第21話 候補生試験Ⅰ
優人が待ちわびていたこの日がついにやって来た。彼が霊能力者となってからおよそ3ヶ月、優人にとって人生で初めての『霊管理委員会』公式の試験。
それは零人達7つの大罪の能力者を目指す上ではもちろん、実質的にやがて霊管理委員会で幹部クラスになる者達である『候補生』となるための試験。
──上葉高校までの通学路にある空き地、人目に付きづらいこの場所で優人達4人が集まった。
これから霊管理委員会の本部まで向かう優人と零人を香菜と白夜は後ろから静かに見守っていた。
優人は緊張で心臓の鼓動が速く動いていたが、深呼吸で誤魔化し気持ちを整える。
そして緊張感は否めなかったが、優人の覚悟は決まった。
「……行こうか、零人君」
「おう、それじゃ開くぞ」
零人は右手を前に出し、青の光で宙に魔法陣を描く。人1人分の大きさにまでなった魔法陣が生成されると零人はその右手を陣の中心の紋章にかざし、詠唱する。
『7つの大罪「怠惰」の能力者、真神零人の名のもとに……優崎優人を地獄の試練へと招け』
すると呼応するように魔法陣が光を増し、その中から機械音のような女性の声が発せられた。
『霊力反応確認、承認致しました。7つの大罪の能力者推薦枠、優崎優人様に候補生試験の資格を発行し、霊管理委員会本部へと招待致します』
魔法陣は次の瞬間には強い光と共に2人を包み込み、周りには黒い霧が流れる。
後ろにいた2人は優人に向かって手を振り、激励の言葉をかけた。
「優人、頑張ってね!」
「優人さんなら行けるっスよ!!」
魔法陣に飲まれきる前に2人の言葉が優人の耳に届き、彼の緊張感は少し緩和された。
優人はもう見えない2人の方を振り返り、笑顔でその応援に答えた。
「行ってきます!」
優人は黒い霧と共に地獄の中心へと向かうのであった。
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「──────ハッ!!」
優人は夢から覚めたように目をパッと開いた。
意識が覚醒した時にはもう、地獄に転送されていたのだ。
優人が立っている目の前には1つの扉、左右を見てみると同じような扉がどちらの方向も延々と続いていた。
そして右隣にはいつの間にか零人も立っている。
「ここが霊管理委員会の本部、地獄のセンタータワーの一部だ」
優人が後ろを振り向くとそこには 一面窓ガラスがあった。外は紫や漆黒の空でいかにも地獄という雰囲気だった。
そしてこのセンタータワーは上も下も見えなかった。地獄には重力があるのかは分からないが、建物が浮いていたり、異様な形で突起のようにタワーから突き出ている建物もある。
ドラゴンや翼を生やした悪魔達は空を舞い、スーツを来た幽霊達も忙しそうに働いている。
地面を見れば、都会のようなビル群やヨーロッパのような村など建築様式も様々な建物が集まった都市が形成されていた。
地獄は優人が想像していた以上に整備され、人間社会とさほど変わらないということを知った。
「大っきいー! 広いし、楽しそう!!」
「今度なんかの時に地獄の観光案内してやるよ。罰を受ける目的で来なけりゃ、意外と地獄も楽しいんだぜ」
(でも……悪魔の人とかは明るい人が多かったけど、やっぱり地獄は太陽がなくて暗い場所だなあ)
「それは悪魔の体質的に光属性が弱いやつとか結構いるから、それに合わせた配慮だ」
「あ、そういうことなんだ……って心読まないで!?」
「悪いな、なんかお前緊張してたからさ」
一通りの茶番でリラックスすることができた優人は改めて気持ちを切り替え、真剣な面持ちとなる。
「ここをノックすればいいの?」
「ああ、面接みたいな感じでな」
ゆっくりと扉に手を伸ばし、その立派な木目調の扉を軽く2回ノックした。
『どうぞ、お入り下さい』
その言葉がテレパシーで2人の脳内へ送られてくると、目の前の扉は自動で開いた。
扉の先にいたのは椅子に座って微笑んでいる青年だった。
