第25話 迷子は猫の皮をかぶったヤバい奴だった件
「むむむぅ。来年の試験、術式、ブードゥー教……色んなことがあって大変だぁ」
優人は目を瞑りながら怪訝な表情で首を傾げていた。ココ最近の情報整理をしているようであったが、彼にとっては情報過多だったようでどれからどのように情報を処理すべきかについて頭を抱えていた。
「ねえ優人、何してんの?」
優人が目を開けると目の前には逆さになった香菜の姿があった。
「ふぇ? あ、香菜ちゃん! ちょっと考え事してたの」
「だからって──こんな場所ですることないじゃん!!」
と香菜が言うのも、優人がいた場所というのは上葉町のオフィス街のビルの屋上であったからだ。
しかも優人は屋上の鉄柵に足を引っ掛けながらしばらくの間考え事をしていたのだ。
「考え事してたら落ち着かなくて。それに霊能力とか鍛えなきゃって思って」
香菜は再び優人の足を見ると、確かに優人は柵と自身の足を呪いで生成した鎖で固定していた。
「鍛え方が謎な上に極端! そんな昔の体育会系みたいな」
香菜は呆れたようなツッコミを入れると、少し空を見ながら考えた。すると何かを閃いたような明るい顔で優人に1つ提案をした。
「それじゃ、1回気分転換にデートにでも行かない? 意外とこういう時って別のことやった後の方が頭スッキリできるし♪」
「デート!? いこいこ!」
「とりあえず……柵にぶら下がるの止めよっか」
当然ではあるが、この2人の場所いる場所は高層ビルの屋上。そして優人にツッコミを入れている香菜自身も柵の外で浮遊している。
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ビルから瞬間移動の術を使用し、優人と香菜は近くのショッピングモールへと足を運んだ。休日のモールは人が多く、ごった返していた。
「香菜ちゃんとのお出かけはいつも楽しい!」
「せっかくここに来たから、いつものとこ行っちゃお〜!」
「やったぁ!」
優人は早速気分が上々で、香菜と手を繋がながら小さくスキップするように歩く。香菜も揃ってスキップしようとしていたが、一瞬だけ彼女の動きが止まった。
「──ん?」
それはほんの僅かな違和感。霊力を感じ取った訳ではなかったが、言い表せない不気味な感覚が背後からしたのである。
香菜は反射的に後ろを振り向いたが、特に何か変わったものもなく一般人の客達がいただけであった。
「香菜ちゃんどうしたの?」
「あっ、ううん。なんでもない……よ」
香菜は優人と手を繋いでいない左手に魔法陣を展開し、自分達に結界術をかけた。
(何も無いとは思うけど念のため……霊能力者の勘は当たりやすいけど、当たらないでよね)
その一瞬のみ香菜は不審感を抱いたが、あまり気には留めず2人は文房具屋へと立ち寄った。
そして目に入ったスクイーズに2人は釘付けとなった。本物のパンのような見た目と触り心地の良いフワフワのスクイーズに優人達はテンションが上がった。
「ふわふわしててずっと触っていられる〜」
「あっ、こっちのは匂いもあるよ! これ欲しいな〜」
2人はメロンパンとピザトーストのスクイーズが気に入り、それらを購入することにした。
優人は香菜の分のスクイーズも持って会計を済ませようとする。
「二点で1036円になります」
「あ、カードでお願いします」
「ありがとうございま──ハウッ!?」
優人が何気なく財布から取り出したカードに店員は思わず声が詰まるほど驚嘆した。
長財布の中から現れたカードは白銀色に輝いているクレジットカードであったのだ。
「お、お客様。そのカードはもしや──」
「あ、プラチナカードです!」
「は、はっ、初めて現物見ました……」
店員は震えながら優人からプラチナカードを受け取り、まじまじと見ながらレジで操作する。
「え、ちょちょっ、待って待って優人。プラチナカードって何!?」
