第5話 日常の魔術
「おはよー零人君っ」
「あれからヴァーレは使えてるか?」
「うんっ! しっぽが蛇で体が山羊のライオンちゃんも喚べたー」
「キマイラとの同時召喚も問題なしか。術の練習も霊力回路の循環も順調そうで何よりだ」
零人の転校初日から一週間が経過し、二人はすっかり友人として打ち解けていた。師弟関係と優人の成長も良好、彼らの仲は着々と深まっていた。
「すまねぇが、次の授業は何だっけか?」
「次はサッカーだよ」
「そうか。それなら丁度使える魔術があんだ、ついでに教えてやる」
「はい、せんせー!」
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体育の授業で優人達はグラウンドへ集まった。
サッカーゴール前で四人一組のチームを作り、その内の一人がキーパーというパスとシュートを合わせた練習が最初に設定される。
決められた班は異なっていたが、目立たない場所で零人の魔術指導が開始だ。
「教えんのは『霊動術』って魔術だ。俺が既存の術を改良した身体強化系魔術」
「れいどう、じゅつ?」
「霊力を肉体に流して身体能力を向上させる。次第に体外の霊力を操作した霊念力による外部強化も習得出来る」
「すっごい! 覚えたいな〜」
「召喚術みてぇに霊力を流すイメージをしっかり持てばやれる。それを踏まえて行ってこい」
簡易的に説明を済ませた零人は順番の来た優人を送り出す。優人はゴール前に集まる班員の元へと走っていった。
「身体能力なんてのは後からでも変えられるが、初期ステータスは把握しねぇとな」
零人は興味津々で優人の観察を試みる。間もなくして優人達の練習が始まった。
開始直後、ボールを持っていた班員が早々にパスを優人へ。
「へい優人っ! って、あ……」
味方のパスは失敗し、速度の付いたボールが顔面へと向かっていった。しかし優人は涼し気な表情でボールを捉え、
「ほいっと、ありがとう」
優人は自分の顔目掛けて飛んできたボールの勢いを即座に跳躍して胸でキャッチした。
まだ滞空している間に優人はボールを蹴り、もう一人の味方にパスを送る。
「ナイスパスッ」
味方が声を掛けた直後、班員はボールをゴールポストより高くまで蹴りあげた。
「優人、決めろっ」
次の瞬間、優人は数歩ほど助走をつけて大きく跳び上がる。まだボールがゴールポストの上にある中、優人は半身を縦に回転させ、オーバーヘッドキックを叩き込んだ。
ボールは見事にゴールへ入り、優人はその場で着地。そのシュートを周囲の生徒達にも絶賛されながら、優人は零人の元へ戻った。
「えへへ〜。ゴール決まったよ」
「通常の身体能力であそこまで出来んのは驚いたわ。お前、結構運動神経は良いんだな」
零人が素直に優人を賞賛していると、優人のチームメイト達が突然零人の目の前に現れ、何故か彼らが自慢げに優人について語り始めた。
「どうやら真神は優人の凄さを知らないようでっせ?」
「いつも恒例の、アレを聞かせましょうよ」
零人が聞かされた優人の話はさながらスポーツ漫画の武勇伝のようであった。
優人はスポーツ経験や変わった運動トレーニングを行ったことは無い。天性の身体機能の持ち主であったようだ。
彼は学校内での体力テスト等では小さい頃から功績を残し続けていた。
一時期はオリンピック選手としてスカウトされた経験もあったが、優人はスポーツへの関心が高くなかったことによりことごとくスカウトを拒否。
そして現在、高校では部活動に無所属という免罪符の元で大会の助っ人として優人は運動部に引っばりだこだそうだ。
「なるほど、つまりはゴリラか」
「ゴリラは酷いよぉ! それより、零人君の番だよね?」
「あ、そうか。じゃあ行ってくるわ」
すれ違い様、引きつった笑みを見せて去る零人に優人は首を傾けた。
程なくして零人達のシュート練習が始まった。チームメイトは優しいボールを零人に渡す。
「はいパスっ」
比較的遅いボールが零人の足元に送られた。零人は味方にパスを出そうと足を出したが、ボールの軌道から外れて見事な空振り。
「ぐっ、あおわっ!?」
当たらなかった強い蹴りのせいで零人はよろけて足が覚束なくなる。ボールは零人を通り過ぎて転がっていく。
「わっつ、つ……んがぁ!」
ボールを取りに行こうとしたその時、零人はボールを脚で強く踏みつけて後ろにひっくり返った。
「わあ零人君! 大丈夫!?」
しかし悲劇は続いた。零人が踏み抜いた反動でボールが転がり、零人の背面にボールが到着する。
転んだ勢いと転がったボールが最悪の相性を生み出し、零人の腰は異様な曲がり方となった。
痛みで零人は打ち上がった魚のように跳ね、ボールが彼の頸部へと追い討ちをかける。
その直後、グキッという痛々し音と共に青年の断末魔がグラウンドに響き渡った。
「あがああぁぁぁ!」
「わわっ……れっ、零人君ー!」
