第13話 天上超えてヘブン
「わははっ、涼しくて気持ちいい〜」
優人は、花畑を散歩するように軽快なステップで動き回った。
楽しそうに腕を大きく振って風を切るように駆けた。
「あはは〜」
優人はまるで背中に羽があるように高速で移動しているのだ。遊園地に遊びに来た子供のような気分で楽しさと爽快感に心踊らせる。
──雲が手で触れるほどの上空を。
「霊動術ってすご〜い!」
優人は先日、零人から聞いたとある情報からインスピレーションを得て、その結果この常軌を逸した超空中散歩を思いついたのだ。
──それは数日前のこと。
「霊動術ってのは、俺が従来使われてた『身体強化』と『ポルターガイスト』を掛け合わせて内部と外部から力を増幅させる術に改良したんだ」
「内部と……外部?」
「あぁ。この術は基本の身体機能補助の術だが、これを応用できりゃポルターガイストの威力を成長させられる」
「て言うことはある意味、サイコキネシスを覚えられること!?」
「その通り、でも練習ならせいぜい壁の破壊程度にしとけよ」
──そして現在。
ポルターガイストをジェットエンジンのように動力として、その風圧を利用し空を飛んでいるのだ。
優人は零人に言われたことを守り、何も破壊しない代わりに爆弾並の威力でポルターガイストを行使していた。
「でもそろそろ戻らないと……苦しいかも」
上空に行くに連れて優人の肺は痛み始め、呼吸が苦しくなってくる。
結界を張って外部との接続を遮断し、空気抵抗などを優人はガードしていたが、身体に直接取り込む酸素だけはボンベでもない限りどうしようもないのだ。
酸素や食事などは錬金術などの霊能力で創成したものを体に取り込むと消滅した際に人体への影響があるため、委員会では禁止しているらしい。
「あれ? ──う、うわあああ!!?」
それは突然、不可視の何かの力によって優人はさらに上空、大気圏の外側へ向かって引っ張られた。
抗おうとポルターガイストを発動しても力は振り切られ、肉体の制御もままならなくなる。
「め、目が回る〜!」
優人の体が無重力状態で数回ほど回転した後、急にふと重力が戻ったようで彼の身体は落下を始めたのだ。
「な、何とか助かったあ〜」
普通の神経なら上空で落下している時のセリフではないが、優人は平常心を取り戻した。
目の前に広がっている濃い雲をかき分け、再びポルターガイストを発動しゆっくりと降下していく。
そして雲は晴れて無事に地上の景色が見られる────はずだった。
「あれ? ここって──」
見覚えのあるこの景色は忘れもしない。
心奪われるほどの美しい景観が広がり、辺り一体は人々の笑顔と気分が高揚するような心地の良い霊力で満たされている。
そして霊体や背に翼が生えた人々は縦横無尽に空を飛び交っていた。
──ここは天空に存在する死者や神々の世界、天国。
優人は再びこの聖域に足を踏み入れたのである。
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天界の荘厳で美しい景色を前に優人は仰天して飛び跳ねる。
「うっへえぇ!!? なんでまた天界に来ちゃったのぉ……もしかして僕死んだの?」
優人はみるみると顔が真っ青になり、嫌な汗をかき始める。
だが焦るよりもまずは状況を把握すべく、天界の地に降りて優人は目的地を決める。
「……この状況もよく分からないから、あそこに行こう!」
優人は天界に来た時の記憶を頼りにあの場所を目指した。
この地に住まう、頼れる知り合い達に会うために。
──優人は初めて天国へ訪れた際に零人と共に来たあのライブハウスの前にやってきた。
天界にいる知り合い、それはWhiteGirlsと名乗りアイドルバンド活動を行っている天使、四大天使の彼女達に助け舟を求めに来たのだ。
「ここにいるかなぁ? でも皆いなかったらどうしようもないよ……」
ライブハウスの扉を開けようとしたその時、背後から鈴の音のような女性の声が聞こえてくる。
「あれぇ? まぁ、優人君じゃない!!」
「ああっ、ラファエルさんいたぁ!!」
