第37話 接近
2日遅れですいません。
この林間合宿史上、最も期待され待ち焦がれていたイベントがこの1日を経てついに開催される。
男女の距離が一気に縮まり青春の思い出に深く残る行事の1つであるこの催し……肝試しである。
この学校では毎年林間合宿で男女混合のペアで行うのが伝統であり、この学校始まって以来何十年も続くイベントだ。
男女が一気に親密になることのできるアタックチャンス。
──ただしその伝統には犠牲者が必要となる。
各クラスより1人つづ選出される『驚かせ役』は参加できないという無慈悲なルールが存在しているのだ。そしてそれは当日くじによって決定される。
そして今宵、最も楽しみにしていた女がここで選ばれてしまった────
「う、うそ──」
香菜はそう言い残すと廃人のように立ち尽くし、ハハッと笑うとフラフラしながらゆっくりと森の中に歩いて消えていく。
(優人と肝試しの最中で悪霊を追っ払っていい感じになる予定が……あぁ、私のチャンスがぁ)
残念だがその可能性は元々限りないゼロだった。
何故ならもし選ばれなかったとしても、昨日作りたての零人の結界が作動する上に強力な妖怪はすでに片付いているのだから。
不可抗力を計算できず、香菜は後悔していた。
「そうなんだ、残念だなぁ……」
優人のテンションも下がった、しかし彼はこの男と組むことにした。
「で、まさかの俺か……」
政樹である、この林間合宿で空気になりかけていたこの政樹である。
人数の関係上、女子と組めずに余っていた政樹である。
「それはそうと、色々お疲れ様」
「ありがとう政樹君」
余談だが彼は優人達に何かが起こったことを何となく感じていた。
だが政樹がどうこうしようが変わることではないので特に何も聞かなかったのである。
──順番が回ってきて優人ペアが早速出発する。
優人は悪霊と戦い、さらに今ここにいないことは充分承知だがビビりなのは相変わらずで、遠くから分かるほど震え今にも腰が抜けそうだ。携帯電話のように激しく小刻みに振動していた。
「じじじ、じゃあいいいこうかぁ……」
「マジで大丈夫なのか?この状態で」
そしてゆっくりと2人は森の中へと進んでいった。闇の中に消えた2人だった。
『ああああぁぁぁぁぁ!!』
たった数分後に聞き覚えのある大絶叫が山の中に響き渡った。幼い声音だが中々の声量で皆の耳にその声を届けた。
「はぁ、はぁ……まさか気絶するとは」
「あ、うあう……あぁ──」
政樹は意識のない優人をおぶり戻ってきた。優人は呻きながら白目を剥いて政樹の肩にもたれかかっていた。
「そういえばお化け屋敷とか驚かす系は苦手っつってたもんな……」
零人は政樹を不憫に思い反重力魔術をかけ優人の体重を軽くしておいた。
「零人君っ!」
「ん? あっ、入山さん」
可憐な少女の声を零人は聞き逃さなかった。振り返ると菜乃花が零人の背後に立っていた。
身長差による無自覚の上目遣いで照れながら零人に話しかける。
「あ、あの良かったら……一緒にいい?あのっ、ペアが中々見つからなくて」
ピクッ!
