第34話 宿儺の遺産
遅くなって本当にすいません。
狂乱のキャンプファイヤーが終わり夜が明けた。蛇夜山から覗くように朝日が昇ってくる光景はとても美しく、日本ではないようであった。
級友達と迎えた初めての朝は慌ただしかった。この日に行うことのために生徒らは朝食で栄養を補給する。
朝食を食べると自室へ戻り、急いでジャージに着替えて全員がバスに乗り込んでいく。──この日に待つものとは登山であった。バスで行くとすぐにその山の全貌が明らかになる。
「今日は髑髏盛山の登山だね、零人君……」
「まぁ、滅多なことがねぇ限りは平気だと思うぜ」
優人はバスに揺られる中、不安が募っていた。
この山は、昨日に零人が言っていた妖怪の群生地である。
大妖怪である両面宿儺が古くからこの山に眠っていた伝説──ではなく実際に眠っていた魔境の山、『髑髏盛山』だ。
宿儺自身は現在いないのだがその力の強大さゆえ、霊力がこの土地に染み付いてしまっている。その影響で大量の妖怪がこの地を縄張りにしているのだという。
「宿儺の力を考えて……昼間でも活動してる奴らがいると思う。登山は俺もしたいが、昨日のあの術じゃ効率が悪いからな」
「──時を止める」
優人が想像もしていなかったほどのビックスケールな魔術。優人も零人のチート能力ぶりには慣れてきてはいたが、今回だけは驚いた。
「まぁただ、世界全部の時間は霊力が足んなくて無理だし、髑髏盛山だけ止めるとタイムラグでちっと面倒なことになるからな……俺が妖怪共を誘導して俺の結界内で消滅させる」
相変わらずの実力と優人にはできない高等な魔術。
優人はまだその大罪の域には達していないことを実感した。
だが優人もはいつまでも零人に任せっきりでは居られなかった。
「……僕にも何かやらせて。少しでも零人君のお手伝いがしたい」
驚いて零人は優人の顔を見た。「止めておいた方がいい」というはずだったが零人はそれを声に出す前に飲み込んだ。優人はもう前とは違った瞳をしていた。
怖さからでなく、自分自身の何かに対する"目標”と"信念”の持って戦う目だ。
優人の成長をしみじみと感じた。
「……もちろんだ。じゃあ誘導の方は任せてもいいか?」
「わかった、任せて!」
2人は互いの顔を見て笑い合った。
零人にとってもう、優人は弟子や部下という認識ではなかった。信頼できる仲間というような存在であった。零人も優人によって成長させられている……
バスはとうとう山に到着し全員がその山に降り立った。
到着したらすぐに集まりクラスごとに列になって歩き始めた。生徒の中にはテンションは上がり鼻歌交じりで歩く者もいる。
しかし2人は周りと違い、緊張感を持って入山した。
優人は霊力を体に纏わせて身構えている。いつ奴らが襲ってくるかは分からないため、臨戦態勢を整え周囲を警戒する。
しかしどれほどの力か、またどれほどの数か分からない大量の敵と対峙するため、霊力の無駄打ちも容易にはできないという一方的な状況に理不尽さを感じる。
数十分が経過して山の中へどんどんと入って行く内に、それぞれ友人達と固まって動き始める。
そのため優人と零人は一緒に歩いて行動した。本当は香菜も共にいた方が心強いが、香菜のクラスはもう遥か先を歩いているため合流はできそうにない。
歩いていると優人は小さな声で零人に耳打ちをする。
「零人君、妖怪の気配ある?」
「気配はあるが──ない」
「えぇ、どっちなの?」
零人は段々と表情を曇らせていった。そして零人はこの山に感覚を広げてざっと探索し、確信を得た。
「最悪のパターンだ、この山に異次元への入口がある。天界だとか異世界とは別、この間お前が連れてかれた霊能力者の結界みてぇな世界と世界の間にできる亜空間。それが恐らく宿儺の作った世界への入口で今も存在している……こうなると敵の数は未知数、報告以上の数になる可能性すらある」
「……つまりは?」
「これからその異次元に行ってその世界を壊す」
──刹那の一瞬にそれは現れる。
アズやエイグ達、大罪の悪魔が現れる時のように空間が引き裂かれ、別空間の霊力が亀裂から漏れだした。
「わぁっ!!」
(いきなり現れただと!?トラップ式なのか?何故このタイミングで……)
奇妙で恐ろしいそのゲートは大勢いる者の中から優人と零人だけを吸い込んでいき、この世界から2人を引き離した。
零人は体のほとんどが飲み込まれ優人も半身はそのゲートに飲まれていく。周りにも人はいるが、誰も気がついていない。古来からあるとすれば、この程度の認識阻害効果があっても不思議ではなかった。
優人は引きずり込まれた零人の手をつかもうとする。
「れ──────」
優人は引きずり込まれながら零人を掴もうとしたが視界は歪み、体の形が螺旋状に変形した。優人の意識が混濁し始めた時にはもう既に遅かった。
周りに誰1人気付かないまま、2人は歪んだ世界に消えていった。