見た目的に優人たちと同い年か1つ上ぐらい、しかしビシッとしたスーツを着てそれなりの風格を携えていた。
艶やかな黒髪と服装で真面目そうな雰囲気を醸し出していたが、その笑顔は柔らかく、優しそうな印象の人物であった。
青年の前にはテーブル、そして手前に2人の椅子が置かれていた。優人は表情が堅くなりながら入室する。
「しっ、失礼します!」
「そのままお掛けになって下さい」
「はひっ!」
優人は少々ぎこちない動きで椅子に座った。一方で零人は作法やマナーなんて何も気にせず椅子にドサッと座り込んだ。
「試験管はお前か一晴、今日はよろしくな」
「零人様、こちらこそ本日はよろしくお願いします」
その一晴という青年は丁寧で綺麗なお辞儀をして見せる。頭を上げると青年は早速自己紹介を始めた。
「改めまして本日は試験管をさせて頂きます、雪村一晴と申します。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
挨拶が終わると一晴はテーブルに置かれた1枚の紙を手に取り、内容を読み上げる。
「本日は優崎優人さんの候補生試験を行います。ですがその前に優人さんは霊管理委員会の正式な霊能力者ではないので会員登録の面接の後、候補生試験とさせて頂きます」
一晴は紙を読み終わると手元のタブレットPCを軽くいじり、何かを確認してから優人の目を見る。
「今回優人さんは零人様改め、7つの大罪『怠惰』の能力者である真神零人様からの推薦枠としての試験となります」
(推薦かぁ零人君からの推薦って、なんだか嬉しいな)
「それではまず優人さんのステータスを拝見させて頂きます」
「ステータス?」
一晴は手のひらを優人に向けて開き、魔術の詠唱を始める。彼の手の中に小さな魔法陣が浮かび上がり、ハッキリと象形文字が目視できるほどに光りだす。
「解析術『ダウンロードステータス』」
詠唱が終わると魔法陣はホログラムのように光でディスプレイを宙に表示し、ゲームのウィンドウ画面のような役割で優人の個人情報が表示していた。
2人の席側からも画面の内容は文字が左右対称だが見ることはできた。
見たところだと履歴書とさほど変わらないが、優人が知らない単語がチラホラとあった。
「ええっと……優崎優人、15歳。8月16日生まれのAB型で身長は161cm。霊力量が────んんっ!!?」
「ひぇっ!?」
突然の絶叫で優人は驚いて椅子をガタッと揺らした。
零人は一晴の反応に「そうなるだろうな」と言うような表情で頷いていた。
当の一晴は目を白黒さながら口をパクパクさせ、初めてレモンを口に入れた赤ん坊の如く驚愕していた。
「すいません、目の調子が悪いみたいで……って、あれ!? 全く内容が変わってない!! じゅじゅじゅっ、術が狂ったのかな? 霊力量の表示が185000に……いち、じゅう、ひゃく──」
「それで合ってる、優人は霊力量がとにかく化けモンなんだ。もちろんブーストの類いじゃなく素でこれだ」
「ええぇぇぇぇっ!! 嘘でしょ!? これ……魔王様たちに匹敵するレベルの──」
「はあ……とりあえず、面接の続きをやってくれ」
依然金魚のようにパクパクとさせて現実を受け止められていない一晴だったが、零人のため息で我に返った。
「わ、わかりました。──ん? すいません、零人様。表示の所にはいくつか文字化けのような物があって、錬金術と鬼火と召喚術以外の部分の能力が読めないのですが……」
「ん? ちょっと俺にも見せてくれ」
零人は椅子から立ち上がると一晴の席に回って優人のステータスを確認した。
(零人君、めっちゃ自由だなぁ)
だが優人のステータスを覗くと零人はハッとしたような表情になった。
「なっ、何か不具合でしょうか……?」
「──あぁ、これは多分俺が優人に教えた術が他の術の改良版だったり、特殊なやつだから表示されてないだけだな。改良し過ぎてまだ委員会が把握しきれてねぇ」
「そうですか……じゃあ他の術の確認がてら訓練所に行きましょう」
