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第15話 新川白夜

 ────それは今から約7年前のことだ。


 1人の少年。後の白夜は、両親から酷い虐待を受けていた。


 彼は酒と薬の中毒者の父親と常に男で遊ぶ母親の間に生まれて来た。普段彼は愛情を与えられずに育ち、風呂や洗濯もしてもらえないどころかロクに飯も食べられず栄養失調で死にかけていた。

 これは彼が齢7歳の時のことだった。


 その時に彼は本来、年齢的に読めるはずである字を読めないどころか……自分の名前すらも忘れていた。


 来る日も来る日も空腹と暴力に耐えることの繰り返し、少年の中に希望の二文字は存在しなかった。そもそも、もしかすると彼は「希望」の意味すら知らなかったのかもしれない。


(痛い、お腹空いた……痛い)


 子供が経験すべきでない、人としてあってはならない程の苦痛を彼は幼少期に受けていた。笑うことも泣くこともできず、人形のようにじっとして耐えるだけの地獄。


 少年は本能的に刻まれた記憶で死という安楽を知ることとなった。それから彼は次第に『もう死んでしまいたい』と思っていた。



 しかしそんなある日のこと、地獄の日々に終止符が打たれたのだ。

 数人の男達と青い制服の男達が家にいた両親を取り押さえて連行し、そのまま少年を引き取ったのだ。

 そして彼はその時にある男に声をかけられた。


「坊主、今まで大変だったな……でも安心しろ。もう心配ねぇ」


 その男の名前は、優崎仁。

 彼はヤクザの組長である。しかしその男は少年に久しく、もしくは初めて彼に真の愛情を教えた男だった。


「安心しろ」


 その言葉だけで少年は全て救われた気がした。訳が分からなかったが、その時彼は人生で1番泣いた。男の厚く温かい胸の中で力いっぱい泣いた。


 ──そしてその後、彼は仁の組の参謀である新川という男の養子となった。

 新川夫婦には子供がいなかった為、少年が2人に会った時夫婦は泣いて喜んだのだという。

 夫婦は彼が初めて会った瞬間に心が通いあったそうで、少年にとっては家族の愛情に触れた瞬間としてその記憶も鮮明に残っている。


 そしてある日、仁と少年の新たな父は少年の名前を考えていた。


「名前は何にすればいいと思う?」


「そうですね……では白夜というのはどうでしょう? この子には沈まない太陽のように人生の輝きが消えないをという意を込めて──」



 ──こうして彼、新川白夜は生まれた。


 そしてもう1人、彼の運命を変えた人物がいた。仁が1人で白夜が遊んでいた時に白夜より1つ上の少女を連れてきたのだ。

 白夜は歳の近い子供と会うのは初めてで内心は怯えていたが、その少女はそんな白夜に優しく声をかけたのだ。


「きみ……名前は?」


「ぼ、僕は白夜だよ」

 

「白夜ぁ? ……って、漢字で書くと白い夜だよねお父さん?」


「──じゃあ、シロって呼ぶね! よろしくシロ!!」



「──っ」


 その時の少女の笑顔が彼の人生と夢の全てを作り上げたのだ。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 術士は白夜が合金で造られた箱を大爆発で跡形もなく消し去ったのを見て動揺していた。

 優人達もこの現状が理解できず、ただ傍観していたと同時に安堵感で2人とも腰が抜けた。


「なぜあれが破壊できたのですか!? あれはあなたの能力では──」


「能力で直接壊したんじゃあねぇよ」


「何っ! まさか何かしらの魔術で……」


「──俺の能力は物を振動させる能力だ。俺の普段の攻撃は空気中の分子や原子を振動させて攻撃をしてる……その原理を応用しただけ。

 零人さんが教えてくれたんだよ、原子のさらに奥にある原子核をくっつけると膨大なエネルギーが生まれるってよぉ」


 その現象は原理的、理屈的にいえば非常に単純な仕組みである。

 しかし実際に発生させるにはその現象は発生段階でさえ膨大な熱エネルギーを必要とする。


 だが白夜の凶星という物理法則外の能力で物理法則を動かしたが為に起こすことが叶った。


 それは太陽が途切れることなく起こしている現象と同じであった。



「かかかっ、核融合反応!? もしやあの爆発は、空気中の……あの箱の中の空気にわずかに含まれていた水素を核融合させ、太陽と同じ原理で爆発させたのかっ!」


「あー悪いな……さっきは零人さんの説明を丸々言っただけで、正直難しいことは俺には分からねぇんだ」


「そんな、そんなそんなそんなそんなそんなァァァ! 凶星の操作規模は原子、原子核にまで到達していたのか……しかし、なら貴様はどうして生きているのだ!? あれだけの爆発、そして今までそれほどの精密動作を行っていなかったことから、お前は核融合で精一杯だったはず! なのに────」



