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第2話 男の華麗なる1日

 その男は目覚ましの音と眩しい朝日によって起こされた。

 枕元で鳴るうるさいアラームを消すと、彼はベッドの上でゆっくりと上体を起こしあくびをしながら目を擦った。


「くっ──ふあぁぁ……寝みぃ」


 今回のこの話の主人公は除霊のできない霊能力者の優人でも、魔物相手に完全無双する零人でもない──



「さて……起きるか」


 不幸の象徴こと、飯塚政樹の1日の物語である。



 まず始めに彼を一言で言うとすれば──霊能力者である。


 とは言っても彼の霊力自体は一般人と何ら変わらない程の量である。

 そのため優人達のような術を使うことは出来ず、簡単な除霊すら満足にできない。

 霊能力や強い悪霊を視認できる程度のレベルで一般人と同じ部類に入る男だ。


 そんな彼にはとある守護霊が憑いてる。

 零人曰く、それは茶碗の姿をした神。それもどうやら不幸を呼び込むような一種の厄病神とのこと。

 彼はこの疫病神と不幸体質のせいで日頃から様々な不運な目に会うことが多い、なんとも悲しい運命を背負った男なのだ。


 今日はそんな彼の日常を覗く───


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 政樹の朝は常に早い。特に何の予定がない日でも彼は朝は5時に起床する。

 起床直後、彼は軽くストレッチをして体をほぐしながら温める。

 テレビでやっていたこのストレッチで寝ている間に固まった体を復活させているのだ。


「いででで……くぅ〜、背中痛いなー」


 一通りストレッチを行うと自分の部屋を出て政樹はリビングに行き、ポットのお湯を自分のカップに注いでインスタントのブラックコーヒーを作る。


 彼の両親は共働きなので、彼はこの家でいつも1人きりの静寂を満喫している。


 注いだばかりのコーヒーをゆっくり啜り、スマホでネットニュースを確認して一息する。


「特に変わり映えなし……だな」


 自宅での平凡で静かな時間を政樹は楽しんだ。だがずっとのんびりしている訳でもなく彼はサッと着替えを済ませ、外出の支度を済ませる。


 ショルダーバッグの中へ財布とスマホにポケットティッシュを入れて荷物をまとめ、歯磨きや寝ぐせ直しで身支度を整える。


「うっし、じゃあ行きますか」



 全てが完了すると政樹は玄関の扉を開け、軽くジョギングしながら目的地へ向かう。

 イヤホンを片耳に装着してミーチューブの音楽リストをかけ、鼻歌交じりに走り出す。


「んっん〜んっんっん〜♪」



 ──ジョギングで向かうこと十数分後、音楽が3つほど再生し終わると同時に政樹はその場所に到着した。

 政樹の最初の目的地は商店街にある1つのパン屋だった。

 店の前に立ち、中から香ってくるパンの匂いを感じていた。


 政樹のお目当てはこの上葉町で1番の人気店、KITAMURA。ここの看板メニューの1つであるメロンパンを買いに来たのだ。

 政樹はここのメロンパンが大好きなので朝飯もろくに取らずここまで足を運んだ。


「この時間なら焼きたてだろう」



 店の引き扉を開け、喫茶店などにあるベルのようなものが鳴るとここでバイトをする零人が挨拶をした。


「いらっしゃいませー」


「あ、零人。朝からバイトお疲れ」


「政樹か、サンキューな」


 政樹は軽い会話をするとすぐ、手前の棚に置いてあったメロンパンを自分のトレーに乗せる。

 黄金色に焼けたメロンパンを眺めながらトレーをレジの上に丁寧に出し、そのまま素早く代金をトレーに置いて支払った。



「まいど、代金もちょうどだな」


「へいありがとう」


 政樹は受け取るとスマートにメロンパンを片手に持ち、1口齧りながらドヤ顔で店を出た。


「ありがとうございましたー」


(今日の政樹は上機嫌だな……)


