も、邪種族も、神を偽る愚者共も。全てはArthurのために、Arthurのためにィ!」


「ダメそうか。それなら仕方ねぇ、ロードで──」



 能力を発動しかけた刹那、空を切る音が鼓膜を震わせた。突然の出来事で零人の動きは止まる。

 零人とケインベルは顔を突き合わせ、互いに目を見開いた。



「──は?」


 零人は自身の首の中に、冷たい金属の管が筋繊維を断ち切って貫いている感触があった。

 血液が動脈から溢れ、鋭利な痛みが頭蓋を突き抜ける。


 だがそれよりも、零人にはケインベルの胸が破れていた事に驚きを隠せなかった。

 自分の首を刺した管が、彼の心臓に向かって伸びていたのだ。


 その管の正体がとてつもなく長い一本の槍だと気が付いた時、零人は更に当惑していた。



 肉がミチミチと音を立てながら、槍は零人の首とケインベルの胸から乱暴に引き抜かれる。

 冷たい床へ生温かい血と肉片がばら撒かれる。


「Arthurよ……」


 口と胸部から多量に血を吐き、Arthurの名を口にしてケインベルは絶命した。


 男は前のめりに倒れ、虚ろな目は自身の飛び散った肉を反射させている。魂は肉体から離れ、宙を漂う勾玉と化す。


 自分の肉体の修復も忘れ、零人は目の前で死んだケインベルの遺体を呆然と眺めた。


「やれやれ。こんなのが駒なんて、嫌ですねぇ。脆弱で、下劣で、無価値。同じArthur教団員とはいえ、やはり相容れない所はある」



 暗闇の中から零人の元へ、ゆっくりと何者かが足を運んで来る。


 黒の外套を纏った長身の男は、刃先が血で濡れた槍を抱えてニヤニヤと巫山戯た顔で零人の前に姿を現す。



「っ……」


 零人は嬉々として人を殺したことなどない。敵を前に狂気で己を染めるのは殺す覚悟を決めるため。

 彼が抱く理想は破壊や支配ではなく、世界最強として人を守ることにある。


 悪人であろうと、彼は能力者をこうして殺害する事を正義とは思っていない。


 それは世の平和と安寧の為に罪人を、汚れ役をしているに過ぎない。



 それ故に、殺害する者への死を可能な限り安らかにと彼は心に決めている。


 その優しさが、一貫した正義感があるからこそ零人は憤慨した。

 無造作に冷酷な殺人をやってのけた目の前の咎人を赦すことが出来なかった。

 

 胃の中身を吐き出すようにこみ上がってくる嫌悪と憤怒の感情が零人の中の怒りを呼び覚ます。


「てめぇのことは知らねぇが、俺が1番嫌いなタイプってのは間違いねぇなァ」


「ほう、さすがは『怠惰』。そこらの下等種かなり()()ようだ」

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