「何かあった時、ブラックカードだと心配だからってパパがくれたの」
「ブラックカードで、心配!? おじさんの金銭感覚どうなっちゃったの……」
日常においては一般的で慎ましい生活をしている優崎家ではあるが、このように時折とち狂った金銭の運用をすることがあり、幼なじみの香菜でさえも未だに驚かされることが多々ある。
(こういう時に優人の家がお金持ちってこと思い出させられるから、なんか怖いんだよね……)
「──っ! また……」
忘れかけていたその時、再び香菜は背後から異様な視線を感じ取った。霊力というよりそれは気配、何者かが自分達を見ているという感覚であると彼女は確信した。
「……エイグ」
香菜がその名を小さく呼ぶと、彼女の背後に巨大な目が現れる。それは暴食の悪魔エイグの右目であった。
エイグの目が虚空で一気に開くと、ギョロギョロと眼球を動かしながら目本体は浮遊しながら人混みの中へと紛れていった。
(何かあればエイグが知らせてくれるし、感覚を共有させて私も探索しよう)
「どうしたの、香菜ちゃん?」
「え? あ、ごめんごめん。ちょっとお腹空いちゃって」
「あっ、それじゃあいつものお店に行こ♪」
「いいじゃん。今日も食べまくろ〜!」
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2人が移動した先はモール内のフードコートの一角。優人と香菜は小さな声で悶えながらテーブルに置かれたステーキを頬張っていた。
「うぅんっ! おにく美味しいっ」
「いつ来てもここのステーキ良いよねぇ……」
2人共笑顔を絶やさず肉を口に運ぶ一方で、通りすがる人々は彼らを振り向いては目を見開いて驚愕していた。
なぜなら2人が食べているステーキはこのフードコートでも名物の所謂大食いチャレンジメニュー。当然ながらその肉の大きさは一般的なステーキの大きさを優に超える。
元々大食いな優人と『暴食』の能力の恩恵を受ける香菜にはこれ程の肉を食べた所で胃もたれ所か食べ過ぎによる不快感すらも感じない。
「おいおいマジか……」
「あんな子供達があれを食い切るのか」
フードコートで通りかかる人々は皆、声を漏らしながら好奇の目で2人を見ていた。だが興味が惹かれる一方で、大食いをしているカップルに話しかけられる通行人はいなかった。
だがたった1人だけ、2人のテーブルに近づいた男がいた。男は油の付いたエプロンを掛けたまま優人達に話しかける。
「よう2人とも、久しぶりだな。今日も良い食いっぷりじゃねぇの、ガハハハ!」
豪快な笑い方と気さくで距離感の近い中年の男性がフードコートの厨房からやって来ると、優人と香菜は肉を頬張りながら揃って無邪気な笑顔を見せる。
「あ、おじさん! お久しぶりです〜」
「おじさん、いつもありがとうございます。今日もステーキ美味しいです」
この男性はこのフードコートの一角でステーキ屋を営んでいる料理人であり、優人達が物心つく前から優崎家と交流が深い男性なのだ。
仁が町内会や祭りのイベントを開く度に参戦して手伝うなど人当たりも良く、優人と香菜もこの男性には親戚の子供のように昔から可愛がられている。
「何、良いってことよ。元はと言えば半分は2人の為に作ったメニューなんだから。それに優人君の親父さんにはいつも世話になってるしな」
「いえいえ、パパの方もイベントの度におじさんが手伝ってくれるから助かってるって言ってました」
「そうか、そう言われちゃあまた今度も良い肉仕入れて持っていかないとな。何時でも助太刀に行くぜぇっ!」
「おじさん張り切ってる〜!」
先程まで山のようにテーブルにあった肉も2人は食べ切り、和やかな雰囲気で会話をしている最中、香菜は1人だけ突如出現した不自然な人の気配を感じ取った。
