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第35話 魂の価値

 ンクーロン老師はネオンカラーの光を空気中に撒く精霊たちを自身の体の周りで漂わせながら優人に語りかける。



()()()()()と呼ばれる類の精霊、動物や守り神の精霊、神の奇跡そのものの抽象的な存在の精霊……ブードゥーの術はその全ての精霊に通ずる。精霊術とも呼ばれるこの秘技は自然に感謝の祈りを捧げ、恩恵を受けることこそが真髄じゃ」


 老師は説明を終えたとき、人差し指と親指をつまみ輪っかを作って両腕をひろげる。

 すると老師の体の周りから優しく強い光が漏れ始めた。


 光が増していくに連れて優人は白夜が凶星を発動した際のような身体内部にまで響く空気の揺れを感じた。寺院のあちらこちらから光が集約し、四方八方から精霊や動物の霊が集まってきた。


「まずはこれじゃ……精霊との対話のために自身の霊力を大気中の霊力と共鳴させるのじゃ」


「共鳴させるって、どんな感じですか?」


「波長を合わせる想像(イメージ)を持て。空気を水、霊力を塩と思い自然と一体化す……雑念を払いそのまま霊力を体に流して瞑想せよ」


「はい! 霊力を空気中と同じに……」


 優人は見よう見まね、あぐらをかいて目を瞑り深呼吸をする。

 温かい霊力の流れを体の隅々にまで行き届かせつつ頭の中を空にしてただひたすらに瞑想を試みる。


 そしてただただ老師に言われた通りに霊力の感覚を探り、空気に水のイメージを定着させる。

 自然と流れる波風のない海の状態──『凪』を連想しながら己の肉と血に流れる霊力を染み渡らせるように放出して水を体現する。


「…………」



「フッ──」


 老師は悟った表情をしながらその光景に心の中で頷き微笑んだ。

 もう既に優人の肉体の周囲では微弱ではあるが精霊の光を放ちつつあったのだ。


(この作業で軽く一日は費やすと思いきや、随分と天才的な感覚を持ち合わせておるのぉ……資質も実力も上等、心は一点の曇りもなき真珠の精神────であれば、その真珠を割って中を覗いて見るかのぉ)


 老師は目を見開きじっと優人を見つめると彼に新たな問いかけをする。



「おぬしは──委員会の能力者に倒された術士は何処に()()と思う?」


「──ふえ?」


 当然の質問に優人は僅かに霊力を流れを乱した。再び優人の霊力の流れが戻るまで沈黙した後に老師は優人に問うた。


「ぬしはおそらく、違反した能力者が倒される場面を見た事があるじゃろう」


「……はい」



「その倒された彼らはどこにいくと思う?」



 優人は俯き少し間を空けて考えるとハッとした表情をし、その導き出した答えを震えた声で答える。


「────地獄、ですか?」


 優人が怯えた様子で言葉を発したのを確認すると迷わずンクーロン老師は頭を縦に振って返答した。



「そうじゃ、ただの生者に裁けぬ悪事を働いた者は地獄へと導かれる。即ち──能力者達は人を殺しているのじゃ」



「っ……」


「その様子、その心の純潔さ……まだ人を殺めたことがないのじゃな? 良いか童よ──霊管理委員会で名をあげるということは、それ相応の責任と義務を負うということだ」


「それって──」


「少なからず人は殺さねばならん。かの大罪の能力者達も、それぞれ数は違えど殺人の経験は人のみならず他の種や存在ですら何度もしている筈じゃ……」


「そんっ、な……」



「お主は知っておったか? 罪人の行く末……そして死霊は精神か霊力が限界に達した時、輪廻転生の理によって人格が()()()ということを」



「消、え……?」


「この世界の魂の法則──それはどんなに傷を負おうと、どれだけ霊力に溢れていようと、どんなに善人だろうと、元から世界に存在する『輪廻転生』のシステムには逆らえない。つまりな────霊能力者にとって人の死とは、人格が消えた時じゃ」


「っ──」


「主は消えかけの人格、倒した悪霊について考えたことはあるか?」


 この時に優人はとてつもない恐怖と己の自覚の甘さへの後悔、そして自分が目指している物の意味を感じていた。



 今まで優人は悪霊や魔獣という化け物共を『ただ倒していた』という感覚を自然と持っていた。

 悪霊という理性を失った亡者と獣の姿をした怪物、どちらも知能などないために「討伐」という感覚が優人の中で大きくなり、いつしかそれを異常とは思わなくなっていた。


 それ故に優人には自覚が足りなかった──彼らは元々、自分となんら変わらぬ人間だったこと。自分は今まで『人の魂』と対峙して戦いに挑んでいたのだということを。


 霊と戦う、これがどれほど辛く重いことなのか。今の今まで除霊ができないという1点以外に霊能力の壁にまともにぶつかった事のなかった優人はンクーロン老師の一言で顔を真っ青にした。



