第12話 朱
「零人君お疲れ様。今日はもう上がっていいよ」
「店長! ありがとうございます。それじゃお先に失礼します」
本日のパン屋のバイトが終了した零人は店で余ったメロンパンを袋に入れて、ベーカリーKITAMUSAを後にした。
この日は中々来客が多く、ただでさえ『怠惰』の制限で弱体化されている零人にとっては忙しく疲れ果てていた。
零人の帰る方向には沈む太陽があって、赤く燃える陽がとても眩しく目を細める。
この店でお気に入りのメロンパンを片手に零人は優人や霊能力のことを考えている。
「そろそろ優人にもあれ教えるかな」
「──ぉぉぉ」
どこからか聞こえてくる反響音のような何かの叫び声が零人の耳に届いた。
「零人さあぁぁぁぁ────」
「んあ?」
「──んん!!」
空から落下してきたのは同じく大罪の能力者の白夜であった。どうやら上空から零人を探しながら飛んでいたところ、彼を発見して目の前に着地したようだ。
零人は疲れているのもあり、デジャビュなその着地に文句を付ける。
「その登場の仕方は昨日も見て腹いっぱいだよ。シロもとうとう狂犬になってきたな、俺らのペットが……」
「ペットってなんスか!? ていうか空から来た方が早いんすよ、建物とか気にせず霊力で探れるんで」
「はぁ、お前は人間としての色々忘れちまったか……」
「飛行は自粛しますが、訴えますよ?」
「おいおい、ツッコミが辛辣だな。誰かの影響かよ?」
と、軽いボケとツッコミのやり取りを交わしたところで白夜は本題の話を始める。
「ちょっと、もしかしたら零人さんとは面識あるかもなんスけど……ちょっとすごい人見つけまして」
「なんだ? ちょうどいい魔王でもいたか?」
「サンドバッグにしないで下さいよ! しかもそれ言えるのもウチで零人さんと響さんしかいないじゃないですか!」
「……で何の話だっけ」
「話が進むどころか後退してる気が……」
「あ、シロくーん! 何してんのー?」
「……ん?」
どこからともなく幼い子供の声が上から小さな音量で聞こえてきた。
零人は聞き覚えのあるのだがイマイチ誰か思い出せないその声の主を探した。
一方で白夜は聞き損ねていたようで周りをキョロキョロと見渡している零人に首を傾げた。
「零人さん何してるんスか?」
「いや、お前を呼ぶ声が──あっ!」
零人は近くの電柱から自分達を見ている少年を見つけた。少年は2人に手を振っている。
その少年は零人が見慣れた優人にそっくりのショタ顔で黒髪の少年、優人の弟である優崎凌助であった。
「あっ! 凌助そこにいたのか!!」
「シロ君が連れて来るって言ってたから待ってたら全然こないからさ。どうせイジられてるとは思ったけど」
その凌助の一言を聞いた瞬間、零人は唐突に吹き出した。
突然の大爆笑に凌助と白夜は肩をビクッとさせて驚いていた。
「ブフォッ!! 〜っはははっ! ちょっと待ってくれ──あはははっ……げほげほっ、アハハハっ!!」
「れ、零人さん? どうしたんすか」
零人は腹を抱えて、過呼吸で声が出ないほど笑い転げていた。その大笑いを見て2人は零人が狂ったのではないかと心配になる。
「その顔と声っ、優人にそっくりだから……ゆ、優人が毒吐いてると思うと──はっははははっあ、やべえわ。あご割れる、くはっ、ハハハッ」
「あご!? 腹筋じゃなくて?」
「なんか複雑だな〜、兄ちゃんと似てるって言われるのは嫌いじゃないのに馬鹿にされてるってのはスゲー伝わるから」
「ひぃ、ひぃっ、こっ……こいつはやべぇって! クソ笑えるわ、あっははっは!!」
──約5分間、零人はノンストップで笑い続けた結果、笑い過ぎたせいで過呼吸と貧血を起こした。
笑いながら倒れた零人は白夜の魔術で栄養補給させてもらったあとにようやく彼らとの会話を始めた。
「──で、凌助君も霊能力者になったと」
「はい。多分俺は兄ちゃんと零人さんの時みたいに、シロ君の影響が強くて覚醒したらしいんです。力も兄ちゃんには全然届かないけど」
「まあ、あれが特殊だからな」
「でもある意味では俺と優人さんも同じじゃないですか? ゴリ押し系の部類としては──」
