第14話 障壁
優人達の後ろにはもう怒り心頭で限界に近い白夜が歩いて近づいてきていた。
その拳には紅色に染まった大魔の篭手を装備され、拳先からは蒸気が上がっている。
「お前か、沙耶香さんを誘拐したのは」
男は目当てだった少年が目の前に現れたことへの喜びを隠せず、気持ちの悪い笑顔で答えた。笑いを堪えきれないまま話を始める姿はとても気味が悪かった。
「誘拐なんて……ただ一時的に人質になって頂いただけのこと。あなたが無事にきて頂けたので何の問題もありませんよぉ? 手も術も出しておりませんし、怯えさせてしまったのは申し訳ありませんでしたが」
すると白夜は一気にいつもの垢抜けたような様子となってケロっした。拍子抜けしたように目を開いて頭の後ろを掻き始める。
「そっか、沙耶香さんはなんともないのか。じゃあ別にいいや」
「はぁいその通りで──」
「──とでも言うと思ったか、このクズが!!」
表情はコンマ1秒で変化して白夜は目を全開に開く。拳で殴るような動作とともに『凶星』を発動させ、衝撃波のパンチを術士向けて放つ。音の速度と変わらないスピードで男の胸目掛けて打撃が飛んだ。
「はっ!?」
「どうかしまぁしたかぁん? 傷1つない健康体ですがぁ」
何故か術士には攻撃が効いていなかった。それどころか奴の周囲も何も変化がない。
あまりにもそれは不自然である、白夜の持つ『強欲』の能力の凶星は霊力も物質をも破壊する力がある。確かに凶星が発動した痕跡も空気が震えたのを確認させるような振動もある。
しかし何もダメージがない。
「ク、フフフ、あはは、ははははは、ははははああぁぁぁ!!」
男は狂ったように腹を抱えて嗤う。両腕を大きく広げ、目や口といった顔中の穴を開け放って恍惚とした様子で叫ぶ。
「やはり、私の見立ては間違っていなかった!」
「あれは、もしかして結界!?」
「あなたの『凶星』は強い、これは確かです──しかし単純なのですよ、ただの破壊能力は。私の結界は少々工夫を施しているので、その手の能力は聞きません」
男の周りに次々と魔法陣が浮かび上がってくる。その魔法陣は何重にも連なっており、紋章もバラバラで複雑に構成されている。
「転送術は1度に転送させられる量に限界があります。それを幾重にも構築すれば単純な凶星の能力は封殺が可能です──」
術士が話している中、この攻撃の一瞬の隙に優人は沙耶香へ覚えたてのテレパシーを送る。
『行こうさやちゃん!』
「え?」
敵が白夜に集中していることを利用し、沙耶香を連れて逃げようと優人は試みた。だがしかし逃走は叶わなかった。
「返すと言っておいて申し訳ないのですが──あなた方はまだ帰しませんよ?」
2人は突然現れた檻に再び閉じ込められた。優人は幻想刀で檻を攻撃してみたものの、まだ複雑に重なった術は解除出来ずに刀が弾かれて消滅した。
「……シロ君!」
優人は呪錬拳で檻に仕込まれた結界そのものを破壊しようとしたが、それも無意味であった。呪錬拳の霊力すらも分散され攻撃が完全に無効化されてしまう。
「さて、赤髪の君……あなたの能力は物質にも作用する、でも所詮は霊能力──限度があるはずでは?」
「へっ、生憎これまで破壊できなかった物はねぇな」
「ならば──これはどうですかぁ!」
「シロ君!?」
「っ! シロぉぉ!!」
突然、白夜の姿は消えて彼のいた場所には黒い巨大な箱があった。出現すると同時にその箱からは鈍い音が聞こえてくる。
「この箱は特殊な合金で造られた箱……耐振性能に優れており、兄の式神から知ったあなたの振動のデータから算出した振動の最大値にも耐えうる上回る合金を用意させて頂いました──おっと、そういえば聞こえていませんよね? ははっ、失礼失礼」