4人の中でも優人が最も仲の良い大天使、ラファエルがその美しい顔を一層明るくして優人に飛びつきその頭を撫でた。
「いらっしゃ〜い、天国まで遊びに来たのぉ? 今日は1人なの?」
「その、実は……」
「うん?」
──優人は困った表情をして、ここにやってきた経緯を一部始終ラファエルに説明した。
そして内容を聞くと瞬時にラファエルはその答えを告げる。
「ああ、それは優人君が上空で霊能力を発動していたのが原因よ。強引に天空の扉を開いて迷い込んじゃったみたいね」
「それで僕は扉を開けちゃったんですか?」
「うん、生きたまま天界に来るには魔術で来るのが主流なんだけど……優人君は霊力が強いし場所が場所だったから条件がマッチしちゃって肉体ごと来ちゃったのよ」
「じゃあ僕は生きてるんですね! それなら良かった〜」
「それに運が良かったね。地上行きの扉が今日の夕方頃に開くから、それで帰れるよ。でもそれまではゆっくりしていって」
と、落ち着いた様子でラファエルは優人を安心させた。
だがしかし、彼女の心の中はハチャメチャな事態に陥っていた。
(ヤダうっそぉ! 優人君がいきなり来たなんてっ、どうしよ心の準備が……落ち着きなさいラファエル。あなたは大天使の1人でしょう? 心を乱してはだめ、ショタは汚してはだめなの……平常心平常心平常し──)
「ラファエルさんありがとう!」
「ッ!!?」
不覚にも優人の屈託の無い純粋な笑顔とお礼のダブルパンチがラファエルにクリティカルヒットした。
超絶限界系ショタコンお姉ちゃんは一瞬で赤面して心臓の鼓動が加速する。
(きゅんっ!! だ、だめ……早く楽屋に行きましょう。わわ、私の精神が持たないわ)
──優人の笑顔1つでキュン死しそうになりながらもラファエルはメンバーの所へ向かう。
そして優人はライブハウス内のWhiteGirlsの控え室へ連れられた。
ラファエルは扉を勢いよく開け、待機していたメンバー3人に声をかけた。
「みんなー! 優人君が来たよ〜」
部屋の中は一瞬にして賑やかになり、3人のテンションも上がった。
早速ガブリエルは優人の元へ寄ってきて子供のように喜んだ。
「おおお、ゆうとぉー! 久しぶりー!!」
「ガーちゃん! 精霊の時以来だね」
ガブリエルは相変わらず天真爛漫──天使爛漫だった。
「あっ。ゆ、優人くん……久しぶ、り」
少し恥ずかしがりなウリエルも顔を赤くして優人に小さく手を振る。
そして優人は元気いっぱいの笑顔で返答する。
「うりりん、こんにちはー!」
恥ずかしそうにしながらも嬉しそうにウリエルは下を向いた。
流石は優人、無自覚に人との適切な距離感を把握して相手が最も良いと感じる具合の優しさや笑顔を送っている。
(あの人見知りなうりりんでも、やっぱり優人君には警戒心が無いみたいね)
ラファエルは優人の天使を惑わす才能に感心した。
そしてその様子を観察していたミカエルはクールな態度を崩さぬまま、短く思ったことをコメントする。
「うん、やっぱり尊い……」
「ちょ、MIKAさんっ」
「どうしたんだラファエル? いつも通りに思った感想を述べてるだけじゃないか」
「や、ちょ……恥ずかしいでしょっ!」
だが当然、そのミカエルとラファエルのやり取りに優人は全く気づかなかった。
ミカエルがこのように独り言を零したのも、他のメンバーも実は日々こっそりと優人達の生活を見守っているからなのだ。
もはやその行為は基本的に天使の加護に近いが、アニメやドラマ感覚で優人の同行をこっそりと鑑賞している時がある。
ラファエルは流石に声に出すのが恥ずかしかったので、テレパシーで会話を続けた。
『みんな、優人君にはもちろん内緒ね。「ゆう×かな」で和んでることも』
『それよりも「ゆう×れい」の方では? 姐さん』
『わ、私は「ショタゆう」の時がベストでした……』
『ウチはバトルの時のゆーとかなぁ〜』
天使達が不純にも、それぞれの推しの優人論争がテレパシーで巻き起こるしていた。
「あの。この後のライブ、もし良かったら僕も見ていいですか?」
「「「「もちろん!!」」」」
その後はマネージャーからの許可も降り、優人は会場の観客席に向かった。