「ぼ、僕は……人を──殺していたの? いや、苦しめてたの──?」


 優人は自分の両手を見た。霊力が巡っているその掌が、汚れきったもの、人の命を弄んだ罪人の手ではないかと感じ恐れた。


 人一倍に純粋な心の持ち主である優人はその現実を対面したことでとてつもない恐怖と焦燥に襲われる。

 沈黙している老師の前で涙を瞳に滲ませながら声を発する。



「覚えていられないほどに悪霊を、霊を地獄に送って来ました。殴ったり、斬ったり……僕は多くの人を傷付けた」


「……」


「なら僕は、僕は……霊能力者って言いながら人を苦しませただけの悪い人間。そんな僕には……最初から能力者になる資格なんて──」




「履き違えるな、若造ッ!!」


「っ!!」


 ンクーロン老師の怒鳴り声が寺院に響き渡った。

 先ほどの達観しているような表情ではなく厳格な雰囲気を纏い優人を叱咤した。


「人を殺すことは罪である、どんな人間でさえ刑は違えど最期に天国か来世へ旅立つ前にはその贖罪を受ける」


「……」


「じゃがな、理性を失った獣同然の悪霊共を討つは救済となり罪人を裁くことは正義を担ぐことである。業を背負うことで他の者のために、正義を貫くために敵を滅ぼすことは果たして悪か? 否!! 殺人の代償を自覚し生きていき、更に懺悔の為に敵を滅する。これが運命なのではないのか!?」


「…………」



「今この瞬間に真実を知ったのであれば、主は進むのか。それとも道を閉ざすのか……ここで決めよ」



 ──ンクーロンの放った言葉は優人の中に現れた罪悪感と恐怖の霧を一瞬にして打ち晴らした。

 霊能力者としての意味と自覚を知り、優人は己の原点に気がついた。


(うん、そうだよね……僕はもう決めたんだ。強い霊能力者になるって)



 優人は俯きながら優しく微笑むと涙を拭ってまっすぐに老師の目を見つめる。


 そして老師はまた穏やかな様子へと戻り、再び優人へと問いかけをする。


「では、今のことを踏まえてもうひとつだけ聞こう。お主は何故、霊能力者であり続けるのじゃ?」



 優人にはその答えがとうの昔に決まっていた。

 始めは単なる自己防衛のため、己の成長のために行っていた。しかし今は違う。


 あの時……零人が初めて、優人の目の前でその『怠惰』の力を使用した時。異世界からの魔王を打ち倒した時に決まっていた。



「僕は……零人君に憧れました! 悪霊や魔王を簡単に倒せるぐらい強くて、あんなに安心できるほどカッコ良い霊能力者になりたいと思いました。戦ってる時の零人君が────僕には無敵のヒーローに見えたから!!」



 優人はただ思うがまま、純粋で嘘偽りない本音を心が言う通りに口に出した。


 零人が圧倒的なまでの実力で敵を倒していったあの光景、決して折れることのなかったその背中、強大な敵を前に笑いながら前へと進んで行った彼の姿。

 共に戦っていればいるほど頼もしいと感じる存在であり、唯一無二の親友。


 そんな彼に近づくだけで優人は嬉しかった、共に戦っていただけで胸が踊った。


 いつからか、気がついた時には自然と零人の場所へたどり着こうと優人は走り出していた。



「零人君と同じには慣れなくても、零人君に並べるぐらい強い霊能力者になって……大切な友達や家族を守りたいんです! それが僕にできる零人君への恩返しだし、僕が戦える理由なんですッ!!」



「────そうか」


 優人の言葉を聞くと老師は目を瞑り口角を上げた。

 再来する沈黙は寺院の時間は小さな川のようにゆっくりと流れていった。


 そしてンクーロンは優人のその志を知るや否や、天晴と言わんばかりに彼の意志に感心していた。


(なるほどのう、当代の『怠惰』が認めた男じゃ。その信念に偽りはない……そしてこの純粋さ芯の真っ直ぐとした心は──いずれどんな巨悪であろうとも撃ち砕く力を持つであろう)


 老師は優人の体と空間の境界を見つめる。

 隙間から後光が差し込んでいるような眩い精霊の輝きはンクーロン老師の目に刺さってきた。


(命の価値、そして己を知ったことにより精神の進化──魂が成長したの、周囲の霊力と共鳴しておる。精霊達も認めとるようじゃな)


