第8話 死神チェイス
ある日の昼、優人は教室を出て帰る途中であった。
この日は半日だけしか授業がないにも関わらず零人は学校を休んでいた。
しかし優人はおそらくいつものように悪霊関係のことであろうとあまり気に止めて居なかった。
零人の仕事が終わり次第、遊びにでも誘おうと思いながら廊下を歩きながら考えているとその零人からメールが届いた。
「零人君だ、お仕事終わったのかな?」
メールの内容見ていると、そこには長文のメッセージが送られて来ていた。
「何これ!?」
『よぉ優人、時間がないから用件を簡潔に言おう。俺は今、西源寺から逃げている。この町のどこかに俺はいるから、何とか見つけてくれ。PSマジでヤバいから早く来てくれ』
優人は内容を上手く整理できなかったので声を出すことで何とか内容を確認した。
「えっと……零人君、逃げてる。香菜ちゃんから……僕、零人君、見つける────」
カタコトではあったが何とか状況を整理することができた。ひとまず深呼吸をすることで整えた──喉の調子を。
「うん…………なんでええぇぇぇぇ!?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
──事の発端は今から5時間前へと遡る。
それは零人が学校に向かっていた最中のことだ。前方から突如、香菜がやって来たのだ。そしてなぜか笑顔で零人を見ながら近づいてくる。少し不気味ではあったが目が合っている以上話さないわけにはいかずに零人は話しかけた。
「ウイっす西源寺、優人待ってんのか?」
「いいや零人君……君を待ってたよ」
首を傾げながら、依然と笑顔を保つ。人形のように一切崩れぬその表情は少しホラーを思わせるものがあり、零人はなんだか悪い予感がしてきた。
そして笑顔のまま香菜は話の本題へ入った。
「最近さぁ、良く優人と修行?してるじゃん」
「え? あっあぁ、まぁな……」
「優人が望んでるから修行は自体全然良いと思うよ? それは本当。でもねぇ……宿儺の異界とかアンラマンユとか危ない所に続けて行かせるのはどうかと思うよ? 優人のリスクを考えると──」
零人はなんとなく雲行きが怪しくなるのを感じていた。
香菜には特に異界の件などはあまり他に話していなかったため、霊管理委員会からの情報として知ったのだろう。
零人は思い出している最中に脳内をある映像が横切った──戦いの後、ボロボロになっていた優人の姿だ。おそらくそれを見て香菜は今回の件に至ったのだろうと彼はこれで話の流れをよく理解した。
「それで、思ったんだぁ……優人の先生としての自覚を零人君に少し理解させようって。でも傷つけるのは良くないよね? うん、だから少し──君から今日の分の霊力を貰うね」
『ソウルイーター』の能力で香菜は彼女の手、もしくは大罪の武器の『死神の大鎌』を触れさせることで他人から霊力を強制的に供給することができる能力。
「霊力を? まぁ、それならいいが──はっ!?」
了承仕掛けた零人だが、彼は思い出した──今日はなんとしても霊力を取られる訳にはいかないと。
なぜなら今日は午後から『スナイピングオブラン』の公式ファンイベントが行われるのだ。零人はここで発売されるこのゲームのマスコットキャラ『サンドウィン』というキャラのぬいぐるみと
限定発売のスナランライフルのモデルガンを購入することを前々から楽しみにしていたのだ。
しかし会場までは遠く転送術を使用しなければ行けない距離で、召喚獣や飛行では霊力が持たない。
加えて零人は『怠惰』の縛りで悪霊に遭遇しない限りは小遣い程度の最低限の霊力しか供給されない、常に霊力が金欠状態なのだ。
(クソ、よりによってなんで今日なんだ。他の日には問題ないのに──)
頭の中で考えていた時、焦った表情の零人を見た香菜はニヤリと笑い、暗黒微笑を浮かべていた。零人は彼女の笑顔の意味をようやく把握した。
(こ、こいつ謀りやがった〜!!)