ここで2人の目付きが急に冷ややかで嘲笑するような目に変わっていた。
意外にもこの2人の気は合っていた。
「いや優人は確かにゴリ押しだがその分精密度は高いし工夫もあるが、お前はただの脳筋だろ?」
「なんかすごい贔屓を感じるんですが!? 別にいいッスけど!」
「零人さんの言う通りだよシロ君。シロ君と兄ちゃんはそもそものジャンルが全く違う。強いて言うならシロ君をゴールデンレトリバーとすると、兄ちゃんはゴールデンハムスター」
「お前、兄のことなんだと思ってるの!? 遠回しに優人さんのことも傷つけてないかそれ? 犬の方が優秀な気が──」
「躾しないとね、おすわり」
「俺ってこういうキャラだっけ!?」
──そのころ、呑気に自室でアニメ祭りを楽しんでいた優人は彼らの会話を知る由もない。
「さて、結局話たいことはそれだけか?」
「それだけじゃないから来たんですよ。ジョブ持ちの霊能力者にアドバイスできる人なんて零人さんぐらいしか知らなかったもんで」
「いや、それなら俺よりも瑛士が──」
「その先は言わなくても理解してます」
「あ、そうだったな。忘れてたわ」
「つまり凌助君がジョブを持ってるってこと?」
「はい、今もこの通りです」
凌助の姿は隣から忽然と消えていた。
しかし零人には彼の姿が見えている。凌助は普通に2人の隣に立っていた。
「だからさっき、お前と話が噛み合わなかったのか。ちなみに凌助君は俺の足元にしゃがんでるな?」
「零人さんは制限下でも探知系能力とか発動してますからね」
「これは一体なんですか?」
その言葉を発すると凌助は能力を解除して姿を現した。
「これはアサシンっぽいが多分『盗賊』のスキルだな。君は前世で盗賊スキルを持っていた人間だった。ちなみに盗賊のイメージは漫画とかの感じだ」
「おお、すご〜い。ちなみに兄ちゃんは?」
「優人はジョブ持ちじゃねえよ。────もっとヤバそうなのはあるがな」
兄にはない能力だと聞くと凌助は嬉しそうに笑っていた。零人はニコニコしている凌助に手をかざして鑑定を始める。
「一応、解析させてもらうぜ」
凌助の前に魔法陣を展開し解析術で彼のジョブを調べる。そして数秒経つと零人はピクっと反応した。
「──おっ、驚いたな。盗賊ともう1つ、『タンカー』のジョブまであるぜ」
「タンカーって、あの盾で仲間を守るあのやつですか?」
「そうそれ、話早くて助かるわ。霊力とかは普通だが除霊能力は筋が良いし、成長を見越して霊管理委員会に所属するか?」
「あ、そういうのは興味ないんでいいです」
「だからなんで嫌なんだ!? 俺とかいるのに」
「面倒そうじゃ〜ん」
「その面倒そうな組織のトップ2人が目の前にいるのに!?」
「えっ、零人さん以外にも来てるの? どこどこ?」
その性格の悪い煽りに零人は再び吹き出しそうになったが、息を吐き歯を食いしばって堪える。
しかし腹筋には躍動の前兆が訪れ全身がプルプルと震える。
(──うん、やっぱだめだこれ)
「ぶっふぉいっ!!」
横隔膜が広がり外腹斜筋が弾けてまたもや零人は吹き出した。ゲホゲホ言いながら呼吸を整える。
「はぁ、はぁ……まぁ本人がこう言ってるし、強制じゃないからいんじゃね? 凌助君も気楽にやりたいっぽいしな」
「理解者だ……」
「でも一応、霊能力者の実力だけは見させてもらうぜ。シロと一緒に悪魔を倒してくれ。ここにあと少しで来る」
「え、そんな感じで来るんですか?」
(なるほど、俺らが処理してる分もあって本番はまだやったことないんだな)
太陽は沈みきっていないが建物で影ができ始め、影の暗闇からは悪霊ではなく悪魔一体が姿を現した。
といっても見た目は一般人な角としっぽのついた悪魔らしい姿をした野良の下級悪魔。試験代わりの実力テストにはちょうど良い相手であった。
強さでいえばヴァーレやキメラが5体いるのと変わらないだろうが、おそらくパワーのみで知能はない様子であった。
「どうする? 凌助」
「任せて!」
凌助は近くで生えていた草を毟り、雑草を錬金術で石の槍に変えた。