「何を言ってんのか全部はわかんねぇっスけど……この技の正体はコイツの仕業ッスよ」


 白夜は首を左に傾ける。すると背後には1つの黄金色の球体が浮かんでいた。その浮遊球体はゆっくりと白夜の前に移動してくる。


「俺の大罪『強欲』の悪魔────プロメテウスだ」


 それは他の大罪の悪魔とは異なり、生き物の姿ではない悪魔であった。悪魔と言えどもその姿は異質、異様としか言い表しようのない存在である。

 だが同時に黄金に輝きを放つソレは神を思わせるような神々しさも内在している。


 白夜はゆっくりと歩み寄って術士の方へと距離を縮めていく。プロメテウスは白夜の横を平行移動して浮遊して接近する。



「なっ、何を……無駄ですよ! その結界は人の霊力に反応して反発します。こちらへは来られませんよぉ!!」


 だが忠告を受けても一行に白夜の歩くスピードは変わらない。だがわずかに白夜よりも前方へと前に出た。


「俺のプロメテウスが止まることは決してない、なぜなら───」



 結界は問題なく設置されていたがプロメテウスが結界に触れたその時、魔法陣の接触部は火花を散らして削られていった。


 結界の魔法陣が宙に刻まれていることなど、まるで元からなかったようにプロメテウスは衝突し、止まることなく前進していったのだ。



 その一部が欠損したことで魔法陣は破壊され、強制的に解除される。

 そして破壊された魔法陣から感染するように他の魔法陣までも次々に術が光を発して消えていく。



「なぁぁぁ!? ななな、んなぁぜぇぇぇぇぇぇ、結界は破壊はおろか接触すら──」



「プロメテウスは永遠に回転し続ける1つの()()()の悪魔だ。実体化させることでプロメテウスは誰にも止められない最強兵器になるんだ」


「わくっ……せい。霊体の惑星による回転など、理を超えた方法で魔法陣と物質を突破するとは──恐ろしい、おぞましい、排すべし! すぐにでもあなたを殺さなくては──」


「もう遅いな……ご愁傷さま」



「なっ、なに────ッ!!」


 術士は今、自分の体を自由に動かせられない事に気が付いた。


 異変に気がついた時にはとっくに手遅れ、男の下半身から下は凍ってしまってその場所に固定されてしまっているのだから。


「な、何が起きて……こんなことに」


「俺の凶星は、正確に言えば"振動を操る”能力だ。だから振動を強制停止させることも可能、今のお前の周辺空気は完全に分子の活動を停止している」


 先程まで不気味な笑顔をしていたその顔は既に恐怖によって表情を上書きされている。白夜は


「体は直接攻撃してねぇ、あくまで拘束技だ。トドメを刺す直前、死の前にわずかに訪れる死神達が与える()()()()()──死神達から(グリムリーパーズ)の安息(レクイエム)


「くうっ! ダメだ、動くと体が千切れそうだ……こんなものでぇ!!」


 男は何とか身をよじって逃走を計るがもう既に白夜は攻撃の射程範囲内まで詰め寄った。白夜は1度足を止めた、それは男への最後の審判の宣告である。



「お前を委員会からの命の為──この『強欲』の大罪、新川白夜の名においてお前を地獄へ送る」



 死刑宣告を言い渡したその瞬間、白夜の体が太陽の如く発光を始めていた。そしてその胸に小さな紅い魔法陣が浮かび上がり、白夜の周りを螺旋階段のように巻き上がる風が吹いた。