 その後、商店街を出て10分経つ頃にはもう政樹は手に持ったメロンパンを完食していた。



 ──政樹の今日の予定は忙しい、次の目的地を目指しスタスタと歩みを進める。


 政樹がメロンパンを食べている間に彼は魔獣のようなものが住宅の上を飛んでいるのを発見したが、厄介事に巻き込まれまいと全力でスルーした。



 そしてあっという間に次なる目的地にである本屋へと政樹は到着した。


 この本屋は政樹にとってのパラダイス、もしくはユートピアと言うに値する楽園なのである。


 店内は空調、WiFiあり。政樹の好きな漫画類は今どき珍しくラッピングがされていないため立ち読みが可能。

 店内には食べ物も売っているため昼もここで過ごすことができる贅沢空間。


 夏の間は週一で政樹はここにやって来る。この本屋は彼にとってのヒーリングスポット。本は彼を飽きさせることはない。

 しかし政樹の真の目的は本ではなく別の物にある───


「待ってたぜ、飯塚」


「待たせたな、早速始めようか」


 政樹に声をかけたのは中学2年生の男子。

 そしてその彼の後ろを取り巻いているのは小学生から中学生ぐらいの子供か10人ほど。ドヤ顔で待っていた少年たちはスマホを握って政樹の到着を待っていた。


「いいぜ、この街1のスナランの実力を見せてやる」



 彼らは週末になると大人気スマホゲーム『スナイピング・オブ・ラン』の決闘を政樹に申し込んでいるのだ。

 政樹は優人と零人を除けば、何気にスナランの実力では上葉高校の中で1番を誇っているのだ。


(あの2人には死んでも言えないけどな)



 政樹は少年たちに誘導され、テーブルと椅子のある飲食コーナーへ赴く。


「ふぅ……」


 政樹は椅子に着くとスマホの電源を入れ、スナランのアイコンをタップして起動する。

 政樹と少年は真剣な表情で互いを見つめながらゲームの開始を宣言する。



「「始めよう……狙撃のゲームをッ!!」」


 戦いの火蓋は切られ、彼らを見ていた女性店員の冷ややかな視線の元でバトルは繰り広げられる。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 少年達とのバトルに熱中していた政樹は時間なんて忘れ遊び呆けていたため、帰宅する頃にはすっかりと空は赤く染まりカラスが夕焼けに向かって飛んでいる。


「ひゅう……今日も随分と遊んだなぁ」


 政樹は空を見上げながら満足げな表情で鼻から一気に息を吐く。

 早く家に帰ろうと歩き出した時、どこからか優人の声が聞こえてくる。



「あれぇ? 政樹くん、やっほー!」


「ん……んん!? 優人っ!」


 上を見上げると優人が民家の屋根の上から政樹に向かって手を振っていた。

 そして政樹が昼間に目撃した魔獣を金属のような錬金術の物質で串刺しにしていた。

 政樹は優人が無邪気な顔で手を振っている姿に軽い恐怖を感じた。


「怖ぇな。なんかお前と、それ……やっぱ何でもない」


 優人は「魔獣を倒した」という印象だったため串刺しという惨い状況になっているとナチュラルに気がついていなかったが、政樹を含める一般人目線からすると相当サイコでカオスな状況であった。


「と、とりあえずお疲れ」


「ありがとう! それじゃあ政樹君じゃあねっ」


 優人は挨拶を終えると錬金術で即座にスケートボードのような板を生成し、空中をエンジン代わりに鬼火とポルターガイストを使用して住宅街の向こうへと飛んでいった。


『────ォォォ』


 優人が飛んでいった方角からは獣の痛烈な叫びが聞こえた気がした。



「やっぱ、レベルが異次元だ……」


 優人のヤバさを再確認した所で政樹は自宅へと戻った。



 ──帰宅した後政樹はリビングでカップラーメンを食べて夕食を済ませ、自室に篭もりスナランのレベル上げに興じた。

 レベル上げを終えたらその後はひたすらネットサーフィン。そんなこんなでまったりとしていると時間は既に5時間が経過していた。


 さらに自分のスマホの充電が2パーセントになった事に気が付き、充電器をスマホに差し込んでベッドに潜る。

 時間も良い頃なので政樹は目を閉じ眠りにつこうと試みる。



 こうして飯塚政樹の優雅な1日は終わりを告げる。

 こんなにのんびりまったりと楽しめた1日の最後に政樹はふと思う事があった。



(──あれ? 俺……完全にボッチじゃね?)


 クラスメイトとは軽い挨拶程度のやり取りしかせず、半日ずっと相手をしていたのは年下の小中学生。

 優人と零人以外の同級生とは今まで通り校外で一切の関わりがない。


 ──要約すれば彼は実質的なボッチなのである。



 学校では集団という背景の中に紛れているため彼自身、実感が湧いていなかったが夏休みに入ってようやく政樹は自分がボッチ系であったということを思い出す。



 落胆し深いため息をつくと政樹はボソリと泣き言のように呟いた。


「──今度、優人とか遊びに誘ってみようかな」


 彼の真の不幸とはそこまで親しいと思える友人がいなかったことかもしれない。

というボッチ系のホラー番外編でした☆

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