第32話 紫の暴走烈者
その晩、優人たちは別荘のバルコニーにてバーベキューをしていた。
メニューは高級和牛が山盛り、新鮮でみずみずしい野菜、白飯やセットで定番のスープ各種までという豪華な夜飯だった。
そしてこの中で1番料理の上手い優人が次々と肉を焼いていく。優人は絶妙な焼き加減で提供し、皆の食べるペースに合わせて焼いていった。
さらに5人分の肉を焼くためにわざわざ5対の呪いの拳を出して作業をこなす。
呪いの腕には細かい肉を焼かせ、優人自身の腕は漫画のような特大骨付き肉を慎重に焼いてる。
出来上がり次第皆の皿へ肉が運ばれて行った。
「おいひぃぃ!!」
「優人君の料理技術……さすがだなぁ」
香菜と菜乃花はしみじみと肉の味を堪能する一方、白夜と政樹は笑顔を浮かべたままガツガツ食べている思春期男子の胃袋を満たしていく。
そして横で座っているフレイバーグは嬉しそうに肉を食べている。
『ありがとうございます、わざわざこんなに……』
「良いんですよフレイバーグさん。これ、私の給料なんで」
「えぇ!? 香菜ちゃんの給料なの?」
「「う、なんかごめん」」
その一言を聞いて菜乃花と政樹は動きが止まった。
なんせ香菜は七つの大罪の暴食を司る能力者であるため、一定数の悪霊排除や討伐などを行うことでそれなりの報酬が支払われている。
香菜の場合は零人が上葉町に来る前から街の悪霊を狩りまくっていた時の貯蓄もあり、今では数年間余裕で生活が成り立つレベルの財力があるのだ。
政樹は食べている白夜に近づき、こっそり耳元で囁いた。
「なぁ、白夜君。零人から風の噂で聞いたが香菜ちゃんのいわゆるその『守護者』全盛期時代ってどんなんだったんだ?」
そして白夜は聞かれないようにテレパシーでの返答をした。
『印象的に、何だかふわふわしてましたよ。意識ここにあらず的な感じで、悪霊を倒す時は無表情で消していってましたから。……だから今のこの感じが一層幸せそうに見えるっスよ』
(へぇ……優人との惚気具合とか見てると想像できないな)
『今なんか、優人さんのことも知られ始めたので最近のあだ名も少し変わったんですよ。「優人に近づく悪霊絶対殺すマン」』
(怖いな……君も若いけど頑張れよ)
『ありがとうございます先輩』
その頃調理担当の優人の方はフレイバーグと話をしていた。特に優人は零人についてのことを中心に質問していた。
「零人君ってフレイバーグさんから見るとどんな感じ?」
『そうですね、零人様とはお会いしたことが少ないのでとても凄い方だということしか。先代の怠惰様からの評判がとても良いということぐらいですね』
「先代!? それって零人君の前の──」
「わ、私も少し気になります。その話……」
零人という言葉を耳にすると菜乃花もフレイバーグの方を向いて尋ねた。フレイバーグはニッコリと笑って2人の質問に答える。
『先代怠惰は地獄の統括者、ルシファー様ですよ』
「え、ルシファーさん!?」
(そう言えば……確かにルシファーさん、元々大罪の能力者って言ってたよね)
『はい。あの御方は怠惰時代に功績を上げ、最速で大罪を辞めて皇帝になった方ですよ』
「こ、皇帝?」
優人はその皇帝という言葉とルシファーのイメージが同一に考えられなかった。
あの金髪、親しみやすい雰囲気にあのとても良い人柄は優人の皇帝像のそれではなかった。
優人的に皇帝とは冷酷なものという間違った潜入があり、どう考えてもルシファーを皇帝と思えなかった。
『元々地獄の一つの勢力にアスタロト、ベルゼビュート、そしてルシファーの三者同盟があって、六柱や72柱と呼ばれる悪魔のリーダーでした』
「あ、知ってる。RPGゲームに出てきた!」
『そんな恐るべき悪魔達に対抗したのが先代怠惰様。あのルシファー様が元の大悪魔ルシファーを討ち取り、その体を手に入れたのですよ』
「ほ、他の悪魔とかは?」
『六柱は今や全員倒され肉体は消失し『能力』の状態とされ、72柱は委員会に服従の悪魔達に、アスタロトとベルゼビュートは現在空席となっています』