 世界をも終わらせるその力が解放される、それは7つの大罪の能力においての極地であり到達点。


「──いや、まだ俺は『通過点』だ。到達点には辿り着いてねぇ」



「ぐっ、ううぅぅがァァァァァァァァ!!」



「俺のワールドエンドでお前を裁く」



 宙に浮かんでいたプロメテウスは白夜の胸の魔法陣から白夜の魂の内側へと入り込み、放たれる光はより一層眩い光と化す。


 光は目を突く黄金の光、そのあまりの眩さにその場にいた白夜以外の全員は手で顔を覆った。



「ぅぅ──し、シロ?」


「シロ君それ……」


「あぁぁ、まさか……本当に! 強欲の力を掌握するなんて──」



 ──光がようやく収まり、3人は白夜を見つめた。

 白夜を見た瞬間に優人は理解した、勝利は今この一瞬で確定したのだと。

 男は絶望した、これから自分は殺されるのだと。



 白夜は7つの大罪の能力の極意──ワールドエンド状態へと進化し、その魂からは空気が震えるほどに濃く多量の霊力が溢れ出していた。



「…………不思議だな、こういう時の方が冷静でいられるんだからよ」


 白夜のその身には黒いタキシードのようなスーツを纏って、背中には巨大な天使を模したような光の輪が彼の背後で浮遊している。

 紅い色であった大魔の篭手はプロメテウスと同系統の純金のような輝きを発って白夜の拳に装備されていた。


 覚醒し圧倒的な力を手にした白夜を目の当たりにした男はやかましく命乞いをするが……


「お、お願いです! 命は──」



「お前に与える慈悲は何処にもない!!」



 白夜の怒り、そして正義感は男を完全に排除することを決定した。


 腕を大きく振り、黄金の右拳を思うがまま……心の叫ぶがままに男の腹に叩き込む。

 喉が裂けるような雄叫びを上げながら猛獣のように男へ食らいつく。




「うおおぉぉらがァァァッ!!」


 大魔の篭手が一瞬煌めくと凶星が発動され、優人達さえも吹き飛ばされそうな突風が吹き荒れた。

 拳は真っ直ぐ男の腹を目掛けて伸びていくが、奴が幾重にも描いた魔法陣によって攻撃を阻まれる。


(魔法陣が奴の拳を捉えた! こうなれば私の勝利ですねぇ……あぁ、危なかった。だがもうこれで恐れることは──)


 しかし男の手にした現実逃避と変わらぬ希望は霊力がガラスのような立てて砕ける音に消し去られた



「ハッ────」


 それは魔法陣が1つ砕けた音であった。

 特に強化されていた術がガラス細工のように粉々に散りながら消滅していく。その魔法陣を破壊した者の正体は──



「こっ、これは! 先程のプロメテウスっ!?」


 それは白夜の拳の周りをプロメテウスは螺旋状に回転していた。


 先程に比べてその体積は小さくなったが、それに比例してその動きは遥かに加速していた。


 プロメテウスの永久回転に加えて本体そのものが螺旋状に回転することで何重にも張られた魔法陣を飴細工のように容易く突破していく。


 そして白夜の拳も当然止まることなどせず進撃し、ついに術の層を破壊して結界を割り、拳は男の腹へと到達していた。

 醜悪な人間の悲鳴が煩いほどに空間内で木霊する。



「がはぁっ!? ぐっぐぅぅ……アアァァ、アゥアウアァァァァァァァァァア!!」



 拳が肉に触れると沈むようにめり込んでいく。


 その大魔の篭手をはめ込んだ拳は細かく大きく振動を繰り返すことで無限の破壊力が生まれ、プロメテウスの超回転による攻撃は霊力をこそげ取った。


 分子レベルで振動することによる熱とプロメテウスの回転による摩擦熱で男の体が熱した鉄のように赤く染まっていく。


 その体の肉や血はそのあまりの高温により蒸発し、燃えカスが塵のように消える。

 そのスピードは残酷なほど凄まじく、神経が崩壊するスピードを上回っていた。


 男は自分の体の崩壊という映像と地獄のような痛みに襲われ、断末魔を上げることすらもできなかった。

 声帯も破壊されて声もろくに出せず振動音が響き渡るだけ。


「アァ────」



 激痛、衝撃、物理法則と霊能力の合わさった曖昧で耐え難いほどの攻撃に男の意識は遂に途切れる。


 トドメの一撃として白夜は最後の雄叫びの代わりにこの技の名を叫ぶ。


(これで完全に貴方から授かりましたよ、零人さん……)



「カオス・デスティネーション!!」


 白夜のその技名が叫ばれると共に周囲は光に包まれながら霊力も何もかも吹き飛んでいった。


 我らのヒーローは力に取り憑かれた哀れで醜い化け物を地獄へと落としたのだった。

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