第31話 海の亡霊
「ふにゃ……ん? あ、朝だ」
高いキーの電子音が優人の耳に刺さって彼の目が覚めた。
優人が目を開けると包み込むような朝日と潮の匂いが窓から刺してきた。
寝起きで意識がはっきりとしていなかったが隣の部屋から皆の明るい話し声が聞こえていたため、グッと伸びをしてベッドからおきあがる。
「……みんなのとこに行かなきゃ」
優人はむにゃむにゃとしながら隣の部屋に入る。
その部屋は正面が全面窓ガラスのオーシャンビューで、すぐ目の前の海からの光が部屋全体を照らしていた。
時間はまだ6時、日差しがとても強く寝起きの優人は目をすぼめた。
「あ、優人おはよー」
「優人君、おはよう」
「おおーす」
「おはようございますっス」
朝食の準備をしていた皆が優人に気づいて挨拶をし、優人も笑顔で返事をした。
「おはよっ。わああ!美味しそう」
テーブルにはトーストや目玉焼き、トマトのサラダなどホテルのような朝食がならんでいる。
オレンジジュースもどうやら絞りたてのものらしく、テーブルの上に果汁絞り器が置いてある。
「今日はさ、せっかくのプライベートビーチだしみんなで海行こうよ」
「だねっ!」
そう、贅沢にもこの日1日は貸切のこのビーチを堪能できる。
だが優人はこの時のワクワク感を裏切るような恐怖を味わうとは予想していなかった──
「あ、そうだ優人さん。これを見てください」
白夜はテーブルに1つの小さい箱を取り出してその中身を優人に見せる。
「わぁ! すっごい綺麗な腕輪ー!」
そこに入っていたのは純白の輝きを放つビー玉程度の大きさの玉とそれらの周りに様々な色の宝石がついた腕輪だった。
「優人さんが昨日持ってきたオーブを委員会の職人に加工してもらったら凄い物になったんですよ! なんとあのオーブの中にこれがあったんです」
「え、オーブの中にこれがあったの!?」
「そうなんです。しかもこれは『ソロモンの腕輪』でした。かのソロモン王が作ったもう1つの秘宝なんです」
「そっ、そんなに凄いものだったんだぁ」
「どうぞ、付けてみて下さい」
優人は言われた通りにその腕輪を右腕にはめた。そしてなぜか直感的にだったが、優人はその腕輪に霊力を流した。
そして眩い閃光が腕輪の宝石から放たれ出した。
「えっ!? わわっ……」
優人の周囲の空間は蜃気楼のように歪み、黒い稲妻が腕輪から注がれる。
その黒い光は優人の手足を包み、背中と腰から人にあるはずのない漆黒の翼と尾を授けた。
「うわぁっ! えっなっ、何これカッコイイ〜!!」
手足の光が止むとそこには黒いダイヤモンドが優人の体を包んでいた。
「悪魔を絶対的に支配するソロモンの指輪とは別に、この腕輪は使用者を『悪魔化』させるんですよ。その体表の黒いダイヤモンドは再生、攻撃、飛行能力を与えるらしいっス」
「やったー! シロ君ありがとう〜」
優人はその腕輪に喜んで能力解除後もそれを装着していた。
──朝食も取り終えて準備が済むと、皆は早速水着に着替えてテラスから外へ飛び出した。
「わああい! 海だぁ」
「優人ー、気をつけなよー」
香菜と菜乃花は女子らしい水着を着ていた。
香菜はビキニタイプの水着、菜乃花はロングスカートのような水着を着こなしている。
一方、男子勢は言うことなし。
「いっちばんのりー!」
「それじゃ俺も行くっスー!!」
優人、白夜は海に飛び込んでいった。
