第16話 恐怖と逆鱗
それは零人がある朝、自室でスマホの音ゲーをやっている最中の時だった。
零人はこの時、このゲームの最難関曲をプレイしていた。
「良し! あと少しでフルコンボ……」
流れてくるノーツをタップし続け、ついに曲の終わりに差し掛かったその時だった。
それはあまりに無慈悲なことであった。画面は切り替わり電話アイコンがスマホに表示されていた。
「ンがアアァァァァァフルコンがあァァァァ!!!」
頭を抱えながら深い絶望の中に飲まれ思わず発狂した。
「誰だぁ? もしどうでもいい用なら泣くぞ……」
零人が涙目になりながら確認したその画面には『優人』という文字が表示されていた。
「優人か、ならよし!」
優人であることを確認すると零人は気持ちと声を一瞬にして切り替え、落ち着きを払った様子で電話に出た。
「あぁもしもし。どうした優人──」
「うわああぁぁぁん!! れ〜いどぐ〜ん」
「っ!?」
──優人が大泣きする声がスマホの向こう側から聞こえたその瞬間、有無を言わさずに零人は転送術で優人のもとに向かった。
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零人が転送術で到着すると、優人は自分の部屋のベッドの上で縮こまっていた。
「優人ぉ、どうした!?」
「うああ〜!!」
零人が瞬間移動して部屋に現れた途端、優人は零人に泣きついた。
「昨日ねぇ、亡霊に追いかけられたの!」
「亡霊に!? 一体何があったんだ?」
優人は鼻水をすすり乱れた呼吸を戻そうとしながら昨日起きた出来事の詳細を語り始める。
「昨日の夜に……ひぐっ、家帰ってたらメガネかけたおじさんが道にいて、何だろうって思ってたらねっ、いきなり笑いながら追っかけてきたのぉ」
「──そいつがなんで亡霊だと思ったんだ?」
「呪錬拳で殴ってもダメージなかったし、それで逃げてたら急に消えたから……」
(メガネをかけたオッサン……)
「家に帰って部屋に来たら、あの笑い声を思い出しちゃってそのまま失神しちゃったみたい──」
ガクガクと震えて早口気味になりながらも起きたことを説明していった。
「一応、おじさんに連絡したんだ」
「ん? どういうことだ?」
「あ、亡霊のおじさんじゃなくてパパのところの黒スーツのおじさんにお願いして調べてもらったんだけどそれっぽい人はいなかったらしくって……」
(いやいや、それ調べたって……どういう調査方法だ? てか黒スーツのおじさんって──ヤクザの息子こえぇ)
優人のバックに存在する組織に恐れを抱きつつも零人は優人の証言を分析し、さらには術で優人の記憶を読み漁るなどしてその亡霊について考えた。
「とりあえず、そのおっさんがいた場所はどこだ? そこに行って俺が直接調査する」
「ぐすん……ありがとう零人ぐん」
零人は泣いたままの優人の頭を撫でて落ち着かせながら転送術を展開して共に現場まで瞬間移動した。
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──零人は優人の記憶で確認した、彼が追いかけられたという道に優人を連れてやってきた。
「ここで間違いないか?」
「うん……もう来るだけでもトラウマになりそうだよ──」
「今から調べて終わったら今日にでもその亡霊を俺が倒すよ。お前の苦手なもんは俺がカバーするから安心しろ」
「ありがとうぅぅ!」
礼を述べながらも優人がまだ怯えた様子だったのは零人も嫌な気分だった。
(早いところそいつを見つけないとな。変なトラウマができるのはこれから先、1番の弊害になりうるからな)
零人は息を軽く吸うと手を地面に当て、3つの異なる魔法陣を展開した。
白と黄色と青の魔法陣は三角形上に描かれ、霊力がそれぞれの円を巡りながら発動される。
「それは何の術をしてるの?」
「解析術とサイコメトリー、テレパシーを同時使用して昨日の様子を見てる」
「霊能力者って言うよりもう超能力者じゃん……」
「言い方の違いだけで同じだ。委員会はそこら辺の言葉の正式名称は特に決めてないから、人によっては霊能力を超能力や魔力って呼んでる」
