第27話 遺跡と海でのサバイバル
────優人らの目の前では巨獣が倒れており、舌を出して白目を剥いていた。
その魔獣の頭に生えている角に『彼』は優人達を見下ろすように立っている。
海から吹く涼しい潮風にその紫苑の髪をなびかせて、彼の付けているピアスが月光で光る。
真っ白な歯をむき出し、しゃがれた声で彼は笑いを零した。
「ククク、予想通り。面白れぇやつじゃねえかよォォ……」
優人は状況を把握できずにその場で固まっていた。
香菜はとても驚いた様子で握っていた『死神の大鎌』を手から落とし、白夜は『大魔の篭手』を装備してその少年を睨みながら拳を握っている。
菜乃花と政樹は一触即発な彼らを不安そうな目で見つめていた。
余裕とも見えるその少年の笑みは闇夜の中に潜んで不気味さと言い表し難い恐怖感を掻き立てた。
優人は経験と霊力、そしてその少年が纏っている雰囲気から直感的に理解した。
この男が────『彼らと同じ人間』であると言うことを。
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──それは数日前まで遡る。
「きゃっふぅ〜!!」
優人は喜びながらサンダルで浜辺を走った。
そして優人らの背後では大勢の人、ではなく幽霊達が立っていた。
潮の香りと波の音、青々と染まった快晴の空はいかにも「夏だ」という雰囲気を醸し出して少年少女達に今すぐにでも海の中に入りたくなるような気分にさせる。
「何あれ何あれー!? すごい、カッコイイ〜!!」
「えっ、ガチなんあれとか?」
海には難破した巨大な海賊船や木製のリフトのような装置がチラホラと海から飛び出ている。
反対に浜辺の奥には日本では見られないエキゾチックな植物が生い茂っているジャングルが広がっている。
──その熱帯雨林の中から腕が生えたように石造りの道が木々の上を通り海の上まで道を伸ばしている。
そして石の道の大元には巨大な動物の石像などが祀られている神殿の遺跡があった。
「うわああぁぉ! ここすっごいねぇ」
優人はこの景色を目をまん丸に広げて堪能する。冒険心をくすぐるようなオブジェクトに優人の胸は踊った。
そして優人達の周りの幽霊たちも驚きの声を上げていた。幽霊とは言っても見た目も中身も普通の人間と変わらないただの浮遊霊達である。
要するに彼らは普通に人生を全うして死を迎えた幽霊達である。
すると香菜は手持ちのメガホンでその幽霊たちにアナウンスし、開会の宣言をした。
『今年も開催します! 霊管理委員会主催、第12回お楽しみゴーストサマーフェスを開催致します!!』
「「イエェェーイ!!」」
その場の幽霊達は盛り上がり、優人達も便乗して叫んだ。
だが優人と菜乃花と政樹はただ付いてきただけでこの大会の趣旨を説明されておらず、ただ2泊3日の旅行という事しか知らないのだ。
ひとまず楽しそうなイベントの雰囲気に安心している3人に白夜から説明を入れる。
「突然すいません皆さん、これはもうすぐお盆で天国行く前に希望の幽霊さん達を楽しませるっていう夏の恒例のイベントなんス」
「面白そー! シロ君連れてきてくれてありがとう」
「いえいえ、皆さんに来て頂けて嬉しいです」
普段から悪霊狩りなどで突然のイベントには慣れている優人はすんなりと内容を把握したが、実質一般人の菜乃花達はまだ落ち着かない様子で辺りをキョロキョロとしていた。
2人は霊の視認や道具での軽い除霊程度の霊能力しかできないため、転送術などの超常現象には慣れておらずに少し緊張していたのだ。
「ちなみに、シロ君。ちなみにだけどここってどこなの? 私と飯塚君はあんまり転送(?)とかの経験がなくて……」
菜乃花が聞きたくなるのもそのはず、この場所は見慣れない海だったからだ。
日本では自生していない植物のジャングル、他に島や陸は地平線のみが広がっている海。
明らかに日本国内ではないことは確かであった。
「ここは太平洋にある委員会の所有する島です。遺跡とリフトはアトラクションとして作ったものですが、船は本物の海賊船なんスよー」
「えっそうなの!? わっ!」
オブジェクトだと思っていた海賊船を見ると船の上には海賊が乗っていた。
そして全員が幽霊、見た目は普通の人の姿だったり骸骨だったり、服装も一般的な海賊そのもので正真正銘本物の幽霊船のようだ。
だが海賊の霊の彼らは自分達の方へ手を振って歓迎しているようだった。
中には表情筋や皮のない霊もいて少し不気味なのだが、とにかく良い幽霊達のようだ。
「皆さんこんにちはー!」
「今日は楽しんでってね〜!」
「生前は本物の海賊だった者です、今日はよろしくぅ!!」
海賊達のテーマパークのキャスト感溢れる対応には胸が温まった。浜辺に集められている霊たちも彼らのパフォーマンスに大喜びのようだ。