「よろしい、じゃがな……」



 ンクーロン老師は感覚を一層研ぎ澄ませ、優人を真っ直ぐに見た。

 優人の霊力の巡り、血の巡り、空気の巡り、熱、電波、あらゆるものを透き通らせるようにしてその霊力で優人の体の中心を凝視した。


 ンクーロンの目が捉えたのは精霊の光から伸びる霊力の線、優人に吸い寄せられている周りの霊気、そして優人から溢れ出ているその邪悪なる霊力の気配の『邪気』であった。


 優人の()()()()()漏れ出ている邪気には老師も内心、動揺しかけた。さらにンクーロンは優人の魂そのものを見つめる。


 球状の魂、硝子玉のように純度の高い宝石のような魂が優人の心の臓の位置と重なって確認できた。


 そして老師でもハッキリとは見ることができなかったが────明らかに魂の表面には複数の『異物』が混ざりあっていた。



 気配や雰囲気だけで言えば──どす黒く闇のような霧がかかった手のような影。そして虹と黄金が合わさったような光が煌めき絹のように被せられたもの。

 そして他は緑や黄金が入り交じったようなモヤ。


 それらはどれも長年霊能力者として活動しているンクーロン老師すらも初めてみるほど不可解で不思議な力であった。


 それらが複雑に絡み、互いに優人の魂に寄り添っている。漆黒は包むように、光は根を張るように、他の捉えきれないものはこびり付くように魂に絡んでいた。その様相はまるで寄生しているようであった。


(この少年は、なかなかに奇妙な運命の中に生きておるのぉ。そして運命そのものもあまりに複雑。ホッホ、これでは良いも悪しきも分からないわい)


 老師は約10分ほどの静寂を経てその場から立ち上がった。

 そして再び、呼び出した牛の頭蓋骨のような精霊を目の前に浮かばせた。


「お主、これに攻撃を当てて見せよ。なんでも良い、今の状態を保ちつつ攻撃してみい」


「──はい!」


 優人は立ち上がり、一気に空気を肺に取り込んだ。

 だが依然として霊力は空気中の霊力と共鳴させた状態を維持して動く。


 裸足の足を地面に固定し、集中力を研ぎ澄まして精霊を狙う。


 そして胸の中心から呪いの拳を射出する。

 いつもと変わらず漆黒の拳は高速で綺麗な放物線を描きながら頭蓋骨のど真ん中、眉間部分へ打撃を与えた。


 すると次の瞬間には、呪いの拳と精霊の間からは大量の火花が散っていた。

 ネオンのような光が細々とした塵となって空中に撒布されていく。呪いの拳はその拳の漆黒とは相反する光を激しく放出した。


 霊力を確認すると、それはもはや火花そのものすらも攻撃力を帯びて攻撃範囲を広げていた。



 拳はいつも以上の威力を出している、しかしそれだけではなかった。呪いから溢れるドス黒い力も周りに引っ張られるようにぶわっと広がった。


 何より攻撃を放った断面が大きく違っていた。

 呪いの状態変化をさせ『毒』の力にした時のように、攻撃した精霊の眉間からは呪いが浸透していった。水に濡れた紙のように呪いは継続しながら拡散されていく。


「これがブードゥー教の精霊の力じゃ。普通の精霊より扱いが難しく条件が厳しいが1度使えたらば最後、その者に聖なる力を授ける」


「すごい……凄い、やったぁ!!」


「ホッホッホ────それじゃあこれから、お主にブードゥー教の呪いの力についてを教えよう」


「はい! ……あれ、老師?」


 老師は体につけてある装飾品を取り外し、服の袖をまくってファイティングポーズを取った。


()るぞ。ワシに向かってこい、若造」


「──はい! 行かせていただきます」


 サラマンダー寺院の中で空気は熱を放ちながら、空気中の分子に至るまでがその2人の圧で震えていた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 その頃、一晴はアフリカの大地のど真ん中でミリー達を見ていた。

 すでに現場にはちょうどアフリカ担当の委員会職員が到着していたので一晴は彼らと会話しながら車から餌を出してミリーや他のキリン達に餌を与えていた。


 ミリーは一晴の手に持つ草全てをその長い舌でこそげとった。

 一晴はミリーの動物らしい癒しを感じていたもの、彼はどうしても気になってサラマンダー寺院の方を向いていた。


「優人さんなら無事ではあるだろうけど、大丈夫かな──」


 一晴が少々不安になるのも当然であった。

 何故ならばンクーロンの実力を彼は良く知っているからである。



「ンクーロン老師。霊管理委員会の職員でランクS。指定宗教術士ブードゥー教術士のマスターにして、宗教術士最強の人物……」

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