優人は零人の今の惨劇を見て慌てて近づいた。
「これだから嫌なんだ……」
優人が近寄った途端、膝を着いて零人は別人のよう泣き言を吐く。
「体力や身体機能に問題はねぇんだ。でも球技は必要がなかったからやったことねぇんだよ。タイミングとか分かんねぇし、壊す訳でもないから扱いづらい……」
零人は人一倍の身体能力はあるものの、経験不足による極度のスポーツ音痴だった。
霊能力者として生きてきた零人は球技のような微妙な力のコントロールが非常に不得手なのだ。魔術でも使わない限りは球技など零人には無理難題である。
「零人ってサッカーできないのか」
「少し意外だな」
「え、マジか」
周りからの声は零人に過剰なストレスと屈辱を与え、彼の精神はメンタルブレイクを起こした。
プライドの瓦解した零人は立ち上がると優人に宣戦布告する。
「優崎、今から俺と、この後のゲーム戦で勝負しろ……」
直後、零人は優人の脳内に直接声を届けた。俗に言うテレパシーを使用して零人は優人に私情丸出しの内容を送り付ける。
『霊動術を使用しての対決だ。直接攻撃は互いにしない、修行だと思って戦え』
優人は豹変した零人の圧に戸惑っていたが、周りも調子に乗って二人を持ち上げ、両者の対決のお膳立てを始めた。
「なんでこんなことにぃ〜」
クラスメイト達の連携であっという間に準備がなされ、体育教師もノリに乗って優人班と零人班の戦争が勃発。
「それではこのチームでのサッカー対決、始めっ!」
体育教師の開始のホイッスルの音でゲームが開幕する。
「うらあぁ!!」
開始早々、零人は中央からボールを蹴り飛ばした。そのボールは地面の付近を低空飛行しながらゴール目掛け一直線に飛んで行く。
「うおっ! どうした真神、急に」
「あんな風に飛ぶボール、初めて見たぞ!!」
強烈なシュート、その正体が優人にだけは分かっていた。零人の肉体から凄まじい霊力が放たれている。
彼の限界まで引き上げた霊力と霊動術の影響であの蹴りを実現させていた。
そんなインチキなど知らない周囲の生徒は先ほどと見違える零人のシュートに湧き上がる。
(悪いな優崎、ついムキになっちまった。だがすまねぇ、流石にあのまま醜態を晒すのは──)
「えいっ!」
「なっ、いつの間に」
ゴールの目の前で零人のボールは防がれた。
シュートが撃たれた際は、中央にいた優人は一気に走ってゴールを間一髪で死守。それも霊動術を使わずして。
「いいぞ優人ぉ!」
「いけぇ天才少年!!」
声援が巻き起こる中、零人はニヤリと笑って優人を一点に見つめる。
「悪いが、今出せる本気は出させてもらう!」
「うん、なら僕も頑張るよっ!」
超人的な身体能力を持った二人によるタイマン同然の試合は二十分も繰り広げられた。
零人はポルターガイストの混じった霊動術で軌道を操りながらボールを操作し、優人は身体強化に力を振っての応戦。
一進一退の攻防の末、決着の時が訪れる。
「はァ、最後だあぁっ!!」
零人の霊力は収束され、地面ごと抉る凶悪な蹴りが炸裂した。
ボールは山なりの奇跡を描き、人の脚力では届かない軌道を通ってゴールへと向かっていく。
誰もがゴールを確信していた。しかし優人が諦めることはなかった。
「間に合ってッ!」
この短時間の間で酷使した優人の霊動術は驚異的な進化を見せていた。既に初歩的なポルターガイストも習得し、優人の身体能力は完全に人の領域から外れる。
風切り音と共に砂埃が舞った。優人は最大出力の霊力を脚に込め、身を何回転にもよじりながら空高くまで跳び上がる。
校舎三階ほどの高さまで上がったボールに優人は足を伸ばす。そして最後の力を振り絞って蹴り返した。
霊動術で強化されたシュートは迅雷の如く突き抜け、零人側のゴールネットへと吸い込まれた。
「や、やったあ! 成功だぁ」
ついに手に入れた勝利と魔術の会得に優人は歓喜する。よろけながら着地したのも束の間、優人は押し寄せるクラスメイト達の中に呑み込まれた。
『うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
激戦の末に奇跡の勝利を収めた優人を生徒達は胴上げして讃えた。優人は疲労困憊している中で、楽しそうに笑っている。
「わぁ、あははー」
優人は英雄のように賞賛され、その場に居合わせた者達と喜びを分かち合う。しかしその様子を影で零人は一人、硬直して絶句していた。
「ま、じ、か……」
零人は驚きとショックのあまりに硬直していた。自身の敗北の事実、それに伴う悔しさは多少なりともある。しかし零人はそれ以上に感動と興奮を覚えていた。
「これが、優崎優人。コイツは、もしかしたら本当に──」
零人は優人に対しての謎の感情と湧き上がる正体不明の喜びに震えていた。
今回から一気に雰囲気変わりましたが、これから
こういう話を多く書いていこうと思っています。