パチンッ────
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一晴が指を鳴らした一瞬の内に3人はとても広いバーチャルチックな空間に飛ばされた。周りは暗く、地面や壁は透けているのか映像が流れているのかも把握できないような不思議な空間。
椅子に座っていた体勢からいきなり転送されてしまったので優人は尻もちをついた。
「いてて……?」
ゆっくりと立ち上がり、目の前を見ると優人の50メートルほど先には大きな球体があった。真っ白でいて、霊力で構成されている物体。
「それでは使える術を披露してください。相手が必要な術はこちらの式神にどうぞ」
「えっ! これ式神なんだぁ……すごぉい!!」
この式神に興味津々の優人だったが、気持ちのスイッチをオンにして戦闘態勢をとる。
(おぉっ! 空気が変わった。あの顔は……大罪の皆さんのような混じりっけのない純粋な戦闘時の表情だ。流石は零人様の推薦者、期待大です)
「それじゃまずは召喚術からやります!」
それを言った瞬間に優人は黒翼を持つ猫のような召喚獣、ヴァーレを足元に展開した魔法陣から呼び出した。
『にゃァァ……』
魔法陣から飛び出るとヴァーレは優人の足に頭を擦り付けていた。
「じゃあヴァーレ、くるくる〜♪」
『うにゃっ!』
優人が指で円を描くとヴァーレも合わせて宙をくるくると飛んだ。
「おすわり!」
『にゃっ!』
「えらいね〜よしよし!」
『ゴロゴロ……』
顎を撫でられているヴァーレはご満悦の様子だった。
「なるほど、見たところ制御はもちろん召喚時間も短くて良いですね」
「僕はいつもこのヴァーレやキメラを使ってるけど強い相手には聖獣を召喚します」
「聖獣をですか? ちなみに今は……」
「まだ、僕の気持ちが整った時じゃないと──」
「俺が呼んだとこを見たのは少なくともクラーケンとバハムートだ。クラーケンやヴァーレにいたっては憑依もしてたぜ」
一晴は驚いていた顔をしたが、フッと感情を押し殺したように微笑んで手元の紙に記入していった。
「そうですか、わかりました。それでは次へどうぞ」
「次は3つ同時にいきますね。霊動術と簡易結界と鬼火を」
「霊動術は身体強化のことですね……ではあちらの式神へどうぞ」
「すうぅぅぅ……」
──呼吸音と共に一晴が聞いた音は、爆音だった。
霊動術で強化した脚をバッタの折り曲げて地面を踏み込むと優人は数歩、数歩だけ地面を蹴った。そのわずか1秒にも満たない短時間の行動で衝撃波が生まれ移動速度が上昇したため、優人は式神に向かってロケットのように飛んで行ったのだ。
そして霊動術の要領で『ポルターガイスト』を使用、軌道を修正しつつさらに加速。
その速度は優人史上最速記録、時速80kmをその刹那に生み出したのだ。
式神に向かって雷神の如く迫った優人の風圧によって一晴の前髪や服がバサバサとなびいた。
「わぶっ……」
霊動術の応用、優人自身の眼にも身体強化をかけて動体視力を向上させてそのタイミングを見計らった。
(────ここっ!)
──さらに式神に2mまで近づいた時、優人は肉体時間加速術で自分の意識を時間よりも速く先行させる。
加速術発動と共に式神と自分を包むために半径3mの簡易結界を張る。
宙で浮きながら右脚を振り上げ、そこに鬼火を纏わせた。
青く燃ゆる炎と威力を高められた脚は人間本来の動体視力で確認できる速度を大きく超え、その轟速蹴が球体の中心を捉えて霊力による爆発攻撃を式神へと食らわせた。
攻撃が着弾と同時に優人も目の前に簡易結界を張り、バリアを生成。
さらに青の炎は結界内での爆発によって反射し、その威力を何倍にも増幅されて式神に襲いかかった。
そのあまりの霊力の増長と威力の圧縮で結界内は霊力で溢れ返り、優人の霊力が白く閃光した。
「え……なんだコレ」
その激しい発光と爆発によって、一晴の思考も共に吹き飛ばされた。