そしてシンプルに悪魔へ近づいていき、攻撃よりも前にその腹に槍を突き刺した。悪魔の動きは常人でも見切れるようなウスノロで、思いの外簡単に攻略された。
『ウギョッ!? ギャアァァァァ!!』
「うわっ、結構キツい断末魔だ……兄ちゃんこんなことやってんのかよ」
悪魔は槍が触れて凌助が接近したことにより、身体が除霊の力で浄化され刺された所からボロボロと灰のように崩れていった。
(弟はやっぱり除霊できてるな、あった時から優人以外は除霊結界張ってたし……でも錬金術が得意なのは、そういう血なのか。まぁ優人みたいに直接戦闘に特化はしてないが除霊力で補ってる感じか)
──するとその瞬間、悪魔は予想外の行動をとった。
除霊される前に上半身を下半身からトカゲのしっぽのように切り離し背中から急激な速度で翼を生やして飛んでいった。
「あ! 逃げられる」
「大丈夫ッス凌助、あとは俺がやる」
翼で飛んで逃げようとしても悪魔の飛行速度は遅く、白夜の『凶星』の射程範囲内からは抜けられなかった。
「死神達からの最後の安息をアイツに送る……」
『凶星』で逃げる悪魔の付近と逃げるであろう軌道上の分子運動を支配する。
分子の動きは一気に低下していき、伴って周辺温度が急激に下がっていく。
死神の吐息のように空気は凍てつき、分子はさらに動くことを放棄して停止し、白夜の指定した効果範囲内は絶対零度にまで達した。
「『グリムリーパーズレクイエム』ッ!」
『ギャッ────』
断末魔の途中で悪魔の身体も凍っていき、喉も固まって震え無くなったことで叫び声はピタリと止まった。
空気と共に凍った悪魔はその場で氷像となって空中で間抜けなポーズのまま固定される。
「ま、圧縮しとこっ」
白夜が手をパンと鳴らした時、『凶星』によって均等に力は加えられて悪魔の体はスクラップされた車のような立方体になっていた。
6方向から振動と圧をかけて押し潰された悪魔は立方体になった直後に霊力が崩壊し、スクラップになった氷がバリンバリンと割れていくと共に消滅していった。
「なんだろ……『The・少年漫画』っぽいな」
その一言に零人は反応した。
それに引き換え、優人と自分は俺TUEEEEのラノベ感が否めないなと密かに思った零人であった。
「さてと……俺は先に帰るか」
凌助の能力と2人のコンビネーションの良さを確認すると零人はメロンパン片手に家へ向かって歩いていった。
そして2人に向けてテレパシーを送る。
『文句なしの合格だ、悪いけど俺はこのまま帰るぜ。やることがあるんでお先』
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初めての戦いを終えた凌助は近くのビルへ登って屋上から落ちていく夕日を見つめていた。
先程までの毒気はなくなり、純粋に儚い景色に心を持っていかれていた。そして凌助と同じように白夜も紅く染った空の色を楽しんで鑑賞していた。
「──ねえ、シロ君」
「ん、どうした凌助?」
「僕さあ……霊能力はここまで使えれば正直充分だけどさ。やりたいことあるんだよね」
「やりたいこと? なんだそれ」
「前に言ったかもだけど、僕ってけっこう絶景フェチでさ。海で見る朝日とか草原での星空とか外国とかの街や自然を見るの憧れてるんだ」
「もうそれは決まってんのか、7年前とそれは変わらねぇのな」
「うん、将来はカメラマンになってそういう写真を撮るのが夢だけど──」
凌助は白夜の方を振り向いて優しく微笑んだ。その笑顔が夕日と重なって輝いた。
「そん時は、シロ君と一緒に見に行きたいな」
「──夏休み中にはどっか、良いとこ連れてくよ」
(昔から凌助は変わらねえな……こういう素みたいなところが)
そして凌助はまた夕日の方を向いてフフっと笑った。
「僕の移動手段やカメラワークの手伝いをしてもらうよ」
「あれっ、もしかして俺って道具目的しか使用用途ないっ!?」
「あははっ」
──少年達の笑い声がする中で、夕日は地平線の向こう側へ落ちていき、朱に染った空はだんだんと藍色へ移り変わっていった。