全ては計算通り、力や痛みなど零人には効かぬ上に規約上アウトである。なので委員会にとってはグレーゾーンな、零人にとっては効果が絶大な制裁を加えることにしたのだ。
「さ、西源寺……」
「──どうしたの?」
震えた声を出す零人を見て、依然笑顔のまま香菜は首を傾けた。
「きょ……今日だけは勘弁してくれぇ〜!!」
その場から全速力で逃げ出す零人。
だがスピードは全くない、霊力を下手に使えないため彼自身の身体能力のみで逃げる。だが零人と違い、縛りと霊力や能力が関わりない香菜はここぞとばかりに霊力を使用する。
「逃がすかっ!」
香菜は手のひらから魔法陣を展開すると魔法陣は回転し、そこから大きな光の弾を放出する。その弾は零人の足元を捉えて地面に落下。
だが香菜は規約に触れぬよう、魔術を霊力を持つ者にしか効果がない設定へと切り替えた。なので零人だけが爆風に巻き込まれて吹っ飛ぶ。
「どっ、ギィヤアアァァァ!!」
零人は吹き飛ばされながら空中で海老反りになる。
──すると間一髪、攻撃に当たらずに済んだ。その体勢のおかげで飛んで来た死神の大鎌を回避できた。大鎌が零人の肌を掠める寸前で回避したため、道の向こうへと吹き飛んでいった。
「ひっ……」
爆発の煙の中から香菜がゆっくりと近づいて来る。世界最強の零人と言えども相手は香菜──同じ大罪の能力者。この不利な状況下で敗北するのは必然。零人は何とか許してもらおうと交渉する。
「明日なら良い! 今日だけはマジで──」
「零人君、受けるモノは受けなくちゃ。」
交渉決裂、香菜の目からはハイライトが消え完全にサイコパス化してしまった。
敵を無慈悲に追い詰め、その霊力を狩り取るその恐ろしく残虐な戦闘──これが『守護者』西源寺香菜のやり方である。
(ヤベぇ、1つ何か間違えりゃ──殺される)
霊力どころか命も危ういと本能的に察した零人はすぐにその場から逃亡する。
「ハァ、ハァ……まっ、巻けたか?」
零人はしばらくの間この町中を逃げ回っていた。香菜とエンカウントする度にギリギリで避けては、また逃げるを繰り返してなんとか生き延びた。
「クソっ、なんでこんな頻度で遭遇するんだ……」
逃げたこの先でも正面には香菜が立っている。香菜は大鎌を片手に1つだけ提案をした。
「それかぁ……もし零人君が今、霊力を半分以上使ってくれたらもう追い回さないよ?」
「性格悪っ! それだけは……無理だな」
「そうかぁ、残念だなぁ〜。でもそれなら──奪うだけだよね」
フリーになっているもう片方の手から魔法陣を展開し、キメラを3体召喚する。魔法陣から出現したキメラ達はマスターの指示のもと、目標に向かって飛んでいく。
──だがこれは零人にとって好機だった。
「良しっ!」
「はっ!!」
零人は斬霊刀を手にしてキメラを刃に当てる。斬られる前にキメラ達は光となって消滅していった。
その隙に霊力を吸収、さらに制限の関係により今与えられた余分な霊力で零人は自分の足裏を魔術による爆破で推進力を生み出して飛んだ。単純な魔術のためコスパがかなり良く、霊力も残したまま離脱した。
「あぁ、ミスったね……」
香菜の顔は悔しそうな言葉とは裏腹に狂気を孕んだ笑みをしていた。
──上空を飛んでいた零人はある場所を探していた目を凝らし、街のあちこちを見渡した。
「確かここらに……お、あった!」
零人は町にある小さな神社に立ち寄った。そこは特に変わった神社ではない、それどころか誰もいない無人の神社だった。しかし、それが1番良かった。
「ここなら──霊力を吸収できる」
神社や寺などのパワースポットは神の創造と原理が同じで人が神聖と感じる場所なので自然と霊力が湧き、一般人でも霊力を得られるセーブポイントのような場所となっているのだ。
そしてこの条件は『大体の人が神聖だと思う場所』であることだけなので、意外とその場所は多いのだ。
そして零人はここで優人にメールを送った。
「うし、優人が来れば問題はねぇ……ひとまずここにいれば安全なはず──」
