第6話 亡者を狩る者
この日の朱に染まった空は異様な不気味さが漂っていた。住宅街の路地の真ん中で優人は零人と共に夕暮れを見ている。
「今日の修行だが、察しの通り今回は悪霊狩りだ」
零人の冷ややかな笑みで言い放つと優人の笑顔が一瞬の内に凍てついた。
「え、へ、嘘でしょ!? 嫌だよ、あんな思いをまたするなんて……」
相変わらずの怖がりぶりの優人を零人は必死に落ち着かせようと言葉を返す。
「大丈夫だ、俺がいんだ。召喚術も霊動術も、お前には呪いの力だってある」
「うーん……」
優人はしぶしぶ承諾したが、その脚は小鹿のように小刻みに震えていた。その様子は見なかったことにして零人は今回のことについて説明を始める。
「今日は悪霊相手に、こいつを使うぜ」
説明する零人の横で突如青の炎が燃え上がった。優人は突然の発火に驚いて思わず後ずさる。
「この炎は鬼火だ。霊力を炎に変換して対象を燃やす」
「びっくりしたよ。でも綺麗だね」
「まぁな。性能は陰陽師の奴らも重宝するほど、お前も相性も良いはずだ。とりあえずやってみろ」
「うん、わかったぁ!」
優人は手を目の前に持ってきて両手でガッツポーズをし気合いの入りようを表す。
すると優人の周りからその意欲を表すように無数の炎が燃え上がる。
「わっ! できた」
「それは出し過ぎ。霊力は無駄遣いすんなよ」
「わかったぁ!」
二人がやり取りをする中で日はやがて完全に沈む。
太陽の光が街から消失した瞬間、自我なき悪霊達がその姿を優人の目の前に現す。
暗い道の闇と共に這い出て、彼らの前に立ちはだかった。
「んっ」
零人は小バエを払うように素手の手刀の圧で悪霊を刻んでいく。
「こ、怖いよぉ」
一方、優人は鬼火で接近する悪霊を次々に燃やしていった。
「数が多いと余計に怖いよぉ」
「そんな怖がんねぇで良いだろうよ」
(とはいえ、今日は流石に集めすぎた。住宅街のど真ん中を場所に選んじまったのが悪かったな。市街地は被害も出るから戦いづれぇ)
零人は心の中で愚痴を零した。悪霊を消していく中でため息をつき、零人は首を回した。
「仕方ねぇ、もう素手しかねぇか」
零人は魔術の発動を中断し、悪霊の群れの中へと突っ込んでいった。すると零人は悪霊達に向かって近接格闘を仕掛ける。
一撃でも食らった悪霊は有無を言わさず次々に消滅していった。
亡者を殴り飛ばしながら零人は優人に追加指示を発令。
「優崎、万が一の時はお前を遠くに瞬間移動させる」
「えっ、どういうこと!?」
「俺にはいくつも制約がある。その中の一つに、『怠惰の制限』ってのがある」
零人は面倒そうに悪霊達を拳の連撃にて沈める。
「『怠惰』の能力者には、相手が弱いほどに大幅に霊力と術を制限される制限があんだ」
「えっ、それって零人君……」
「別に俺の心配ならいらねぇ。ただ俺の攻撃でお前を巻き込むかもしれねぇから、その時は遠くに飛ばすってだけのこと」
見守る優人の心配する表情は容易に想像出来たが、零人は構わずに最善手を選択した。
「ただどっちにしろ、距離は取る必要があるな。先に行って来るぞ」
それだけを言い残し、零人は攻撃を一時中断して群れの中から飛び出した。
残る霊力を霊動術の身体強化に注いでの大跳躍。蹴りを放って牽制しつつ悪霊を引き付け、飛び上がった高さにある電柱の先頭部を蹴飛ばす。
意図的に悪霊を優人から遠ざけるため、零人は塀や住宅の屋根の上を飛び跳ねながら開けた場所を求めて駆ける。
音を殺しながら屋根を蹴っての宙返り、跳び箱の要領で電柱を超え、道に着地し怒涛の勢いで疾走すると共にすれ違う悪霊を討伐。
人間離れした獣の動きで走り抜けては痕跡を可能な限り残して、時に宙を舞って自分の位置をあからさまに教えることで悪霊を釣っていく。
「霊力も回復まで時間がかかる。なら一度リセットしてからまた戦うか」
通り過ぎる度に亡者を狩っていった先で零人は十字路へ出る。
ここは零人の期待通り、彼が悪霊との近接戦闘で必要な程度の広さがあった。場所も決まり、最初に優人に釣られた悪霊のほぼ全てを引き受ける。
「さぁ、てめぇらを屠る時間だァ……」
不気味な笑顔の零人におびき寄せられた悪霊は無我夢中で飛びついていく。だが零人は次から次にやって来る悪霊の顔面に一撃づつ攻撃を当て続ける。
四方八方から襲撃をかける悪霊を物ともせず、全身に流した霊力で攻撃を続けていった。
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戦闘が継続していき、やがて悪霊は零人へと集中していった。
次第に悪霊達に囲まれ、優人から零人の姿の観測は不可能となる。
「クソっ! 始まったばっかだが、一旦優崎を飛ばして──」
零人が魔術を発動しようと思考したその時、突如零人の視界の一部が開けた。
その開けた場所では悪霊が一体も残らず消滅していく映像が零人の目に飛び込む。
同時に金属音のような甲高い音が辺りの暗闇に響いた。
「零人君!」
「っ!」
優人の叫び声が聞こえる。
彼は地に両手をつけて何かを産み出していた。焦りと驚きの入り交じった表情を浮かべながら優人は咄嗟に攻撃を繰り出している。
「こいつは……!」
それはいつの間にか零人の目の前にそびえ立っていた。
立派に育った大樹が突如として道のど真ん中に生えている。しかし、それは本当の木ではない。
宝石、それもダイヤモンドやサファイア、アメジストにルビー等、様々な宝石達が合成された樹が産み出されたのだ。
しかし大樹は何体もの悪霊を貫いた後に悪霊ごと消滅した。
消える瞬間は大樹はガラスや氷が割れて散るように消失して、なんとも幻想的で優しい光で満ちて、フッと姿を眩ませる。
「こっ、これは錬金術じゃねぇか! でも、あんなデカい樹を作んのに相当な霊力を使うってのに」
零人は優人の生み出した大樹とその解けた霊力を推察し、ある1つの未来の仮説を考察した。
(これはあくまで俺の推測だが、いずれ優崎の最大値は、俺より遥かに上回るな)
「零人君、今助けるよッ!」
優人が咆哮すると地面のアスファルトはダイヤモンドの嵐へと変化。透明な光の旋風が宵闇の中を華麗に舞う。
悪霊達は無慈悲に細かい砂塵のようなダイヤで削られ、叫びながら悶え苦しみ、一体も残らず消えていく。
だが宝石の輝きの余韻は僅かながらに残しながら静かに光り消えた。
辺りの悪霊を蹴散らした優人に嬉々とした表情で歩み寄る。
「錬金術まで使えるとはな。それも土壇場に自力で」
予想外の優人の成長と可能性を目の当たりにし、零人は胸を踊らせる。
「お前がいなきゃもう少し面倒なことになってた、ありがとな」
「ほんと、零人君に何もなくて良かった~。心配してたんだよ?」
優人は安堵の表情を浮かべて脱力するが、零人によってすぐに気合いを入れ直される。
「そんなことより次行かねぇとな」
「次?」
「こんだけ、悪霊達がこんなに群れているのはかなり不自然だ、必ず親玉が潜んでいる。そいつを倒しに行くぞ」