「凄い……ルシファーさんは漫画の主人公みたい!」
『はい、あの方の英雄譚はまさにその通りです。その中で、今の7つの大罪の能力者達とソロモンの悪魔たちの指揮を取っているルシファー様は敬称として「不屈の皇帝」と呼ばれています』
「カッコイイなぁ〜、今度聞いてみたい」
──それぞれが自由に会話をし、賑やかに食事をしているとあっという間に贅沢なバーベキューを食べ尽くしていた。
皆は満腹になって一息ついたら片付けを始め、ゆっくりしようと準備をしている時にそれは起きた。
とてつもない大きな地鳴りがジャングルの遺跡の方角から聞こえてきたのだ。
ジャングルからは無数の鳥たちが飛び立っていき、慌てているであろう森の動物達の鳴き声が木霊している。
優人は突然現れたそのあまりに強大で、だが何か既視感のあるような霊力反応に不審感を抱いた。
香菜も反射的に死神の大鎌を握りしめた。
転送術で送られたのか、その対象は突如としてとてつもなく巨大な霊力を帯びながら浜辺の上空に出現したのだ。
「この霊力は、かなり強いね」
「この霊力……もしかして!」
香菜が咄嗟に白夜の方へ振り返えった。
白夜の半袖からでた腕には紅色のタトゥーのような模様がびっしりと浮き上がっていた。
刺青など一切していない白夜の腕に刻まれたその紅い模様は皮膚下で龍のごとくうねっていた。
「えっ、シロ君!?」
(アレって……ま、前にシロ君が戦ったあとにできてたやつ──)
「やっぱり……」
白夜は己の腕の紋様を確認すると、彼の目は変わって獣の如く鋭い眼となった。
普段はあれほど温厚な白夜が目をすぼめ、歯軋りをして不快感を露わにしていた。
「アイツが……!!」
その直後、バルコニー前に広がる砂浜に巨大な魔獣が空から落ちてきた。
見た目は翼と角の生えたどデカいカエルの魔獣。その上、霊力から判断すると実体化もしている厄介な魔物。
優人は昨日倒したベヒモスよりもこの魔物の方が明らかに強いと悟り、速攻力のある自分がと先陣切って飛び出した。
「僕がや────え?」
優人が呪いの拳を射出しようと思考した瞬間、カエルはピクンと痙攣程度に動いたのを最後に気を失った。
目の前の現象に優人、菜乃花、政樹は驚く中で香菜は驚いた表情で手に持った『死神の大鎌』を地面に落とす。
そして白夜は睨むようにしながら手に『大魔の篭手』を装備した。
「おっ、お目当ての皆さんは揃ってるみてぇだなァ」
上空から現れたその巨大な霊力を放つ存在は神殿の方から飛んできて、まるで零人のような口調で話しゆっくりと魔獣の上に降り立った。
彼は空を凄まじい勢いで飛行してやってきたが着地は猫のようにスっと軽やかだった。
だがその着地に伴い、周囲には小さな竜巻が発生し、時計回りに吹いた風によって海の波はさらに押し出される。
────海から吹く涼しい潮風にその紫苑の髪をなびかせて、彼の付けているピアスが月光で光る。
真っ白な歯をむき出し、しゃがれた声で彼は笑いを零した。
「ククク……予想通り、面白れぇやつじゃねえかよォ。──この魔獣、神代神殿の魔獣にしちゃ悪かねぇ」
彼はとても低く作ったような声で話している。
その霊力と神殿のベヒモス以上の魔獣を軽々と屠る実力、そして纏っている強者の雰囲気。これらの情報で優人は確信した。
この少年もまた彼らと同じ人間──人類最強の7人、『7つの大罪の能力者』であることを。
「キィ……!」
「し、シロ君!?」
それは唐突に、白夜は能力を使ってその少年に飛びかかり手に『大魔の篭手』を装着したまま容赦なく拳を振るった。
そしてなんと強欲の大罪の能力である『凶星』も発動して振動を発生させ破壊力を強めた。
「ケッ、クソが!」
またその男も対抗するように何も無い空中から武器を取り出した。
それは彼の身体の半分を覆い隠せるほどまでの紅蓮の盾、そんな盾を右足で前に蹴り出し、迫る白夜の拳にぶつけた。