「ここに来たかぁ……」
「!?」
背後にある鳥居から、いるはずのない女の声が聞こえた。そこに立っていたのは大鎌をギラつかせている少女だった。
「な、なんでここが……少なくとも今の霊力量の俺を探知するにゃ、結構な時間がいるはず──」
「……一応さっきのとこからこの町をすっぽり私の結界を張って君のこと探したんだよねぇ……覚えてない? 私の結界効果範囲は大罪の中でもトップだってこと」
結界は通常は出来ても町全体を覆うことは不可能に近い。しかし香菜の効果範囲はとても広く、簡易結界などのあまり強くない効果の結界であれば県1つ分の距離まで届かせることができるのだ。
同じ大罪の能力者に位置も完全にバレていてはさすがの零人も万事休す。
「だが──だいぶ霊力は補給できたぜ!」
零人は上空の彼方に亀裂を生み出してとてつもなく長い鎖を落とし、降りてきたその鎖に掴まる。掴むと鎖を高速で巻き上げて零人は上空へと移動しようとする。すぐさま空中へ行き、軽い余裕の生まれた霊力を使用して召喚獣に乗り飛んで行くために……
──ブチン
しかし、零人が掴まっていた鎖は消えた。
蜘蛛の糸が切れるように鎖は消え、零人はカンダタのように神社の敷地内に落とされた。なぜ消えたのか零人は分からなかった。
上を見上げると、白鯨が黒光りの鎖を喰いちぎっていた。
その白鯨は『暴食』の悪魔、エイグである。
「お前……エイグ使いやがったな!!」
香菜は落ちてきた零人の目の前に立ち、死神の大鎌を構えた。
「……イベントに対して言い残すことは?」
「…………行きたかった」
零人もついに諦めかけた──その時、零人に救世主が現れた。
救世主は香菜の大鎌を後ろから掴み、その透き通る声で香菜を静止させた。
「香菜ちゃん待って!!」
優人が零人からのメールを確認しここまで辿りついたのだ。零人の霊力ではなく、昂り霊力を撒き散らして痕跡を大量に残していた香菜を辿ってこの神社に辿り着いたのだ。
実にメール確認からわずか数分、霊動術と肉体時間加速術で優人は2人のもとに駆けつけたのだ。
優人が現れて香菜はいつもの彼女に戻る。
「えっ優人!? なんでここに?」
仲裁に入り、事情を全て聞いて理解した優人は香菜に説教を始めた。
「香菜ちゃん! 心配してくれたのはとっても嬉しいんだけど、零人君に乱暴なことしちゃダメだよ!!」
幼稚な言葉で説教をする優人は、零人の目からは幼稚園児が怒っているようにしか見えなかった。だがこれは十分に効果があった。なんせ本人は────
「ひぁゃいっ! き、気をつけます……」
(はわわ、優人に怒られてる〜! そして怒ってる優人可愛い〜!!)
優人に怒られるという貴重な体験をして嬉しそうにしている上、優人のその愛らしさにやられていた。香菜の目からは既に狂気が去っていた。
その代わりに香菜は別の何か……踏み入れてはならない領域に到達していた。
「うんっ、それなら大丈夫だよぉ! これからは僕も気をつけるから、香菜ちゃんも心配しないで」
「うん! 気をつけるぅ〜!!」
(──俺は結局、追いかけ回され霊力奪われそうになって……何を見せられてんだ)
その後仲直りをした2人のイチャイチャを見せられた。
そして零人は一応、香菜から許しをもらえたが1つだけ釘を刺された。
「優人がこう言ってるわけだし、これからは特に何もしないよ〜」
『でも……本当に優人の身に何かあったら──命の覚悟はしておいてね』
『テレパシーで脅迫すんな! それだけは絶対にねぇから安心しろ』
「それじゃあね〜零人君」
「あっ、零人君イベント行ってらっしゃあい!!」
「あぁそうだった!! 早く行かねぇと」
──その後、まだ恐怖の余韻を残しながら零人は無事にファンイベントに参加し、『サンドウィン』を含めたグッズを手に入れることができた。
だが零人はここであることに気がついた……
「あっ! 先に会場に移動してれば済んだことじゃあ──でも連れ戻されてたか?」
あの時の最善の行動は今だに分からない。