そこにはスタッフも含めて誰もおらず、巨大な屋外ドームの中で優人はポツンと席に座っていた。
「えっとぉ、たしか天国の時間だと6時から開始だよね。今の時間は……」
優人は会場中央のモニターに表示されている時間を確認する。
席に座ったはいいもののライブ開始時間までまだ10時間ほどあった。
「それじゃあ、肉体時間加速術の逆の……『意識時間遅速術』発動ッ!」
零人に教わった肉体時間加速術の逆、意識の時間を遅らせて優人はただ時間が経過するのを待った。
すると優人の周りではタイムラプス動画を見ているかのように高速で人々が準備に入ったり観客が入場を始める。
ちなみに、この術は優人が今思いついて感覚で発動した術である……
──そしてライブ開始までスキップさせた。
ライブ会場はWhiteGirlsのライブということで、観客であっという間に満員となった。
会場は結界と魔術によって天井が作られ暗くなり、結界表面は星のように霊力が光って雰囲気が増す。
中央のモニターはメンバー達の顔が映し出され、ステージ上にスポットライトが当てられた。
そしてそれは唐突にMCが入った。
「本日はWhiteGirlsのライブにお集まり頂き、ありがとうございます! では登場して頂きましょう! せーの──」
『WhiteGirlsー!!』
会場全員が一斉に叫んで彼女達を呼んだ。
するとその声の返事代わりに爆発魔法がステージで発動した。
爆発と共に会場は沸き立ち、その爆破の煙幕は黒から魔術によって瞬時に白くなり、真っ白な煙幕の中から4人が歩いて登場した。
天界のトップアイドル達の登場で盛大な歓声が巻き起こり、スポットライトと声援の中で彼女たちは微笑む。
(あれ、そういえば今回は零人君いないけど、ギターは誰なんだろぉ。もしかして欠番?)
「そしてこの人が今宵も降臨……いや、昇天したァ!! 地獄からやってきた漆黒のギタリスト──」
「えっ!? あれって……」
常に愛着しているスーツを纏い、金髪で黒い翼の男がドームの上から降り立った。
チャラさと厳格さを持ち合わせた人物であり、霊管理委員会において重役を担う者。
「堕天使にして地獄の統括者、ギタータントのルシファーだあー!!」
このMCの紹介で優人は少々の焦りを感じた。
(ルシファーさんは、堕天使なんだよね。天国のライブ来ても大丈夫なのかな? もし神話や漫画の内容通りだとまずいかも……)
ルシファーは神への反逆で天界から追放され地獄で地位を築いた堕天使。
優人の読んでいる漫画などでは本来ルシファーと呼ばれる者は天界から迫害された存在で、掛け合わせるのが危険な印象を持っていた。
だがしかしそのイメージを完全にぶち壊すような声援が巻き起こる。
「うおおおおぉルシファーさああん!!」
「やっぱあんたのギターは最高だぜぇ!!」
「キャアー! ルシファーさまああぁぁぁ!」
(そ、そうだ。ルシファーさんは昔のルシファーとは人格が違うから何も問題ないじゃん。とんだ杞憂だったよぉ)
「今日はみんなあ、楽しんでってくれぇ!!」
そのルシファーの叫びと共にライトと会場の霊力は激しく輝き、ドラムとギターの音が炸裂する。
ウリエルとラファエルも続いて演奏を始めた。
そしてミカエルはマイクを握りしめてシャウトした。
『いくぞアリーナぁぁぁ!!!』
会場は沸騰し、観客達の声とそれを上回る楽器の音がドームを包んだ。
天界は今宵も狂乱の嵐に見舞われる。
──そしてライブはおよそ4時間にも及んだ。
この日もWhiteGirlsは最高の演奏だった。そしてギターを担当したルシファーの技術もハイレベルであり、優人は今回のライブも疲れてヘトヘトになるほどフィーバーした。
最後には惜しまれながらも会場からの歓声と共に5人はステージを去った。
その後ライブが終了してからまもなく優人はスタッフの天使に呼ばれ、優人は楽屋に向かった。
そこには汗をかきながらもやり切って爽やかな表情をした4人とルシファーがいた。
優人を見るとこの日は初対面だったルシファーは優しく笑みを浮かべた。
「お、優人君じゃん。おっはー」