そして、優人は何かを思い出したようにハッとした顔で聞いてきた。
術で解析をしている零人に気になった質問も投げかける。
「そういえば今更なんだけど、霊管理委員会の人って日本人多くない? 大罪の能力者も零人君達3人はそうじゃん」
「霊能力者に日本人が多いのは、宗教を厚く信仰してない上に死後の対応がやりやすいからだ。別に決まりはねぇし外国人も当然いるんだが、霊管理委員会は日本人率が高い」
納得する質問の答えが返ってくると優人は少しスッキリしたような表情を浮かべた。
「気になってたことが聞けたから良かったよ」
「そうか、良かった──」
その時、僅かに一瞬だけ零人は硬直してその動きがピタリと停止した。
さらに零人のその表情は一気に変化し、虚空に向かって不愉快そうに睨んでいた。
「ど、どうしたの?」
零人は何秒か黙っていたが、優人が話したのに気がつくと我に返ったように元の表情に戻る。
「──あぁいや、問題ない。ただこいつは優人がいるとすぐにターゲットにされちまう。だから今夜にコイツは俺が片付けとくから安心してくれ。」
「やったぁ! 本当にありがとう、それじゃお願いします」
「おう、だが俺はまだここに残ってるから先に帰ってていいぜ」
そう告げると零人はさっさと転送術を優人の足元に展開して術の発動準備にかかる。
安心してホッした表情の優人は手を振りながら転送術の光に飲まれていく。
「わかった。じゃあね〜」
優人は魔法陣と共に消えていった。
「……」
零人は優人が家に帰ったことを確認するとその表情をガラリと変え、首の血管が浮き上がる程に怒り心頭の様子で拳を握った。
そして彼はポケットからスマホを取り出し、素早い手つきで電話帳を開いた。
通話アイコンを押し、ある人物に電話を繋げてスマホを耳に当てる。
「あ、もしもし。俺だが、ちょっと頼みが────」
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──上葉町の日は落ち、優人が昨日亡霊に追いかけられた道は街灯の光以外何もなく、何処までも広がる闇が包んでいた。
辺りにあるのは闇、そして静寂。不気味な気配が道全体に流れていた。
今日もその道にある1本の電柱の影で1人、中年の男が隠れて通行人を待っていた。
男は隠れながら、その下衆な愚考を想像していやらしく笑っていた。
(うひひ……昨日のガキに試しに脅かしてみたらおもしれぇ反応が見れたし、ストレスも解消されたぜ。今日もあのガキが来たら驚かすか……ぐひ)
「この間のこともあったから無意識の内に実体干渉能力が呪いに付加されず、さらに会話も通じなかったから優人は亡霊と勘違いしたのか」
「ッ!」
「まあ……こんな夜道ならそりゃパニックにはなるだろうな」
零人は男が隠れている電柱の死角側の道からゆっくりと歩いてきた。コツコツとアスファルトに靴を叩きつけて男に音で接近を知らせる。
男は電柱の影から歩いてくる零人のことを覗いて見た。
(なんだこのガキ? 昨日のとは違うが、まあいい。あんなのでもビビって腰でも抜かすだろう)
「ひひひひひひ……うひひゃひゃひゃ─」
男は零人が電柱の10メートル前まで歩いてきた時、電柱から飛び出した。
見た目は小太りでブサイクなサラリーマン。無精髭を生やし、汗をかいた普通の中年の男だった。
「……」
(ん? 驚いてないのか……まぁいい、このすぐ後にでも逃げ出すさ)
男は気持ち悪く笑い声を上げて零人を追いかけようと右足を上げようとした。
「──なれッ!?」
しかし男の足はピクリとも動かず、その脚は痙攣したように震えて足の底は地面から浮かせることすら出来なくなっていた。
その重量感と締め付け具合はまるで地面から出た鎖で固定されているようであったという。
「な、なんだこれ!?」
男には一切見えていないが、男は零人の持つ『怠惰』の能力の1つである鎖の力により脚と地面を固定されていた。
地面に現れた空間の裂け目から鎖は射出され、脚に絡みついて離さなくなっていた。
焦る男の前で、己のペースを乱さずに零人は近寄っていった。
その時の零人を例えるのであれば声は雷鳴の如く低く響き、表情は般若も泣き叫んで逃げ出す程に恐ろしくキレていた。
