第13話 咎人は嗤いながら野望を語る
男はたった今まで見ていた画面の中の少年が目の前に立っている現実に対し驚きを隠すことなく、むしろ歓喜の表情を浮かべて目を輝かせた。うっとりしたような口調で男は優人に話し掛けた。
「まさかここまで早く辿り着くとは予想外、見ていたように君は──実に面白いですねぇ」
不気味に笑う術士の男を優人は睨み付ける。表情での威圧ではなく、霊力的な圧力をこの空間にかけた。彼の怒りに満ちた霊力は周囲の空気をビリビリと震わせている。
「ほぅ。霊力だけでここまで伝わりますか……怖い怖い」
「早く、さやちゃんを返して」
優人は霊力を漏らしながら、ただハッキリとその言葉を告げる。すると今度は一気に落ち着いて交渉をする雰囲気で男は返答をする。
「まぁ待って下さい少年、私はこの少女には人質となって頂いていますが別にあなた方に危害を加えるつもりはありません」
「どういうこと?」
質問した優人の方を向いて、依然とニヤニヤしつつも男は話を続ける。大袈裟な身振り手振りをつけて話すその様は挑発とも警戒とも取れる行動である。
「私の兄があなた方にご迷惑をお掛けしたのは承知しておりますし、そのことについては納得も理解もしています」
「っ……」
「だからこそ私は違います! 私達兄弟はいずれどちらかが果たそうと思っていた野望があるのですから……」
語っている男の焦点がそれぞれ徐々に端へとズレてくる。優人を見て話していた彼は気分の高まりと同時に虚空を見つめ目を異様に輝かせ、演説のようにその野望を高々と語る。
「その野望とはつまり──霊能力界の頂点です」
「──何を言ってるの?」
彼の言っていることにはかなりの矛盾が生じている。
なぜ霊能力で頂点を取ろうとする兄弟がこのように人を利用するのか優人は理解できなかった。霊能力とは人を守るもの悪を裁くものというのが優人のイメージ、彼らのようないわゆる『違反霊能力者』とは対極の存在と言っても過言ではない。
「……霊能力界とは言っても、"この世界”のことではないですよ。この世界は『怠惰』の彼がいますから私達の力ではこの世界を支配できません。でももし他の大罪の能力者の誰かを倒し、その能力1つでも得られれば……霊能力が発展していない異世界にでも行ってその世界を支配できるのです」
「…………それが目的?」
「えぇ、それ以外に興味はありません。それにこの世界の霊力を少しでも吸収して転移すれば、霊能力の発展が皆無の異世界では王……いや神にもなれますからねぇ」
──最後まで聞いた。だがやはりそれは優人が理解できるようなものではない。
あの感情的な兄とはまた違った異常性、この男は根本的に狂っているのだ。兄弟揃ってその考え方は常軌を逸していて、理性や良心が欠如している。
──能力者を倒すということは即ち、その者を殺すということである。優人は能力の継承条件などについては知識がない、だがその行為は決して正しいものでは無いということはハッキリと分かる。力を手に入れる程度のことで人の命を弄んでいいわけが無い。
優人はこれをできるだけ単純に理解しようとした。至ってシンプルな答え、この男は性根からであるのだと。
「ということで、是非あなたにも協力を──」
「呪錬拳」
黒の拳は射出と共に加速し、術士の顔面目掛けて飛んで行った。
「ほう……」
もうこの術士とは話す余地はないと判断した優人は呪錬拳を数発、男に向かって放つ。
妹のことだけでは無い、人の命を弄んだ挙句に他の世界までも侮辱するようなその態度と行動に優人は激しい怒りを感じた。爆ぜるその思いと共に呪いは加速する──黒い閃光と共に制裁のための拳が飛んでいく。
呪錬拳は計5発、眉間と顎、致命傷となる首から両腕の付け根目掛けて拳を撃ち込んだ。怒りを乗せた過去最速の呪錬拳の射出である。
──バシュンッ
術士の体に触れた瞬間に呪錬拳は消滅してしまった。やはりこの術士も体表面に防御系統の結界を張っているようだ。
優人は追撃のために右手に幻想刀を生み出して握る。
(さやちゃんに攻撃が行く前に──)
「おや、どうやら交渉は……決裂のようですね。まぁ別にもう良いでしょう、どちらにしろ妹さんは返します」
「えっ?」
沙耶香を拘束していた檻は消滅し、彼女は地面にそっと降ろされる。沙耶香は解放されると兄の方へ向かって泣きながら飛びついた。
「さやちゃん!」
「お兄ちゃんっ! 怖かったぁぁ……殺されると思った、もう死ぬかと思ったよ」
「もう大丈夫だよ」
「──えぇ、もう大丈夫ですよ……お目当ての彼も来たことですからね」
それは結界内に鳴り響いた爆音と衝撃。地震や隕石を思わせる程のその威力は言わずと知れた白夜の能力、『凶星』によるもの。まだ轟音が微かに反響する中、暗闇の中から少年が赤い髪の逆立たせてこちらへゆっくりと歩いてくる。
その一歩一歩の音から伝わってくる圧倒的な怒りと力は例えるならば獅子のような存在感がある。
「てめぇ、ただで済むと思うなよ……生ゴミ野郎」
優人が振り返ると奥では白夜が男を鬼の様な形相で睨みつけていた。彼の怒りの表情と比例するように男の顔は半月のように歪んでいくのだった。