「ルシファーさん、皆さんもお疲れ様です! でもびっくりしましたよ、ルシファーさんもギターやってるなんて。ギターはいつもルシファーさんがやってるんですか?」
「うん。代理でね」
「代理? ……てことはいつものギタリストさんって誰なんですか?」
その一言を優人が言うと、少ししんみりとした楽屋内に空気が流れた。
だがラファエルは決心したような顔をしてメンバー達に声をかける。
「──みんな、優人君には教えよっか。お願いついでにね」
「そう……だね、うん。彼ならきっとやってくれる気がする」
「ぼ、僕にできることならなんでも!」
ラファエルは神妙な面持ちで優人に語りかける。
その時の彼女の表情は切なくて、どこか寂しそうにしていた。
「私達天使や神達は元々聖なる存在だったから、ルシファーみたいに人格が入れ替わってる人は最高神達を除いていないの。だけど1人だけ人間になった女神がいた」
「…………」
「──その女神は私たちWhiteGirlsのリーダー、アテナ様」
アテナという名には優人も聞き覚えがあった。
それはギリシャ神話に登場する知恵と戦いの女神の名前である。
「アテナ様は転生したけど、女神の記憶をおいて転生されたから誰だか分からなくてね……何世紀もの間柄だったのに、突然ね」
「寂しい……ですね」
他のメンバー達も優人の言葉に静かに頷いた。
「えぇ……何も心の準備が出来なかったからね。寂しいわ」
するとラファエルは優人の頭に手を当てる。魔術を発動させ額に紋章のようなものが光で浮かび上がった。
「『人求の加護』これがあればアテナ様の生まれ変わりの人と思しき人と出会った時に直感的に分かる探知能力。他にもいずれ役に立つ事があるとわ」
「はいっ。僕、アテナさん絶対に見つけます!」
「……ありがとう、優人君は本当に優しいね」
そしてラファエルはニッコリと優人に笑いかけた。
「霊力も少し上がるようにしたよ。これはプレゼントよっ♪」
優しくラファエルは優人の頭を撫でる。
それに便乗して他のメンバーも優人の頭をこぞって撫でにきた。
するとミカエルはラファエルをドン引いた目で見つめる。
「こんな小さい子を誘惑するなんて姐さん、やっぱり恐ろしい人……」
「い、言い方は考えてよミカぁ!」
そういうミカエルが1番優人を撫でていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
──優人は楽屋を後にして、天界の出入口の1つである大きな扉の前に立っていた。
そこでは優人の他にも現世へ戻ったり旅行へ行く数千人ほど扉の前に人々がいた。
その彼らの少し後ろで大天使4人とルシファーが見守っていた。
巨大な天界の扉はゆっくりと開いて黄金色に光り始める。
優人は見送る5人に手を振りながら扉の中に向かって駆けていった。
「またねー! みんな〜!!」
「じゃ〜ね〜!!」
「またおいでー!」
WhiteGirlsは惜しみながらも尊い優人の姿を見られてご満悦の様子だった。
ルシファーは走る優人の背中を見ながら考えふけた。
(あの子なら、本当に見つけられそうだね。あの子には何か特別なものを感じるし)
だがルシファーは少しだけ違和感を感じて軽く頭を傾けた。
何かが引っかかるような疑問を感じていた。
(不思議と彼には抵抗感が全くないどころか────懐かしさすら感じるような……ま、気のせいか)
そして優人は扉の光に飲まれて元の世界に戻った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「────あれぇ? ここは……」
気がつけば優人は商店街の近くの道を走っていた。
意識が僅かに飛んだのか、何もタイムラグを感じなかったので道を数十メートル走ったところでようやく気がついた。
そして空を見上げると赤色で綺麗に染まってた夕方になっていた。
ぼおっと夕日を見ていると優人の後ろの方からはいつものあの声が聞こえてきた。
「おーい優人、やっと見つけたぜ。今日はどこ行ってたんだ?」
「零人君! 聞いて聞いて〜」
優人は嬉しそうな表情を浮かべて、勢い良く零人の側まで走っていった。





