第5話 兄と星と少年
今日も変わらず上葉町は太陽がある内は平穏で、少しだけ強い日差しに目を細めるような陽気だった。
ある2人の少年は誰にも気づかれることなく三用中学校の屋上に立っている。
そこにいたのはいつもの優人と零人ではない。
7つの大罪の『強欲』を司る能力者、過去に2度の術士襲撃で成果を上げた白夜。
そしてもう1人も同い年の少年、整っている幼い顔立ちは優人と似ているがその黒髪と空気感は兄とはまた違う雰囲気を醸し出している。
優崎優人の実の弟、優崎凌助である。
「やっぱ兄ちゃんはイカれてんだね……結構霊能力って疲れる」
凌助は屋上の地面に錬金術を使用して木製の棘が数本ほど生成されていた。
対して白夜は三体のヴァーレを召喚して睨ませていた。猫の姿をしたその召喚獣は喉を鳴らす。
白夜は余裕のある表情で構えていたが、凌助は息を荒くし疲れ始めていた。
無理矢理笑顔を作って凌助はファイティングポーズをとる。
「いいよ、シロ君……」
「了解、それじゃいくっスよ凌助ぇ!」
白夜の言葉と同時にヴァーレ達は翼を広げて飛び立つ。1体は凌助目掛け一直線、もう2体は凌助の両脇から低空飛行で凌助に突っ込んでいった。
だが凌助はその冷静な判断力で3体の位置と来る経路を完全に見切っていた。
(角を突き上げる、角を突き上げる、角を──)
「突き上げるッ!」
凌助の体内に霊力が駆け抜け、電気が回路に走るように術が発動され、木棘はヴァーレの飛行軌道上に伸びる。
力いっぱいに動かされた棘はヴァーレ3体の腹に接触し、その一瞬で凌助の持つ除霊力で祓われる。
「おおっ!」
白夜は驚きと共に感嘆の声を上げた。
早速、凌助をどう褒め言葉をかけようかと考えていたが凌助は満身創痍な様子で地面に転がり激しく呼吸をしていた。
「はぁぁ……ひゅー、けほっ」
「おっと、霊力が……俺の霊力入れないと」
凌助がここまで満身創痍になるのは当然のことであった。優人を除いて本来は優崎家の者達には霊能力など一切ないのだ。
だが未覚醒状態とはいえ長年優人と共に生活してきたことで、優人という霊能力覚醒要因の影響で除霊力やある程度の霊能力が身についただけである。
彼らは霊管理委員会の定義の中ではC級からB級の中の下レベル、つまり一般人と変わらない部類。
さらに錬金術とはあくまで物質を変換したり素材に変えるだけの能力で委員会の能力者達も武器製造の為の術として使用している。
それほどコスパが悪く攻撃には向いていない能力なのだ。
だから凌助は本格的な霊能力の修行を行っている訳では無いので、兄の優人の異常性をイマイチ理解していないのだ。
現在は霊力を大幅に消費してしまったために、体力をかなり削られてしまっている。
「えはっ……やっぱり、兄ちゃんのレベルには全然近づけないね」
「いやいやいやいや、優人さんの場合は色々特殊過ぎるからあんまり参考にならねぇっスよ? 系統の違いっていうか……」
人に物を教えることに慣れていない白夜は少しテンパってフォローを入れる。
「凌助は正直、俺が見てきた中でもかなりの方だぜ? 除霊能力も高いしさ」
凌助が最も兄と違う所はここである。
優人は何故か除霊能力が皆無であるが凌助は除霊能力を問題なく使える。
そして特段強い訳では無いが、護身術程度に悪霊を祓う能力は明らかに培われている。
「でも本当に才能あるし、凌助も優人さんと一緒にこの夏に候補生試験受けてみるか?」
するといきなり苦しそうにしていた様子から一変し無表情になり白夜の申し出をキッパリと断った。
「あ、僕はそういうの興味ないんだ」
「そっ、即答!?」
「僕は見掛け倒しで兄ちゃんみたいに術を使ったり、弱い悪霊をあしらう程度に使えればいいんだ。あとは軽くチート技使えればそれでいいよ」
その幼い容姿からは想像できないような年相応に強欲な発言のギャップに『強欲』の能力者はたじろく。
優人と凌助の違いといて最も大きなもの、それは2人のピュアさの違いだ。
優崎家は比較的ピュアな心を持った人々ではあるのだが、皆が優人ほどピュアではない。