周りの生徒達はその言葉と話し方に小さく反応した。
こういう初々しい雰囲気のものは、からかわれやすいが同時に自然な援護を受けやすいのだ。
意外だなと思いニヤニヤして見る者、心の中で密かに応援する者、リア充を見つけ嫉妬と悲しみを抱く男……
普段から、幅広いアニメを見る零人はもちろんラブコメものもよく目にしている。
さすがにこの反応で分からないわけが……
「あぁ、いいよ。俺でいいんなら」
「いいの!? ありがとう」
(──でも意外だなぁ、入山さんならペアぐらいすぐ出来そうだけど)
あった。全然あった、むしろド定番のパターンと化した。
自分に対しての好意のみにとても鈍感なタイプの主人公属性、客観的にアニメを視聴し、3次元の恋愛に目を向けてこなかった零人は全くもってその好意に気づいていない。
そして気がつけば応援する女子陣営と嫉妬する男子勢が形成されていたが、零人はその派閥の誕生に気付く由もなかった。
さらに出席番号の関係上、すぐに2人のペアが呼ばれた。
「それじゃあ行こうか」
「う、うん……」
(こ、これって零人君にエスコートされてる!?どうしよおぉ、にやけちゃいそう〜)
2人は女子達からの温かい視線と男子達の嫉妬心を浴びながら森の中へと入っていった。
──肝試しで歩くルートは暗く狭い山道。
懐中電灯の類いは持たされず、月明かりや所々に設置されている街頭代わりのライトが所々あってそれを頼りに進む。
足元も良くはないので、零人は菜乃花に合わせ小さくな歩幅で歩く。
歩幅を合わせながら周りをよく見て歩く零人の姿は菜乃花にはとても頼り甲斐があるように見えた。
物理的な距離は近いのだがまだ少しだけ心の距離は少々空いている。
男女間でどうしても出来てしまう思春期の壁は比較的仲の良い2人にもあった。菜乃花にはこの近くて遠い距離が何とももどかしく思えた。
「……」
「……」
沈黙、緊張しているせいで一言も話せずに両者は森の中を歩いているだけだった。
零人の方は足元の物に注意して歩いていたのもあるが、なんせこのような状況で菜乃花と2人きりになったことが──というより女子と2人だけになるという経験そのものがなかったため、この微妙な空気を持て余していた。
だが菜乃花は勇気を振り絞り、ついにアクションを起こした。
「思うんだけど……零人君って凄いよね」
「うぇ……お、俺が?」
唐突に名前を呼ばれて零人は思わず動揺し、心臓の鼓動が強まっていた。
普段は大人しく清楚な菜乃花にいきなり言われるその言葉には、言い表しにくいがどこか威力があった。
菜乃花は照れ臭そうにしていたが、思っていたことを少しづつありのままに話していく。
「色んなこと、霊能力の事とか勉強の事とか普通に何でもできるし、びっくりするほど強いし、いつも何かあると助けてくれる。とっても優しいし、頼れるし……」
「え……」
「零人君がいなかったら私はもう死んじゃってたよ……」
「あぁ──」
菜乃花と零人の原点は菜乃花が事故で幽体離脱してしまったことから始まったのだ。
でなければ優人達と4人で昼を食べたり、優人達の大食いの応援に行ったりなどをした思い出も存在していなかったのだ。
あの時から彼女の大きく運命が変わっていった。
「──幽体離脱の時のこと気にしてるなら、別に良いよ。俺は立場もあるし、自分にできることをしようとした……当然のことをしようとした。
それが今に繋がってはいるけど、礼を言われるような事はしたつもりはない」
「そんなことないって! 零人君からしたら大したことないかもだけど、私にとって零人君は命の恩人なんだから!!」
「──そっか、そう思ってくれるのは嬉しいな。でも本当にあの時のことは気にしなくて良いよ。
大切なのは今だし、それに俺──そのためだけに入山さんが一緒にいるって思うのは、なんか悲しいんだ……」
「あっ、ごっごめん。そういうつもりじゃ──」
「あぁ、大丈夫大丈夫。入山さんが本気でそう思ってるとは思ってないよ、ただ俺が勝手にそんな想像しちまうってこと。
その──入山さんは俺の数少ねぇ、大切と思える人の中の1人だからさ」
少し目線を逸らしながら言っている零人は、10代らしく照れた表情をしている。その言葉に菜乃花は不覚にもときめいた。
零人から伝わってくる誠実さと言葉の重さ。
その大切な人というのが『友人』ということは重々承知だ。しかし彼女は、零人からそんな風に思ってくれるというだけで嬉しかった。