紅い盾と紅い篭手は火花を散らして衝突しあい、両者の力が拮抗して2人の動きが止まった。
そして2人は互いの武器に力を入れて睨みながら、子供の癇癪のように突然叫び喧嘩を始めた。
「なんか霊力が変と思ったらやっぱりてめぇか、瑛士ィ! 何の用だああ!?」
「んだと白夜ァ! 犬っコロが良い挨拶だなあ!!」
この光景に優人たちは困惑していた。
特に白夜に関しては戦闘にしても普段にしてもあれほどに威圧的でオラついた態度など一切取らない、性格においては普通の好青年だった。
その2人のやり取りを目の当たりにして全員が言葉を失っていた。
(ししし、シロ君が「てめぇ」って言ってたぁ!? しかも躊躇なく殴ってたぁ。はわわ、僕はどうしたら……)
子供同士の癇癪を諌めるように香菜は仲裁に入ろうと声をかける。
「ちょっ、2人とも止めなよ〜!」
場が騒然としていたその時、紫髪の少年の下敷きになっていたカエルは意識を取り戻して起き上がろうとしていた。
背に生えた翼をばたつかせていて、必死にもがいていた。
「おおっと……」
「めんっどくせぇなァ!」
2人は互いに一時いがみ合いを中断し、真上に飛んで2人とも魔獣を殴る動作を空中で繰り出した。
「『ライジング・ドライブ』ゥゥ!!」
「『グリムリーパーズ・レクイエム』ッ!!」
技名が叫ばれた刹那、魔獣の上半身は瞬間的に燃え盛った火炎に包まれて焼き焦がされ、一方の下半身は肉体の内部まで完全に氷結され細胞が壊死する。
一見、息のあったようなその攻撃でまた2人の喧嘩が再開された。
「「アア!?」」
「お前、余計なことすんなよ! 俺ので全部凍ったのにッ」
「んだとォ? お前が邪魔しなけりゃあの蛙はすぐ消し炭だったわ!」
だがまだ魔獣にはほんのわずかに息があった。しかしそれはもはや虫の息、蛙の息。
もう死ぬ間際に筋肉が反射行動をとっただけなのだが、タイミングが非常に悪く魔獣は2人の八つ当たり用サンドバッグにされた。
「「オラアァァァ!!」」
今度は2人とも己の拳を感情のまま魔物に直接叩き込んだ。
魔獣は2つの拳を顔面にぶつけられると体内の深くまでめり込まされた。
血や臓物など溢れるよりも先に大罪2人の能力によるエネルギーで体が破壊されていき、塵になるかのようにその大質量な肉体は消えていった。
そして魔獣は肉片すらも完全に破壊されて消滅した。
「ひ、ひぃぃ……」
「い、いっぱつで倒しちゃってる」
政樹と菜乃花は初めて目の当たりにした大罪の攻撃にビビって腰を抜かしていた。フレイバーグは衝撃的な光景を前にオロオロとしている。
そして優人は2人が繰り出した攻撃に思わず見とれていた。
だが魔獣を討伐しても尚2人は睨みあっていた。
「ほらほら、2人とも喧嘩よくないよ〜? 話もあるし一旦落ち着いてよ〜」
「「ッ!?」」
香菜は何かが切れたように満面の笑みを浮かべて2人を止めようとした。2人の行動で軽くキレているようで、優人でも見たことの無い怒気を放って香菜は無言の圧力を少年達にかける。
そしてその無言の圧力の正体は、香菜の背後で浮かんでいる『暴食』の悪魔のエイグである。
巨大な白鯨に睨まれ死神に笑いかけられていては、流石の2人も借りてきた猫。ビクッと肩を上げて2人は萎縮した。
「「す、すいません……」」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
とりあえずこの場の全員はバルコニーの椅子に座らせられた。というよりかは本能的な身の危険を案じて優人以外は自主的に座った。
そして依然、エイグはバルコニーの上でぷかぷかと浮いてけんせ牽制役を担った。
そんな緊張感のある中、少年は人が変わったように礼儀正しく挨拶をした。
「それじゃあ、えっと……五十嵐瑛士です。7つの大罪『傲慢』の能力者、宜しくお願いします」
年相応に少しぶっきらぼうな態度で瑛士は挨拶をした。その雰囲気はどこか、昔の零人のような感じであった。