明らかに自分の行動範囲内に突然現れた、そう本能的に彼女は判断した。食事中で緩んでいた警戒心が再び張りつめられる。
(今度はいきなり気配が……でもさっきの人の気配とは霊力も何もかもちが──)
「──うん?」
「お、お姉ちゃん……」
「いえぇっ!? いつの間に!」
気がついた時には香菜の席の横に小学校低学年ほどの幼い男児が立っていた。不意打ちの出現と現れた人物が幼子であったことに香菜はたじろいだ。
香菜の反応に気がつくと遅れて優人と店長も彼の存在を認知した。
「えっと……ぼく、どうしたの?」
急な出来事で慌てながらも優人はその子供に優しく尋ねた。男児は上目遣いで少し寂しそうな表情を見せて香菜に懇願した。
「あの、お母さんとはぐれっちゃって、迷子センターまで連れて行って欲しいんです」
「そういうことね。君しっかりしててエラいね〜♪ それじゃお姉ちゃん達が連れて行ってあげよう」
「あっ、ありがとうございます」
一連の流れを目撃していた店長は彼らを気遣い、皿を片しながら2人に改めて頼み込む。
「そんじゃあ悪いが、この子を迷子センターまで頼んだぜ2人とも。センターは1階にあるからな」
「「は〜い!」」
画して2人はこの迷子をセンターまで届けることとなった。この男児が扱い易く、センターまでの道も単純だったため不安はなかった。
2人はこの男児を挟んで3人手を繋ぎ歩いていたのだ。それもまるで本当の家族かのように。
(これ……もはや夫婦じゃない? この状況、傍から見てもそうじゃない!?)
香菜は1人で妄想を暴走させていた。今にもニヤけて表情が崩れそうになるのを必死に堪えながら小刻みに震える。
だがそんな彼女の妄想を遮るように優人は2人から離れる。
「ご、ごめんね香菜ちゃん。僕少しお手洗い行ってくるからちょっとだけ待ってて!」
「分かったよ〜。慌てなくていいからね」
トイレに優人は向い、香菜と男児はトイレの近くにあったベンチに腰掛けて彼を待つ。優人の離脱によって今までの空気が途切れ、妙な沈黙が両者の間に流れる。
「あァ、あの……」
「ん、どうしたの? っていうか私、君の名前を聞いてなかったね。お名前は?」
「いや、そうじゃなくてお──」
男児が何かを言いかけた時、香菜の聴力が消失した。
水に何かが落ちたかのように彼女の霊力の波長が乱れる。腹、胸、頭のそれぞれの霊力の流れ方の法則性が一時的に狂う。霊力の流れの異常に伴って視覚までもが歪曲し、一瞬のうちに不安感と激しい緊張感に襲われた。
香菜は優人や隣の男児の心配が出来る程の冷静さを失いかけるが、不可思議な不安の渦の中で正気を保とうと必死に抗っていた。
「さぁ、見つけたよ」
耳元を撫でるような何気無い一言が聞こえた途端、彼女はこの上ない不快感と気持ち悪さを覚えた。成人男性の艶めかしい声が吐息のように彼女の鼓膜をくすぐりながら、小さな嘲い声を鳴らしている。
足音だけは必要以上に鳴り響き、香菜は警戒体勢を取ろうにも相手の位置の特定すらままならなかった。それどころか霊力の制御も未だ復活せず、焦燥に駆られていた。
「君さぁ、僕のこと気が付いてたでしょ? 凄いねぇ、霊力が多い人は違うなぁ。もしかして君、強かったりする?」
(やられた。一般人の多い場所で、しかも対能力者戦闘……1番苦手なタイプだ。しかも何かわかんないけど、この術も正直かなり手強い。けど──)
香菜は顔を全方位に振って何処にいるかも分からない相手を睨みつける。何より、隣にいるであろう男児への心配が先に立った。
その素振りを理解したのか、若い男は陶酔しているような喋り口調で香菜に丁寧に状況を話した。
「あぁいいの気にしないで気にしないで、君を肉体ごと結界に隔離してるだけだからあの小さい方の子には手を出さないし出せない。君とあの金髪の男の子から霊力貰ったら逃げるだけだからさっ」
(もしかして、まだ私が暴食の能力者っていうことは気が付いてない?)
