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第7話 運気

「ふわぁ……」


 アンラマンユとの激突を終えた優人にいつもの日常がようやく戻ってきた。

 何日か前までは退屈に感じていたが、今はもう安心感と安らぎで優人は満たされていた。


「今日は平和だねぇ──」


 優人はそんな心地よくて満たされた日常を存分に堪能しようと試みた。教室の机に向かって惰眠を貪ろうとしていた所、それは遮られた。


 ガララッ


 教室に息を切らした零人が走って来た──こういう時の優人の嫌な予感は当たるものだ。


「ハァ、ハァ……ゆ、優人! ちょっと来てくれ」


「う、うん……行こう」


 訳も分からずにいたが優人は零人に誘導されるがまま、屋上へと連れていかれた。屋上に向かっている最中の零人の表情には緊張感が宿っていた。


(零人君がここまで……もしかしてアンラマンユ──それかもっと強い敵が!?)



 不安のを募らせながら優人は屋上へ到着した。


「…………誰も居ねぇよな? それなら問題ない」


 零人は周囲に誰もいないことを確認するために念入りに辺りを見回した。


「零人君、もしかしてこれから魔王か何かが襲って来るの?」


「いいや違う、自体はもっと深刻だ……」


 零人の額からは数滴の汗が垂れていた。相当切羽詰まった状況のようで、真剣さが伺えた。零人が焦る時は滅多にないがそれは決まって──自分以外の人間に被害が及ぶ状況の時だけだ。

 この場に重苦しい雰囲気が漂い、優人は唾を飲み込んだ。零人がゆっくりと口を開く……


「──今日の俺の運気が異常に高いんだ!」



 沈黙……そして優人に訪れる思考のフリーズ。緊張感の反動と零人の発言の意味不明さによって優人の脳内がバツンと一時的に強制停止された。


「…………どゆこと?え、どゆこと?」


「まあ順を追って話す。今朝な、日課の新しい魔術を開発していたんだ。今日も新しい術を発動させた」


 日課そのものが異常である。

「料理的なノリじゃん」というツッコミを抑えつつ優人は聞き続ける。


「そしてその術を解析した結果、この術は術者の運気を爆発的に上昇させることが分かった……」


 話が霧、内容を掴もうとしても先程から全く掴めない。そんな優人がようやく言葉を発せられた。


「えっとぉ……それで、どうしたの?」


「問題はここからだ──デメリットが2つある。1つは俺の運気は明日絶望的に下がる、そしてもう1つは周りの奴らの運気を奪っちまう」


「…………めっちゃ深刻だった!!」


 ようやく優人の理解が追いつき、事の重大さを理解した。


「ぼ、僕どうすればいいの?」


「運気が落ちるのは俺の近くにいる奴だけだ……何とかお前にサポートして欲しい。お前の運気を犠牲に他の奴らを守ってくれ!」


「言い方が…………えっ? ていうことは──」


 ──バサバサバサ


「わわっ! は、鳩!? 痛い痛い……」


 そして早速その効果が現れた。いきなり鳩が優人の頭上に落下してきたのだ。さらに鳩は驚いたのか優人の顔の前で暴れ始めた。

 鳩はバサバサと小さな翼を動かしていたので優人は反射的に手でガードする。


『クルックー』


 焦った鳩はその場所から飛び去った…………置き土産をして。


「びっくりしたぁ……て、あれ? 何これ──」


 優人の手には白い液体のようなものが黒い斑点と共にこびりついていた。そこからはとても強い異臭がした。それが何かは優人にはすぐ見当がついた。


「……うわぁ! こっこれ鳥のフンだぁ!!」


 バサササササ


『ポッポ』


『クルックー』


 優人が絶叫したため、屋上の死角にいた大量の鳩の群れが一斉に飛び立つ。


「わっ!?」


 優人はフンを取ろうとしている時に鳩達が飛び立ったため驚いて思わずその手を振った。手についていたフンは零人の方へ飛んで行くが彼はそのフンをしっかり目で捉えていた。


「うわっ! ちょ、こっち飛ばすな!」


 零人は避けようと後ろに下がろうとした。すると足元にたまたま落ちていたペットボトルキャップを踏んずけて尻もちをついた。それと同時にキャップを鳩の群れの中に蹴り放った。


「わっつー、危ねぇ……運補正なかったらフンがついてた──」


 ピカッ


 すると鳩の群れの中で何かが光った。

 その光り方から推測するに、太陽の光が反射した何かの金属のようだ。

 それは尻もちをついている零人の前に落ちてきた。円形で尚且つ金属で作られたその物体が零人の太ももにぽとりと落ちてきた。

 それは日本銀行の誇る最高額の硬貨だった。


「これ五百円玉だ!」


「えぇっウソォ!?」


 紛れもなくそれは五百円玉、しかも目立った汚れもない新品の硬貨。

 尻もち1つでここまで起きるというまさにローリスクハイリターン、ようやく優人はこの術の恐ろしさを理解した。これだけの幸運……おそらく明日の不運が大きいということは言われずとも予想ができる。


