第11話 失踪と反撃
──それは優人達が術士の捜索を開始してからわずが数十分のことだった。優人と白夜は一緒に行動して術士の行方を探るために住宅街を走っていた時、道の奥から1人の着物姿の男がこちらに一直線で走ってきた。
息を切らしながら走ってきた男性は優人の父、仁であった。
「パパァ!? どうしたの?」
仁は急いで優人達の目の前まで走り寄ってきた。普段は落ち着いている父とは反対に息を切らしている姿を見て優人は胸騒ぎがした。ふと彼の裾の辺りを見ると泥だらけになって汚れている。そして額から滴る汗の量は尋常ではなかった。
「組長!何かありましたか?」
白夜は仁の背中を優しく摩った。それほどになるまで必死な様子のようで仁はまだ呼吸が落ち着かないまま話を切り出した。
「ハァ、ハァ……2人とも、沙耶香を見かけなかったかい?」
「さやちゃん?見てないよ?」
「……実は、さっきまで沙耶香は部屋にいたはずなんだが、いきなり居なくなったんだ。近所も探してはみたが見つからないんだ。あの子のスマホは部屋にあって連絡はつかない、何より沙耶香が何も伝えずにいなくなることなんてないからな」
優人の嫌な予感はよく当たる。いつも街で"何か”が現れた時には連鎖的に物事が進展して次々と状況が悪くなっていくというジンクスがある。
「実は……沙耶香がいたはずの部屋からは、優人や白夜達からたまに見えるモヤのようなものが見えた。私も見える方じゃないが、あれがお前達の言う霊力なんだろ? もしや沙耶香はそういう輩に──」
「……」
重苦しい雰囲気の中、真横で沈黙している白夜の方を向いた優人はそれを見て戦慄した。
普段は豊かな表情で人懐っこい犬のような笑顔をよく浮かべている白夜が、この時だけは鬼の如き形相をしていたのだ。歯を食いしばって小さく震え、額の血管が浮き上がって来ている。
今まで恐ろしい存在達と対峙してきた優人は思った。霊力や単純な強さを抜きにしても、"この白夜”は今まで遭遇してきたどんな悪霊や妖怪達よりも遥かに危険であるとを。溢れ出てくるそのオーラは怒りなどはとうに超えた"殺意”なのだと知る。
白夜は顔を上げると、その鬼の顔を抑えながら息を吐く。そして仁に向かって真っ直ぐな目で宣言した。
「組長……沙耶香さんは、俺がすぐに無事に連れて帰って来ます。それまで少し時間かかるかも知れませんが心配しないで下さい」
優人は鳥肌が立ち、心臓は強く波打った。
その言葉は仁だけでなく優人をも安心させ、奮い立たせるほど強い言葉だった。
「多分、その犯人は沙耶香を人質にしているんだと思われます。目的はおそらく俺です」
「シロ君が?」
「そう思いませんか優人さん、敵は俺が倒した術士の兄弟。そして敵はどうやら異界の術が得意とのこと……つまり俺を誘い出すために沙耶香を人質にしたってことです。動機も状況も揃っています。」
「確かにそうだね──でもどうやってさやちゃんを助けに行くの?」
「それは────今です!優人さん!!」
突然、優人は背後に強い力で引っ張られた。掃除機に吸い込まれていく紙屑のように2人背後に引き寄せられる。
──ゾゾゾゾゾゾゾ
どうやら空間に針を指したような穴が異界へのゲートのようだ 。穴の奥に広がる暗闇の中へと2人を飲み込んでいく。
仁は吸い込まれる2人の方へ手を伸ばすが、彼らはその手を取らずにそのまま風に身を任せた。
「2人共!」
「──必ず戻ります」
その言葉を最後にブツリと2人は現実との繋がりが切断される。その穴は閉じていき、視界が完全な黒に染まる。
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「わあっ! あぁ〜お尻痛い」
優人は突然引っ張られる力が失われ、その勢いのまま尻もちをついた。だが突然の攻撃に備えて警戒は怠らずに霊力を体へ巡らせる。優人は周囲を見渡して確認したが誰もいなかった。ただ暗く、空も地も分からない空間が続いているだけの模様。
「シロ君も吸い込まれたから……たぶん別のとこにいるよね」
異界の類いに入る時の特徴として、強制的に閉じ込められた後は大概同時に入れられた者ともバラバラに分断されるようだ。
だがここまでは優人の想定内、過去の経験からこれらのことは瞬時に予測がついていた。
だが問題はむしろこれからである。いかにして白夜と合流し、沙耶香を救出して敵を倒すかということである。
優人は救出のシナリオを1つずつ作っていくことで自身の行動を確認する。
「えっと……まずシロ君なら多分強いから合流するまでは大丈夫。僕はもし悪霊とかがいたら倒す。もしシロ君と合流できなくても何か合図が出せたら──」
──ズズッ
優人の背後からはゆっくりと猛獣のような魔獣──式神達が数体迫ってくる。彼らは自身の攻撃範囲に入った途端、急速に優人に襲いかかった。
「う〜ん、どうしよ?」
『ズアァァッ!!』
────彼らのその攻撃は無意味だった。
優人はこれまで修羅場をくぐり抜けててきた。それは必ずと言っても良いほど相手の先制攻撃から始まる。優人は後手に回る戦いにはもう慣れていた。
そして優人の術もまた、日々進化している。以前まではある程度の大きさの物資に霊力を流して発動させていた錬金術も、"空気”さえあればほとんどのものを生み出せるように成長したのだ。
『ゲギャッ!?』
『アギャアァァァ!!』
優人は空気中で生み出した金属の大棘で、式神の方を振り向くことなく奴らの腹を破る。傷口から奴らの体を構成している霊力がバラバラになっていき徐々にその形が崩れていった。仇に見られることもないまま式神は消滅していく。
『グォォォ……』
最後にはもう断末魔にも満たないうねり声を上げながら式神達は消える。
だがその攻撃の間も優人は思考を途切れさせなかった。頭の中は沙耶香の救出と術士の攻略のことだけでいっぱいだった。そして彼は妙案を1つ思いついた。
「そうだ! 鬼火を花火代わりに使おう。術士と戦えばシロ君が気づいて来てくれるはず! その前に零人君も来れれば問題もないね」
『──ンフフ』
──そんな独り言を言っている優人を背後からの視点で観察する者がいた。魔術でモニターのような画面に優人が立っている映像が映し出されている。異界の中に監視カメラの役割を担う術が仕掛けられており、魔法陣を通じてその男は2人のことを見ている。モニターには優人の姿も白夜の姿もある。
その男は長身で線が細い、それは彼の着ているローブの上からでも確認ができた。パッチリとしているが何処か狂気のようなものを感じる瞳を輝かせ、男は気持ち悪く嗤う。
「よぉし、このまま進めば……ククク。もうじき2人にも会えますよぉ? お嬢さん」
「お兄ちゃん、シロ……」
男の背後にあるのは鉄の檻。その檻の中から不安そうに沙耶香は2人を見つめた。恐怖で支配されている中、沙耶香は白夜からもらい指にはめている指輪を左手で握っていた。