家族一同がピュアなように見えるが意外にもピュアなのは優人と末っ子の守だけである。
その点で言えば凌助は14歳の年に見合ってピュアさは薄れている。
「そういえば、僕あんまりシロ君の能力見た事ないんだけど〜」
「え、しょっちゅう見せてないっけ?」
「使っても移動がメインだったじゃん。なんかもっと、『ザ・能力』みたいにやってみてよ〜」
「えぇ──」
白夜は困ったような顔をしたが仕方がなく魔術を発動させる。
白夜の大罪の制限は魔術の制限がされない為、零人と違って術は日常でも普通に扱っているため自然と使用する。
魔法陣は宙に浮かび上がると紋章が強い光を放ち、陣から巨大な岩のが現れて空間を浮遊していた。
その魔法陣も岩の塊も直径は体育館よりも長かった。
「透明化の術もつけて、よしっ。俺もあんまり術は得意じゃないっスけど、最近はもう基本の術なら簡単に使えるようになったな」
「術や魔法陣とか……なんで兄ちゃんやシロ君が楽に使えるのかが謎だわ」
これまた正論である、白夜と優人は術を感覚的に扱っているが普通に霊能力の修行を積むものにとっては勉強や何度も研鑽を重ねる必要があるのだ。
三用中学校の校舎よりも大きな岩石は2人の頭上20メートル上にゆっくりと動いて行く。良い位置へ配置すると白夜は拳を硬く握り締める。脚を動かさぬように踏ん張り、拳を当てる位置を目見当で探る。
(振動は広がるように細かい波で──)
『強欲』の能力者に使用を許された大罪の能力、振動で万物を破壊する『凶星』が発動準備に入り、白夜は己の拳に能力を纏わせる。
「がらあァァッ!」
拳そのものは空に向かって軽く突き出される程度の威力であったが、拳から放たれた『凶星』の振動は鋼鉄をも砕く破壊力で放たれた。
振動が岩石に到達し、内部へ伝わっていくと振動は細かくなり拡散される。
轟音とともに岩は砂粒程度の大きさへ粉微塵にされ、砕け散り風に乗って飛ばされていった。
凌助はその一部始終を目撃したが、口をポカンと開けて唖然としていた。そして小さな声で呟いた。
「……パスで」
あまりの力の強さで凌助は血の気が全て去った顔で空を見上げていた。
霊管理委員会という組織や能力者の規格を理解しきっていない凌助にもこれには納得した。
目の前にいる友人は世界最強の7人の1人であり、人類の大罪の名を背負っている豪傑の戦士であるということを。
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2人はこの日は暗くなるまで学校の屋上にいた。霊能力のことだけではなく、ただ談笑したりスマホで動画を見たりゲームをしたりと普通に友人同士で楽しんでいたのだ。
「もうそろ上がるッスか? 暗いし」
「そだね、今日はありがとうシロ君」
──その時、ふと凌助は空を見上げた。
「あ、アルタイルだ」
いつにも増してこの日は、夜空は星々で彩られていた。
雲など遮るものは一切なく、星達はその真の輝きを天盤に映していた。
夏の大三角形が学校の真正面に見事に浮かんでいた。
「今日はなんか星が──凌助?」
「わぁ──」
凌助は年齢が逆行し無邪気な子供に戻ったように目を丸くして夜空を見ていた。
「──僕ね、絶景とか綺麗な風景が好きなんだ」
そう言うとまた笑顔で空を見始めた。
(うん知ってるよ。昔から、凌助は風景画や夜空をよく見てたもんな)
「でもやっぱり、兄弟で似てるな……」
星に心を奪われている凌助を横に、白夜も一緒になって空を見上げる。
星を見ている時、白夜は凌助と繋がっているような気がした。これでも2人は腐れ縁のようなものなのだが、白夜が上葉町に戻ってきた時に忘れていた何かを思い出したような気がした。
家族と友人の温もりを同時に感じているような、少し変な気分であった。
(──あなた達もこんな感じなんですか? 零人さん、優人さん……)
2人の少年達はその時は時間なんて忘れて、夜空に煌めく美しい星々をひたすら眺めていた。
輝いている星の中でも、わし座とはくちょう座の星達は特に綺麗に光っていた。