「お前、まさかArthurの……」
「あーさー? あっ、あの連中のことか。僕はあのカルト教団の回し者でもなんでもないさ。ただ通りすがった強盗、とでも思っててくれ」
Arthur教団員ではない事が幸いだったが、状況はさほど変わらなかった。大罪の能力者を罠にはめて半無力化させる程の術の実力と狡猾さ、戦況運びの上手さ。
実際の所、香菜は追い詰められていた。手元に残された切り札は最悪のカードしか残されていない状況であった。
「一か八か、霊力で周りを吹き飛ばせば──」
香菜が賭けに出るか安全策として反撃を狙うのかを考えていた僅かな隙が相手に好機を与えてしまった。
「やること全ては、自分のためぇ……」
どの方角からか察知は出来なかったが、明らかに何かしらの霊力が変換され、魔術が発動される感覚がはっきりと伝わってきた。
香菜は方位位置関係なく、自分の周りを覆い尽くすような霊力の反応に死を覚悟した。
生物は何者でも死の瞬間は硬直する。だがその間、香菜は恐怖心より優人の危機に対する焦燥が脳裏を過ぎっていた。
戦いもせず無力なまま殺される未来を想像し、香菜は唇の裏を衝動的に噛んで血を滲ませた。死はとうに受け入れたが、走馬灯が流れる余裕もないほど優人への心配が先走った。
不可視の空間の中で、1つの声が彼女の耳に鮮明に届く。
「──棺厳腐葬『黒百合』」
直後にグラスでも落ちて割れたような破裂音が響き、香菜の視界の闇を破った。目の前が開けたかと思うと、香菜の前には海が広がっていた。
青い空と海の上に香菜は浮かんでいるように座っていた。
香菜は何も理解出来ないまま、正面に佇んでいた若い男を見つめた。この男が自分を襲ってきた能力者だということは火を見るより明らかだったが、彼女は当惑した。
なぜなら自身よりも向き合っている男の方が混乱の表情を浮かべていたからだ。
男の目線が自分に向いていないことに気が付くと、香菜は目線を辿り僅かに下を向いた。
辿った先には隣で座っていた迷子の男児が香菜に背を向けて男と対面していた。そしてその掌の中には黒い光の魔法陣が浮き上がっている。
「やっぱ貫厳腐槍は対魔獣より結界や魔術の回路破壊と相性が良いな。調整入れて強化すっか」
男児は吐くように幼さの消えた青年のような低い声を発する。男児の声を聞いた途端、香菜と男は期せずして動きがシンクロした。
男児は2人の反応を気にする素振りすら見せず、首を回しながらため息と共に文句を垂れる。
「てめぇ探すのに予想より時間掛けちまったじゃねぇか。そして来てみりゃ狡いことしかしてねぇ。興醒め所の騒ぎじゃねぇよ」
男が未だ理解も状況の把握もつかずに固まっている間、この異空間の海から黒い水が這い上がり男児の体を包んでいった。
黒い水は蛇のように覆った男児の体の上で蠢き、乱れながら徐々に引いていく。色が灰色に薄まりかけると唐突に黒い水は弾け飛んで散っていく。
そして中にいた男児の姿は消え、1人の青年が漆黒の中から姿を現す。青年は首を回し切ると瞑っていた目を開き、透き通る青い瞳で男を睨んだ。
「誘き出すために試行錯誤した上に、外見も霊力も偽装する羽目になったわ。面倒くさいことさせやがって」
予期せぬ出来事が連続して発生し、その一部始終を目の当たりにした2人は大混乱に陥っていた。
特に香菜に関しては、先程までのあどけなかった子供から突然可愛らしさとは対極にいるような知り合いの怪物能力者へと変貌したのだ。あまりに仰天し、先とは別の意味でその身体は動かなかった。
「れっ、零人君! えっ、嘘……あれっ、ええぇぇ!?」