「シロ……」
「さぁ、これであなたを殺して私は異世界の神となるのです」
「──お願い、シロ! 何がなんでもそこから逃げてぇ!!」
沙耶香の叫びは虚しく、箱の中からは轟音と魔法陣の光が微かに出ていた。
──これは奴の霊力だ。男は箱内部に攻撃を加えて白夜を殺害する気でいるようだ。
「シロ君ッ! うあぁぁぁっ!!」
優人は呪錬拳や鬼火で檻と箱の破壊しようとしたが、檻に施さえれている結界術のせいで外まで攻撃を届けられずにいる。男は犬歯を剥き出しにし、左手を天へ向けて上げるとその手を一気に振り降ろした。
「これでトドメです!!」
そして箱の上には四重の巨大な魔法陣が展開される。魔法陣はビリビリと雷を走らせながらそれぞれで回転し続け、そこから巨大な拳の形をした火炎が出現する。その炎は男の手の動作とともに箱の中を通り抜けるように降り注いだ。攻撃は黒箱へ直撃し、耳が裂けそうなほどの轟音が異界の中で響いた。
「し、シロ君……」
箱は原型こそあったが既に表面は焼け跡で汚れていた。
──すすとは即ち物質である。優人が見た限り、あの火力ならばおそらく実際のダイナマイトに相当する威力はあったであろう。
「あっ……ぁぁ」
沙耶香は声をわずかに漏らし、悲惨な現状を目の当たりにして涙を流している。現実に対する拒否反応として、泣き叫ぶことすらもできない。ただその場で崩れて泣くことしかできなかった。
そんな沙耶香の姿を他人事のように哀れそうな目で男は見つめる。
「あぁ、可哀想に……でも悲しまないで下さい。彼は私の糧となるために死んだのです」
男の声は彼女に届かない。怒りなどの感情への移行もままならず、悲しみと絶望が沙耶香を襲って彼女の中で荒れ狂うだけ。
だがようやく、振り絞って出せた声は──
「嫌だよシロ、私達はいいから逃げて」
白夜が死んだなど思いたくない、しかし目の前のこの状況が無理矢理押し付けてくる。
「……うぅぅ」
優人も我慢していた涙が流れそうになる。だが妹のために唇を噛んで耐える。
本当は泣き叫びたい、だがここで自分が泣いてしまってはいけないと優人は無意識の内に理解していた。純粋で綺麗な心の優人は優しい、だから今はどうしても泣けないのだ。
そんな2人は他所に術士は丸焦げの箱に向かって話しかける。目標達成の喜びでより一層、その狂気に磨きがかかった。
「ククク……あなたは幸せ者でしたねぇ。でもそんなあなたの人生はここで終わりです。あはっ、えひゃひゃひゃひゃ、あははははは──」
『────はははははは、あはははっ!!』
その瞬間、明らかに術士とは違う笑い声がこの異界の空気に響いた。
「ッ!? んなっ、何故だ……そんな」
それは箱の中ではなく、箱の表面の空気から聞こえてくる。その音は……その声は、聞き間違えがなかった。
「嘘だ……うっ嘘だ嘘だ嘘だぁ、あっあっありえない! どうしてなんだ? 何故ぇ!!」
「シロォォ!!」
箱は閃光弾の如く一瞬の内に眩い光を放つと、半端ではない威力の爆発が起きる。箱は跡形もなく消し飛び、わずかに残っている小さな破片達からどんどんと炎が広がっていく。
先程、男が攻撃した際の炎よりもさらに紅く熱い火炎が辺りを包んでいく。業火の中からゆっくりと脚を運んでくる白夜は、スッキリしたような表情をしていた。
そして白夜は男からの問いに答えた。
「それは、俺が──新川白夜だからだよ」
赤髪を靡かせて少年は敵に向かい歯を見せるように笑った。