「さてと、お前には……地獄を見させるか」
「ひい……あっ」
男は零人の威圧にあっさりと負けて、思わずチビってしまった。
「さあ……あんたらも出てこい」
「っ! う、うわああぁぁぁ!?」
男はそれらの恐ろしさに泣き叫びながら腰を抜かした。
──零人は己の霊力をの男に流し、一時的に霊能力を見る力が与えたからだ。
そして男が見たものは、道いっぱいに集まった零人の召喚獣達とこの道や周辺にいて男の存在を腹立たしく感じていた幽霊達である。
召喚獣達はマスターの指示の通りにただ威圧を続けた。
だがこの道でずっと彼を見ていた幽霊達は男が以前から何度も繰り返してきたこの悪戯の過ぎた迷惑行為に激しい怒りを抱き、今にも殴りかかりそうなほどにブチ切れていた。
『あの男の子になんて酷いことを……』
『貴様、ただで済むと思うなよォォ!』
「ひっ、ひぃ……」
男は腰を抜かしていたがあることに気がついた、それは先程の足枷のような感覚がないということ。
それがわかった瞬間に男は立ち上がり、みっともなく逃亡しようと試みた。
「ひいやあぁぁぁあ、たすけてえぇぇぇぇ!!」
男は優人の何倍も泣き叫び醜態を晒しながら零人の反対方向に向かって走ろうとした。
────だがしかし。
「零人君ありがとうね」
「へぇ!?」
男が向かおうとしていた奥の暗闇からは、7つの大罪『暴食』の武器である死神の大鎌を抱えて歩く香菜が深淵の中より現れる。
そして香菜は自身の背後にエイグもつけていたのだが男はパニックとエイグのあまりの図体のデカさゆえにエイグを視認しきれなかった。
香菜は目のハイライトを失い、引きつってるような狂気的笑みを浮かべながら男の元に詰め寄る。
当然であるが香菜は優人にされたことが許せず、今にでも何か大きな物体でも破壊したいほどの激しく燃え上がる怒りに駆られていた。
「優人を泣かせたこいつに身の程を教えられるからね……」
男を見下ろすその目は生きた人間のものではなかった。それこそ本物の死神のような文字通り凍りつく眼差し。
「ひやぁ……あっ!」
男は勇気を振り絞り零人の方向に戻って逃げようとしたが、零人が地面を1回強く踏んだことで亀裂の入ったアスファルトをみて男は驚愕した表情で絶句する。
絶望感で満ち、信じられないような超常現象を目の当たりにして思考機能が失われたオッサンはその場に倒れ込んだ。
「さてと、てめぇ……」
零人は過去に発したことがないほど低く冷たい声で男を威圧した。指をポキポキと鳴らしながら首を回す。
一方、香菜は抱えている死神の大鎌を振り回して素振りをしながら男へ詰め寄っていった。
「ゴミは掃除、優人の害は全部ゴミ、ゴミは掃除……」
「優人に手ぇ出した分……償ってもらうぜ!!」
「ぎいやああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
男は未知の存在の前では抗うことも出来ないまま、ただ絶叫し想像を絶する恐怖を味わうこととなった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その地獄絵図でカオスな状況をルシファーは地獄にある自室にて鑑賞していた。
「珍しく『縛りを今晩だけ緩くしてくれ』って零人が言ってると思ったら、こういうことだったとはね。──あの2人は怒らせると本当に恐ろしいな」
ルシファーは今ちょうど零人の術による幻覚と香菜の体内霊力操作で精神的に苦しめられている男をみて2人にとてつもない恐怖の感情を抱いた。
ちなみに今回は物理ダメージは一切与えない上に、この間の記憶処理をした男を警察に突き出すということで落ち着いたようだ。
──夜は明けて、次の日の朝。
優人は零人に朝イチで礼の言葉を電話で送った。
『零人君ありがとうー!』
優人持ち前の明るさが戻ったようで、ほの元気な第一声を聞くことができた零人はスマホを耳に当て満足そうに笑みを浮かべる。
「……なーに、どうってことねぇよ」
そんな電話でやり取りしている零人の家の外では奥様方は不審者が逮捕されたことについて盛り上がっていたらしい。