「なんだろう、今日は別の意味で疲れそうだなぁ……」


 これもある意味戦いである……


 ──その後教室に戻り、四時限目までが終了した。

 そして残念なことに、この間に何人も犠牲者が出ていた。


 ガラララ


「はいじゃあ号れ……がっ!」


『っ!?』


 まず教師の内、2人は入室時に滑って教室のドアに激突。何故か分からないが顔と足を両者は扉に強打していた。それは突然ドアが風に吹かれて閉まって閉まったからである。

 またある時……


「うわあぁぁ!!」


「じ、Gが出たぁ……」


「うわぁぁ!! お、俺の制服の中に奴があぁぁ!?」


 優人達のこのクラスのみならず隣のクラスでもゴキブリが出現して軽い騒ぎに発展。

 この日のゴキブリは活きが良かったらしく制服や私物などに侵入して暴れ回り、挙句に何匹かは不運の事故で数名の素手の下敷きになるという阿鼻叫喚地獄と化していた。


 もちろん地獄は終わらない……昼休み開始直後、それは男子達のスマホがターゲットとなった。


「あれ……おいおいおい! 嘘だろ……」


「ああぁぁぁ!? 俺の最強装備があぁぁ!!」


「お、俺のバイトの結晶が……どうしてぇ」


 スマホで『スナラン』をしていた男子生徒数名のスマホが一斉にバグり、彼らのゲーム内のレアアイテムが全て売却されていた上に雑魚アイテムと交換されるという事件が発生した。


「うあぁぁぁ……なんでっ」


「俺ら──何をしたってんだよぉぉ」


(すまねぇ……お前達の辛さはよく分かる……すまねぇ)


 同じゲーマーとして零人は彼らの辛さが痛いほど分かった。そして零人は自分のスマホを隠す。


(こんな状況で、しかも俺のせいなのに……俺だけイベント限定のレアアイテムコンプリートしたなんて)


 零人がどうしても欲しかったアイテムが丁度ガチャで引けそうだったため零人は思わず引いてしまい、大当たり。さすがに本人も罪悪感があったようだ。


 ──だが幸いと言って良いことは、現時点でまだ怪我人等は出ていない様子であるということだ。そこだけはまだ運が良いのかもしれない。

 しかしクラスメイト達は傷ついていた、それもほとんどが精神的な面でだ。


「これ以上は本格的にヤバそうだ……優人、一旦屋上へ逃げるぞ」


「うん、今い──」


 零人に誘われ一緒に向おうとしたその時だった。教室の蛍光灯が落下し、優人の頭に直撃する。


「いたっ!」


「おい、蛍光灯が落ちたぞ」


「優人も餌食になったのか!?」


 蛍光灯そのものは割れはしなかった……だが蛍光灯はそのまま縦に頭からズルズルと落ちていく。蛍光灯は落下中に地面と垂直になり、優人の足の親指部分の爪を貫く。

 蛍光灯の端には金属の突起がついている、そしてその突起は小さい。そんな物が爪に落ちてきてはもちろん、至極の痛みを味わうことになる……


「ひぎっ──」


 校舎中に優人の痛々しい断末魔が響き渡る。


「いぃやあぁぁぁぁぁ!!」



 被害を最小にするため2人は、優人は零人とともに無我夢中で屋上へと向かう。


「痛いよぉ……」


「すまん、治癒魔法が今は時間かかる制限つけられちまって」


「ううぅ」


「あっ、なあ2人と──はぐっ!」


 廊下を歩いていると政樹とすれ違った。彼はこちらに何かを言おうとしたがようだったが声を出そうとした瞬間、盛大に舌を噛んだ。

 ここでも聞くに耐えない音を聞いてしまった。人の肉がわずかに潰れる音は何ともグロテスクだ。加えて今の舌噛みはかなり勢いがあった。


「んぐぅ〜!!」


 政樹は口の中の痛みに悶え苦しんだ。そのまま2人と会話もろくにできないまま政樹は保健室に向かった。口を抑えながらとぼとぼ歩いていく彼の背中は哀愁に満ちていた。


「ハァハァ、あと少し!」


「なんか本当にすまん……そして明日が怖ぇ」


 2人はついに屋上へ続く階段へ辿り着いた。後はもうこの階段を上るだけだ。階段から落ちて怪我をしないようにするため、優人が先に上り始めた。

 零人が優人をガードしていればその心配はないだろうと踏んだのだ。優人は屋上までの中復地点である階段の踊り場に着くと安堵して座った。


「はあぁ……いいよぉ零人君!」


「おう、今いく──」


「──2人ともどうしたの?」


 上の階段から菜乃花と香菜が降りて来た。昼休みの時間はまだあるが早めに昼を済ませたようだ。


「あれ? 優人君と零人君、これから屋上?」


「うん、そうだよ……」


 思わず普通に返事を返していたこの時、優人は完全に悟った。


(あっ……これフラグかも)


