第3話 目覚めた怪物
優人は涙で潤み、歪んだ視界の中でその黒拳を捉える。正体不明のこの物体が自分から放たれた、そう理解するまでに時間は要さなかった。
「これ、何なの?」
「それは、呪いだ」
「呪い……?」
「負の感情をソースに生まれる霊力エネルギーのことだ。だが、こんな状態は通常じゃ有り得ねぇ。呪いの力が、こんな風に発現することは明らかに異常だ」
零人は優人と彼の呪いの拳を観察し、彼の状態と力の正体を考察していた。
(聖力や除霊力と違って、呪いは指向性も生成力もねぇ力。霊力みてぇなエネルギーに近い。それがここまでの破壊力があって制御までしてるとすりゃ──)
沈黙していた零人の頬は僅かに緩む。
「はっ、やっぱりそうか。理屈は知らねぇが、お前も俺らと同じ側の人間か」
零人はニヤリと微笑しながら優人に事実を言い渡した。
「優崎。お前の力は普通の霊能力じゃねぇが、お前は紛れもなく俺と同じ、霊能力者だ」
「僕が、霊能力者? これが僕の、力なの」
優人は実感も湧かないまま立ち尽くしていた。
しかし怯んでいた悪霊達がこの間に再接近を画策。依然として極限状態にある優人は再びパニックに陥る。
「また、だっ……もう、もう来ないでッ!」
優人が駄々をこねるように喚き散らしたと共に少年の体から更に無数の拳が飛び出した。
小さく形作られた黒の呪拳が十対ほど辺りに浮遊。出現した無数の黒拳は優人の悲鳴を皮切りに一斉に射出され、悪霊達へ襲いかかる。
呪いは蜂の如く周囲を飛び回り、悪霊の体を次から次に貫いては消し去っていった。
霊力を求めて襲いかかるだけの悪霊達は、乱暴で粗雑な拳の猛攻の前ではただの木偶の坊。抗う術も逃げを選び取る思考力もない。
遂には呪い拳が出現してから僅か数十秒程という短時間の内に、悪霊達は呪いの総攻撃を前に敗れ去った。
優崎優人という新たな霊能力者の初陣は悪霊達の断末魔によって飾られる。
「マジでか、感覚と本能でここまで」
冷静さを取り戻そうと努めながらも恐怖心からの解放で優人の呼吸は荒ぶる。周りでは呪いが次第に霧散していき、水蒸気のように濃い霊力が空中で解けた。
能力者として覚醒した優人を前に零人はその青い瞳を見開き、一層に眼を輝かせている。
「こいつは、中々の怪物を呼び覚ましちまったな」
悪霊を除霊にて消すのではなく、呪いで殴り破壊するかのように奴らを倒したという光景に思わず彼は息を飲んだ。
そして優人に対して零人は異質であまりに歪な形ではあるものの、得られたのは何とも奇怪で不思議な感動。
(優崎優人、なんだ、何なんだコイツは。俺が会ってきたどんな人間にも当てはまらねぇ。この異様さ、この奇天烈、この精神性……あぁ気に入った)
零人にとって優人は今この瞬間に、この世界で唯一零人の好奇心を刺激する人間となった。
零人はただひたすらに奇妙な胸の高鳴りと謎の幸福感を抱いて優人を見つめ──
「あぁ──ん? ッ、はぁ!?」
優人を嬉嬉として見守っていた零人だったが、その視界が一瞬にしてふと広がる。
呪いの拳と悪霊達に気を取られ見えていなかったが、先程の呪いの狂喜乱舞のせいで墓地にある大量の墓石達が甚大な被害を受けていた。
墓石は一部が欠損やひび割れとなり、その場でパラパラと崩れ落ちる。
「あっ、ごめんなさい!」
優人は申し訳なさそうな顔をして懸命に謝罪。
先程まで気分が良かった零人はその反動により、優人に盛大なキレツッコミを入れた。
「このあほォォォォォォ!!」
叫ぶと零人は墓の前にしゃがみ、手元に魔法陣を出現させ墓石に魔法陣から放たれる光を向けた。するとたちまち砕けた破片が物理法則に反して宙を移動し、墓石は修復されていき元の形状へ。
一つ一つ墓石を直して回りながら零人はキレる。
「お前何墓石壊してんだ、通常の物質を直すの霊力食うんだよッ。てか何で覚醒したてで物質ぶっ壊せんだ、普通は初心者じゃ弱過ぎてぶっ壊せねぇのによォ!」
キレて評価すべき点はしっかり評価しつつも、矛先の定まらない怒りを言葉にして零人は作業を続けた。
「ああ、ごめんねぇ。でもこんなのすぐに直せるなんて、零人君は本当にすごいよ。憧れちゃうよ」
優人は純粋に零人へ羨望の眼差しを向ける。突然の喜ばしい感想に零人は満更でもない様子だ。
「ま、まぁな。これぐらいできねぇと世界最強の霊能力者の名折れだ」
「ほんと、零人君なら世界一になれそうだよ〜」
「……ん、何言ってんだ?」
零人は振り向くと首をかしげて眉をひそめる。
「なれそうっていうか、俺もう最強の霊能力者なんだが?」
「……ええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
優人は飛んで驚き、勢いのままに後退った。
「それは言わなきゃ分かんなかったか。俺は『怠惰』の名を持つ霊能力者。7つの大罪っつーのは世界最強の7人の霊能力者のこと」
「思ってた以上に凄い立場!」
「そいつらひっくるめても俺が一番強い。だから俺が世界最強だ」
「うううっ、嘘でしょ!?」
「まっ、いきなり世界最強って言葉聞いても痛い奴の戯言って思われるわな。でも事実は事実だ」
当然、すぐに納得出来るわけではない。
しかし霊能力の存在もこうして証明された優人は、その言葉を信じざるを得なかった。
そして優人は零人が最強と聞くと即座に別のある考えにたどり着く。
「でもそういうことなら、零人君は世界一の霊能力の先生じゃん!」
「教え方について上手いかはどうか知らんが、教えられることなら他のやつよりは多い」
「やったぁ! 君に教えてもらえるならこれから僕、一生懸命頑張るよ」
「そうか、やる気があんなら結構。お前になら、教えられることは全部教えてやる。適性もあるし、当分はお前のことを保護監視する義務も出来たからな」
優人の明るく輝く瞳で見つめられ、零人は少し照れくさそうにしながら微笑む。
「これから俺が教えてやるからな」
「わかった! いつか僕、零人君と同じぐらい強くなるよ」
「ハッ、そりゃキツイな。それってお前も大罪の能力者になることだぜ? お前にはむいてねぇ」
「えぇ〜」
優人は拗ねたようにむくれる。だが零人は気に止めずに右手の腕時計を見て時間を確認する。
「とりあえず今日は遅いからもう家に帰れ。続きは明日からだ」
「はーい!」
帰りの会の小学生のような返事をすると優人は零人に手を振りながらその場から走り去った。
「零人君じゃあねぇ〜!!」
その幼く純粋な背中を見ながら零人は期待感を抱きながらボソリと呟く。
「あの力、能力か術式かのどっちかだな。それは追って調査するが、今はこのままで良い。──ほんっと、面白そうだ」
────これは除霊をすることのできないピュアな少年と世界最強の霊能力者との霊能力の物語だ。