優人は飛び込むと反射的に霊動術を、白夜は凶星の発動で海に飛び込んだ瞬間、2人の周りの水が吹き飛んだ。
ちなみに彼らが飛び込んだ際に高さ5m程まで飛んでしまっていたのが原因である。
2人の着水だけで大きな水柱が上がり、上から大量の水が降り注いだ。
「うわあ!?」
「ぷっ、あはははは」
「わっはーい!」
「よーし、ウチらも優人達に水かけよっ♪」
はっちゃけ2人組に続いて香菜達も後を追って海に入る。
香菜と菜乃花は女子らしくお互い水を掛け合い、白夜はボードなしで能力を使ったサーフィンをする。
政樹は泳いで辺りの散策、優人ははしゃいだままプカプカと浮いていた。
──だがそれは唐突にやってくる。
「あはは……っ!!」
海の上で人が立っていた。
優人たちの位置から10メートルも沖へ離れた場所で、当然足が着く所の深さではない。
「ひっ!?」
その者の顔は確認できなかったが、その者はとても不気味な雰囲気を纏っていた。
海の上でポツリと立つ様、とても長く濡れた白い髪に細い手足、その姿は優人のトラウマであるあの存在を呼び起こした。
優人の唯一できない霊能力、『除霊』でしか対処する事のできない存在であり、己の恐怖心を引き出してくる者。
「亡霊だ! 大変だ……かなちゃ──」
その時優人は先程まで近くで遊んでいたみんなを見失った。一瞬、彼らがどこへ消えたのか分からずに混乱したが状況はすぐに読めた。
彼らが消えたのではなく、優人が海の中に引きずり込まれたのだ。
あっという間に底の岩まで沈められた上に優人は金縛りで身動きが取れなくなった。
「ゴボゴボッ!」
(い、息ができない)
いきなり引きずり込まれたので、肺に酸素を溜められていなかった。
首元も手のようなもので締め付けられていたため、ただじたばたと足掻くしかない状況まで追い込められていた。
(うぐ……じゅ、呪錬拳!!)
咄嗟に3つの呪錬拳を出して辺りの岩を破壊した。
もちろん無駄に暴れたのではない。岩を砕くことで、上にいる香菜達にSOSを発信しているのだ。
霊能力の使用で霊力も解き放つことで彼らに自分の位置を教えるつもりだった。
(気づいて……香菜ちゃん)
優人は息が苦しくなっていき、ゆっくりと彼の意識が遠のき始めていた。
──その頃、海の上にて。
「ん……あれ、優人は?」
「そう言えば、いないね」
「……ちょっと俺、凶星で探しますね」
白夜が両手を海の中へ入れて凶星を発動する。
すると白夜の体を中心にして波紋が広がっていく。エコーロケーションの原理で優人の捜索をしていた。
──その白夜の波紋は優人も確認出来たが、合図を送ることは出来なかった。
息も出来ないような状況下ではテレパシーすらも制御できておらず、ひたすら祈るだけだった。
(マズいよ……もうそろそろ。わっ!?)
先程の亡霊が背後から近づいて来るのが分かった。金縛りで動けない優人の真後ろにその霊はやってきた。
その白い髪の毛がゆらゆらと海で広がっているのが見えた。
そしてその霊は突然優人の前に顔を近づけて、脳に女性の声で直接話しかけた。
『ごめんね、もうちょっとだけ待ってね!!』
そして霊は優人を胸を目掛けて殴った。亡霊は殴ったら優人の体を透けて胸の中に手を入れた。
すると優人の体は金縛りから解かれてその重さと寒気から解放された。解放されると優人は背後を振り向いた。
(一体どういう……はわっ!?)