「み、皆さんのことは師匠からお聞きしました」
「師匠?」
皆が疑問そうな顔をすると途端に目を輝かせて瑛士は胸を張って話し始めた。瑛士はとても嬉しそうな顔をして、思わず立ち上がっていた。
「師匠は7つの大罪最強の能力者、真神零人様! 俺に術を教えてくれた最初の御方っス!」
「「ッ!!」」
「そ、それじゃあ君は僕の……先輩だぁ!!」
優人から見ると瑛士はある意味、兄弟子のような関係だった。零人は優人にとって親友であり先生なのだから。
「何が師匠だ。たった1回教えて貰っただけなら俺も同じなのによ……」
「しーろー?」
「ごご、ごめんなさい香菜さんッ!」
瑛士の雰囲気や喋り方が似ているのは零人の影響かと優人は納得した。
話し方の所々に見受けられるがなりやクールを装った雰囲気は確かに零人の話し方であったが、やはり本家とは別人なので若干の雰囲気の違いはある。
菜乃花とフレイバーグは少しまだ戸惑っている。そして政樹は呆然としたまま心の中でまた叫んでいた。
(ヤバいやつが1人増えたあああ! 知り合いの中の4人が世界最強の7分の4って、少年漫画かあああ!!)
その中で香菜は平然として落ち着いた様子で質問を投げる。
「今日は何しに?」
「俺も任務につくことになったんですよ。とうとう本格化するらしいので──『7つの大罪』を全て上葉町に集め、悪霊達を全て1箇所に集めるプロジェクトが」
「「「何それ!!?」」」
「ようはザコ悪霊をあの町にある香菜さんの固有結界内に入れて、俺ら霊能力者がザコを倒すことで効率良く倒せるんですよ」
「なるほど、ついにアレが本格化するんだね。霊管理委員会は複数のことを同時にやるから訳わかんなくなっちゃう」
「……」
話しの壮大さに一周回って引いている菜乃花達の表情とは反対に優人はワクワクした様子で聞いていた。
「凄い……『7つの大罪』の能力者ってやっぱりカッコイイ!!」
委員会のビッグプロジェクトの話に胸を膨らませている優人の様子を瑛士は不思議そうに見ていた。
(それにしても、優崎優人……さん。師匠に買われてるその実力は俺の見たとこ、あの神殿内の雑魚じゃ測れなかった。──明日にでもその力をとくと拝見しよう)
するとフレイバーグはハッと何かを感じたかのように皆へ別れを告げた。
『それでは皆さん、突然申し訳ないのですが私は委員会に戻らなくてはならない時間になってしまいました』
「えぇっ、そんなぁ……」
「フレイバーグさんの契約だと、時間制限とかあるんですよね」
残念そうな顔をしている一方、彼らのその表情を見て満足したようにフレイバーグはニッコリと笑った。
『皆さん、今日はありがとうございました。本当に楽しい一時でした。また機会があればその時、一緒に遊びましょうね』
フレイバーグが席を立つと瑛士も立ち、フレイバーグと自分の足元に転送術を展開した。
「それじゃ俺も。今日の俺の任務はフレイバーグさんのお迎えだったので」
『そうなのですか、わざわざありがとう』
2人の足元の魔法陣は回転し、2人の体が淡い光に満ちていく。
フレイバーグは別れる前に少年少女の顔を目に焼き付け、手を笑顔で振る。
魔法陣が強い光を放った共に2人は消えた。
──5人はバルコニーで広がる星空を鑑賞しながら明日のことについて話した。
「ふう……明日起きたら私達は自分達の家に戻ってるはずだよ」
「そっかー。……楽しかったね、ここ」
「そうっスね」
「だな」
「また来ようよ、今度は零人君も来れる時に!」
夜風が吹き、青白い光で満ちた空を見ながらこの時も優人は彼について考え事をしていた。
(──君は今、何をしているのかな? きっと今もどこかで零人君は戦って活躍してるよね)
己の目指すものの原点、この旅行を通じて優人は再認識したように思えた。
楽しかった思い出は夏の夜空に流れた流れ星のようにあっという間で、儚く過ぎ去っていった。
アイランドサマー編、完。