「ご、ごめんな。なんかちっと恥ずいこと言ったかも──」
「ううん、大丈夫だよ零人君……私も──そう思いたいから。だからね、あの時のことを……精一杯の感謝をさせて」
「うん……」
(今は──これで良い。いつかくるかもしれない……その時が来たら、その時にまたお礼をしよう。その時まで私は────零人君の大切な友達)
菜乃花は少しづつ前進していくこの関係を愛おしく思いながら、心からの言葉を述べる。
ここは片思いの相手としてではなく、彼女の恩人に対して礼を言う。自然と零人の手を握り、菜乃花なりの精一杯の感謝を今言える言葉で伝える。
「──ありがとう零人君っ! 私を助けてくれて、ありがとう」
「っ!」
菜乃花は自身の満点の笑顔を零人に見せた。
あの日に零人が見た悲しみと絶望の狭間の中で1人になっている少女の顔はもうない。目の前には、元気で幸せそうな友達の姿しかいない。
その姿と不意打ちの笑顔にに零人の鼓動が乱れ大きく荒れる。心臓が驚き、必要以上の血液が全身を巡り巡ってしまったせいで体温が上がって火照ってくる。
零人は心の底からこの笑顔を見れて良かったと思った、今にも声に出してしまいそうな程に。
そしてこれからもこの顔を見てみたいと直感的には感じるもこうした感情が初めてのため、零人にはよく分からないものがあった。
「──って、なんか話が変な方向にいっちゃったよね! ごめん……んあぁ〜恥ずかしいぃ」
菜乃花は後からやってきた羞恥心に頬を赤らめ、両手で顔を覆い被せた。
「俺の方こそ──まぁ、入山さん達がいるから今の俺はここにいるっていうのは1番確かなことだよ」
「そこは優人君の影響が1番大きそうだよね」
「うん、俺はガキの頃に能力者になってから……いやそれ以前に友達っつーのがいなかったんだ。
だからその分、今は友達が──みんながいてくれて笑ってくれるっつーのが俺にとって幸せなんだ」
彼の滅多に見せぬ素直な面が顔を出す。
淡々と話している時の零人はどこか寂しそうな表情をしていたが、同時にとても嬉しそうな顔もしていた。
「──だめだ、全然頭の中でまとまんねぇ」
「……ふふっ」
「くくくっ」
緊張していた2人だが、いつの間にかその緊張感は無くなり、気がつけば笑い出してしまう程リラックスしていた。
「──あのね、零人君。もし良かったら私のことも下の名前で呼んで貰っても良い?」
「えっ!?」
「流石に入山さんは友達だとしても、なんか遠い気がするから。良い?」
「──うん。じゃあ、えぇっと……なっ、菜乃花──さん?」
「はいっ。 ──えへへ」
菜乃花は今にもニヤけそうになるが必死になって堪えた。叫びたいほど走りたいほどの嬉しさで一杯だった。
だがここで零人が思わぬ反応を見せた。
「じゃ、せっかくの肝試しだし、手でも……繋がない?」
「ええっ!?」
「さすがに俺でも気がついた! キモかったよな、ごめん」
「ううん、そんなことない! 手……繋ご?」
「へ? あっ……うん」
両者は赤面しながら手を組んだ。
菜乃花はその小さく柔らかいスベスベとした手で零人の手を握る。零人の手は大きく、握られるととても暖かいのが肌から伝わってきていた。
心臓が爆発しそうになるぐらい2人の鼓動は速くなっていく。そして優しく互いの手を握るとゆっくりと歩き出す。
そして顔を赤くしたまま2人はゴールである出発地点に戻った。
すると2人はあることに気がついた、この催しの1番重要なことを。
「──そういえば、誰も驚かしてこなかったよね?」
「確かに……話してる時に誰も後ろから来なかったしな」
ただ後ろのペアも脅かし役も初々しい2人を驚かせることができなかっただけである。
さらに邪魔をしようとした何人かは脅かし役に回った香菜の裏工作によって止められていた。
「ありがとう、零人君」
「あぁ……こっちこそ」
(はあぁ〜どうしよ、幸せ過ぎたぁ。もう一度行きたい……)
(ヤベぇ、何気に俺相当なことしてんなぁ。これって普通は怒られる案件だよな? いり──菜乃花さんに嫌われないんならいいんだが)
2人がもっと素直になれるのはまだまだ先のことであるようだ。
世界最強という肩書きを持つ少年は、そのありふれた感情の名前をまだ知ってはいなかった。
これからこんな感じになりますが、
宜しく御願いします。