菜乃花は笑顔で手を振り返したが政樹は小声で疑問を呟いた。
「なんであの骸骨とかゾンビっぽい見た目の人もいるんだ? 俺の知る限りだと普通の人間の姿になれるはずなのに……」
「あれは彼らなりの配慮っス」
「本当に元海賊かよ……ん?」
喋っていた菜乃花と政樹の体が浮かび上がってゆっくり空中を移動し始めた。
「な、何?」
「なんか、くすぐったいな」
白夜の持つ能力である『凶星』の振動で2人は誘導されて、幽霊達の前に置かれている椅子に座らされる。
そして椅子の前にはこれまた大きなテーブルが置かれていた。
「ッ! こ、今度は何?」
2人が着席すると同時にゴゴゴゴと音を立てて石の道が動き始めた。
平坦な坂になっていた道は所々で崩れたり道に凹凸ができたり障害物が生成されたりなど、横スクロールアクションゲームのような道へとその姿を変えていった。
そして石の道が完全に変態すると、船に乗っていた海賊達は石の道へ渡って散らばっていく。
その様子を確認した香菜は指を鳴らした。すると浜の砂からステージとテーブル付きの観客席が迫り出されて霊達はその席へと座る。
全員が席につくと白夜が『凶星』の能力の応用の空気振動メガホンでカンペの説明の続きを話す。
『えっと……それではご説明します。皆様には1度、こちらにいる菜乃花さんと政樹さんに憑依してもらい食事をしていただきます。順番はこちらからアナウンスしますね』
流石は天国行きになった幽霊達といった所、中学2年生が頑張って説明をしている様を幽霊達はうんうんと笑顔で聞いていた。
一方、憑依されると聞いた菜乃花と政樹もその内容をすんなりと受け入れていた。
「ちょっとビックリしちゃったけど、香菜ちゃん達の事だから大丈夫だろうし……私たちも美味しいもの食べれるって考えたら嬉しいかな」
「……俺はノーコメントで」
『料理するのは、この男!!』
ステージに赤い文字で記された魔法陣が光り、立体的な紋章が浮かび上がる。
赤い光に包まれながら見せる長身と本格的な料理人のエプロンのシルエット。転送術が完了し赤い目隠しの光が収まった時、その男がステージに立っていた。
その青年は舞台上にも関わらず軽いノリで挨拶をした。
「どうもですっ」
現れたその青年は成宮真一。またの名を──『剣聖』と前世で呼ばれた男である。
「真一君!」
「あ、優人さん。皆さんも今日はよろしくです」
真一は言うと挨拶がてらに手に持っていた人参を宙へ数回ほど軽く投げた。
「ほいっ!!」
そして真一は今まで手元で弄っていた人参を自身の頭より高い位置まで投げた。
人参が落下する間、それを真一の目は人参の姿を逃さない。
包丁を雷の如き速度で振り回して正確に人参の皮を剥いていく。
その時間は1秒にも満たない時間であったが驚くことに、剥いた皮は繊細な包丁捌きの恩恵でバラバラにならず1つに繋がっていた。
そして人参本体と皮を別々にキャッチして観客の幽霊たちに見せる。
今のパフォーマンスを目の当たりにして会場が沸き立った。
「あははー、真一君スゴいなー。私は普通すらできないなー、はははー」
「香菜ちゃん、戻ってきてー!」
椅子から離れた菜乃花が香菜の体を揺さぶって正気を取り戻させる。自分との根本的な料理スキルの違いを見せつけられて放心状態になりながらも、残るMPで企画内容の説明を再開した。
「え、ええ〜と皆様が食事をなさっている間、優人にはこちらのアトラクション『ロードオブリメインズ』をクリアしてもらいます」
「そうなの? 分かった、じゃあ頑張るね!」
香菜は優人にのみテレパスを送ってロードオブリメインズの補足をする。
『あの石の道から遺跡に向かって、中のオーブを持ってきてね』
「うん!」
「会場のモニターからは優人の映像をお届けします」
「どういう趣旨なんだ?」
政樹は首を傾げて呟くように彼女に質問した。
「優人の訓練という意味もあるんだよ。対戦相手もいるからねー」
「それは誰?」
「──それは俺の双子の弟、透真だよ」
四つ星レストランのコックのような格好をし、ドヤ顔をした真一が対戦相手の名を告げた。
そして香菜が指から魔術で花火を打ち上げ、開幕の合図を告げる。
「さぁ、今年も始まるこのゲーム。勝つのは透真君か優人か! それでは、よぉ〜い……スタート!!」
「いゃっほうぅぅ!!」
優人はその合図で砂浜を走り出し形成された石の道を疾走していった。
会場の幽霊達はそれぞれが談笑しつつ、優人の動向や出てくる料理に胸を膨らませている。
香菜と白夜は軽いストレッチで体をほぐし、真一は包丁も含め調理器具を洗って準備を始める。
『────えひゃひゃひひゃ』
そして遺跡の方向からは微かに透真の笑い声が反響して聞こえてきた。
蒼く輝く海に冒険心をそそられる遺跡、ビーチで楽しむ幽霊達の大宴会。
──いまここに、夏らしい感じのイベントが始まる!