振り向くとそこには別の亡霊がいたのだ。
骸骨姿でローブを羽織り、禍々しい装飾品を付けて肩にはジャガーのようの肉食獣の顔の皮を着た亡霊。
先程優人が海の上で見た白髪の者も霊であった。白髪の中にあるのは優しい顔をした女性だった。
『ルルルルル、ヴヴヴヴヴ、デデデデデ!!』
目の前にいる骸骨の姿の霊が優人に取り付いていた亡霊の正体だったのだ。
そして背後にいたこの霊は亡霊から優人を助けていた守護霊に近いような浮遊霊であった。
しかし同時に分かってしまった、この霊では目の前の亡霊には勝てない。なぜなら霊力の大きさは亡霊の方が圧倒的だからだ。
彼女が優人に憑依すれば攻撃できるだろうが、もう優人の息は限界だった。
『アガガガガ────』
それは一瞬の内、水中には青白い光の線が迅雷の速さで走り抜けた。
その迅雷は海の底まで空気を巻き込みながら飛来したと思えば、亡霊の体は首とその周辺の部位以外を完全に刻まれ粉微塵にされていた。
邪悪な霊力は溶け出して、代わりに怒りに満ちた霊力が辺りの海水を包んだ。
そして何よりも多量の空気が巻き込まれたのが幸いして優人は呼吸をすることができた。
大きく溜まった水泡の中で優人は空気をすする。
「──ぷはっ! ハァ、ハァ……」
斬られてほとんど消滅している亡霊の背後には、その目を真紅に光らせ『死神の大鎌』をかかえている香菜がいた。
そして香菜は怒りの表情を露わにし、その感情のままにエイグを解き放つ。
『プオォォォ』
香菜の意思で現れた白鯨は目の前に用意された亡霊に歓喜する。エイグの止まらない食欲は暴れだし、亡霊はその強靭な牙で噛み砕かれた。
そして少しばかり摘み食いをしたエイグに乗せられて優人は水面まで浮上した。
「──うぅっ、ゲホゲホ……」
「優人、大丈夫!? 怪我は? 苦しい?」
「おい、優人!」
「優人君!」
背中を摩り香菜は心配そうに優人の頭を膝に乗せた。
そして先程優人を助けた白髪の美しい女性の霊は優人が無事に救助されたのを見てほっとしていた。
「うん、その幽霊さんが助けてくれたから……最初は怖がっちゃって、ごめんなさい」
幽霊は鈴のような心地の良い声で優人に声を掛けた。
『いいえ、無事で良かったです。あの霊は神殿に住み着いていた亡霊のようでして、委員会でも注意対象の亡霊でしたし』
香菜の怒りも落ち着いて彼女がふと、我に帰った時に香菜はその女性の霊を見て驚愕した。
「ていうかあなた──もしかしてフレイバーグさん!? 委員会で噂の海の亡霊ハンターの!」
『そんなに凄いものではないですよ。元亡霊が当然の労働をしているだけですから』
「労働って、もう必要の期間は何年も前に終わっているのに……噂通りの凄い人です」
そしてぐったりとした優人だったが感謝の気持ちを表したいと思ったので、彼はフレイバーグに1つだけ頼み事をした。
「あの、フレイバーグさん。せっかく助けてもらったので、良かったら僕達と一緒に遊びませんか? お礼がしたいんです」
『えっ!? い、いいんですか? 私、皆さんとは歳もかなり離れてますし……』
「気にしませんよ!」
「私たちもですよ。フレイバーグさんが嫌でないなら、ご一緒したいです」
『そんな、うっ、嬉しい……です! それなら、お言葉に甘えて……』
「わーい!」
フレイバーグは若い彼らの温かい対応に慌てた様子でいたが、嬉しそうな声で了承した。
「とりあえず、優人は休憩ね。おろしたリンゴか何か食べさせてあげる」
「ありがとっ」
浜辺から少しだけ離れていたため香菜は指を鳴らして再びエイグを呼び出す
「エイグ、ちょっと連れて行って」
『プオォォ!』
エイグは彼らの足の下へと潜り込んで岸まで皆を運んで行った。
彼らがエイグに掴まって浜へ戻っていく最中、フレイバーグは安心しきって香菜の膝の上で寝ている優人をみて、少しだけ思うことがあった。
(この子、霊媒体質ではなさそうだけど何か奇妙なものを引きつける力を感じるわ。もしや精霊の────いや、ないわね)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
────海で遊んでいた彼らは聞こえもしなかったが、神殿ではとある事が起きていた。
神殿の最深部に紫の髪をした男が侵入していた。
彼は優人が手に入れたダンジョンの真のオーブが祀られていた祭壇やその空間の内部構造。
そして太陽の光が差し込んでいる『クリアの証』となっている開かれた天井をまじまじと眺めていた。
そして全てを一望して状況観察、把握を行うと彼はニヤッとした笑みを浮かべ、まだ漂っている優人の霊力を吟味していた。
「へぇ、想像以上じゃねぇか。だからあの人に……いいねぇ、ますます興味が沸くなぁ!」
彼は右の拳の指を滅茶苦茶に動かして骨が動く音を響かせる。
──異様なことに、ゴキゴキと鳴らしている彼の手は肉の形が液体のごとく変形し、ボコボコと歪に形を変化していたのだった。