「一応バレねぇ為とはいえ、黙ってて悪かったな。お姉ちゃん」
零人のニヤニヤとした笑顔に香菜は恥ずかしさが抑えられず赤面した。
安堵を覚えた香菜と一方で、能力者の男はもう既に本能的に屈服していた。零人がどれ程の能力者なのかを数字や位の上での評価は知らなかったが、男は自身の持つ生存本能で感じていた。
勝てる所か抵抗すらもままならないことも、この男の前では自分の持つ能力や魔術の全てが無意味ということも、悟ってしまった。
何より、零人から放たれている霊力から伝わる刺激が尋常ではなかった。殺されるという確信は男の足を動かしたが、腰が抜けてまともに逃げられなかった。
「ヒッ……」
何よりここは零人の生み出した結界の内部。逃げられるはずも無いのだが、正常な判断が彼には付かなかった。
「いやぃ、いっ、嫌だ嫌だ嫌だ! いやだ逃がして、にがして!!」
最後に彼は這いずりながら零人に向かって断末魔を上げた。だが彼の希望は虚しく打ち砕かれ、徐々に崩れ始めた海の中から鎖が飛び出し男を拘束する。
結界は消え、背景が先程まで香菜達がいたモールの風景へと変わっていく。
「俺の仲間に手ぇ出そうとしたんだ。地獄で償ってきな」
鎖は男に巻き付くと結界の海の中へと沈んでいく。男は身をよじって離脱を試みていたが、その努力は報われずに結界と共に沈み消えていった。
2人は完全にモールの中へと戻り、一件落着した零人は欠伸をしながら早々にその場を離れようとする。
「それじゃ、俺は委員会に戻ってあいつの手続きやってくるわ」
「結構派手に送ったね……そんなにヤバいやつだったの?」
「アイツはただの裏スラム出身の違反能力者だったみてぇなんだが──あの男には『ジェイスガン』と通じてる可能性があった」
「ッ! まさか、あの能力者が?」
「いや、多分あれは思想派の自称でジェイスガンを名乗ってる輩だ」
「そっか……Arthur教団に続いてジェイスガンもってのは、中々しんどいね」
降りかかる災難の多さに改めて大罪の能力者としての苦労を痛感すると、香菜は嫌なことを思いましてそうっと零人に相談する。
「あっ、今回は私、何も出来なかったけど巻き込まれた形だから同伴した方が良い?」
「今回は俺の任務で、お前はたまたま巻き込まれただけだ。事後処理は俺だけで良い。お前は優人とデート楽しんでろよ」
「わぁ優しい! ありがとう」
「せっかくの2人の時間に水差して悪かったな。優人には俺のことは伝えなくて良い」
そう言い残すと零人は手を軽く振りながら人混みに向かって歩き始め、香菜が気が付いた時には零人は転送術で既に消えていた。
そして良いタイミングでトイレを終えた優人が戻ってきた。
「おまたせ……あれっ、あの男の子は?」
「待ってたらお母さんに会えたからそのまま行っちゃっよー」
「そうなの!? お別れ言いたかった〜」
間髪入れずに優人が戻ってきたため香菜は適当に誤魔化したが、優人は真に受けて残念そうに肩を落とした。しかし直ぐに気持ちは切り替わってまた明るい優人に戻った。
だがその直後、優人の体がピクんと反応した。すると優人は突然挙動不審になり、辺りを忙しなく見回し始めた。
「っ……あれ?」
「どったの優人?」
「ううん。なんか零人君の気配がした気がするんだけど、気の所為だったみたい」
(勘めっちゃ鋭っ!?)
「それより香菜ちゃん、何か良い事あったの? ご機嫌な感じするよっ」
「えっ? 別に何でも無いよ〜」
優人の言葉を否定した香菜だったが、その口調はとても明るく、表情はこの日で1番気持ちの良い笑顔を浮かべていた。