 ちなみに優人が"フラグ”というワードを覚えたのはつい最近である。

 すると菜乃花は軽く駆け足で階段を降り始めた。


「あ、私ちょっと忘れ物あるから教室行ってく──きゃぁぁぁ!」


『!?』


 菜乃花は階段を踏み外して優人のいる踊り場から零人の所に目掛けて落下していった。しかもバランスも崩して前のめりに零人目掛けて落ちたのだ。


「うぉあああ!?」


 菜乃花は零人を巻き込んで落下した。


「2人とも大丈夫!?」


 香菜と優人は急いで階段から降りた。

 ──しかしその光景を見て香菜は思わず固まってしまった。しかしサッと優人の目を反射的に隠した。それは優人には刺激が強過ぎると香菜が判断したためだ。

 落下した菜乃花と零人に怪我は見られなかった。そして菜乃花はそこから起き上がる……


「いたたぁ──あっ! れ、零人君ごめん大丈夫……ふぇ?」


 菜乃花は自分の置かれている状況をようやく理解した。

 零人と一緒に階段から落下、そして菜乃花は今腹這いの体勢だった。そして起き上がったが、零人はまだ下敷き状態──分かりやすく言うと、現在は菜乃花は落下の拍子に零人を押し倒してそのまま馬乗り状態になったのだ。


「っ〜!!」


 羞恥が彼女に襲いかかってから約3秒が経過。彼女がこれまでの人生の中で最も長く感じた3秒間だった。思わずその体勢のまま固まってしまった。


「…………んぇ?」


 一方下に敷かれている零人は頭の中が消しゴムで消されたように真っ白になった。こんなベタベタなラブコメ的展開になるとは考えもしていなかった。体の上から菜乃花に見下ろされているという状況を零人は正確に把握できていなかった。


『っ!?』


 ここでようやく2人の思考が追いついた。顔を真っ赤にして2人はバタバタとした。


「うわぁっ!菜乃花さんごめん!」


「ご、ごめん今どくね──ああっ!!」


「うぇぇ!?」


 菜乃花は立ち上がろうとしたが零人も同時に動いてしまったので、結果は立つことができずに転倒する。


「え、これ…………」


 零人は菜乃花のワイシャツのボタンしか見えなかった。白いボタンしか視界に入ら無くなると羞恥心ももはや彼からなくなり、零人の心は『無』と成る。

 そして菜乃花は手をつくと、先程まであった零人の顔が急に消えたように感じ取った。人間は立て続けに予想外の事が起きると脳が正常に情報処理できなくなるようだ。再びタイムラグが生じた後に大絶叫する。


「ちょっ、てええぇぇえぇ!?」


 その絶叫でこのフロアの注目を一気に集めた。生徒達は一斉に2人の方を向くとニヤニヤしながらザワつき始めた。そんな廊下内で菜乃花はリンゴのように顔が赤くなっている。

 だが菜乃花は冷静を装って慎重に立ち上がり、早歩きでその場を後にした。

 香菜は友人2人の起こした連鎖劇に思わずニヤついた。


「わぁお、良いもの見れたね〜」


 そして廊下で皆は心の中でこう思っていた。


『ラブコメかよっ!!』


 優人は香菜に目隠しをされイマイチ状態が理解できずにオロオロし、零人はしばらく無のまま倒れていたのだった。


 ──しかしこれを境に今日はこの後は、何も変わったことは起こらなかった。どうやら零人はアレで一気に運を消費できたようだ。



 翌朝の隣のクラスにて、零人は菜乃花の前で頭を下げていた。


「菜乃花さん昨日マジでごめん!!」


「いや優人君から話聞いてるから大丈夫だよ! そもそも誰も悪くないんだし……」


「いや、元と言えば俺のせいだ。ほんとにごめん!」


「ホント、全然いいよ……それより大丈夫なの?」


「──え?」


「確か話だと今日は零人君の運気物凄く下がるみたいだけど──」


 零人の顔が一気に青ざめる。

 ──だがこれはどうやら今の話を聞いたせいではないようだ。完全に顔から血の気が失せている。真後ろ目掛け、力が抜け切ったかのように零人は倒れる。その時にはもう……失神していた。


「れっ、零人君!!」


 菜乃花はこの後、零人を保健室まで運んで行った。

 その後病院で検診を受けた零人、気を失った原因は──『パンの食当たり』であったという……

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