第33話 炎の祭典
その祭典は呪術や宗教から発生したものであり、霊能力者にも深く関わる行事の一つ……神聖な力が秘められている炎を祀ることで神へ祈りを捧げることを目的としていた。人々が神への感謝または謝罪などのために行う神との対話の空間。
──だが彼らはそんなことはどうでもいいし興味もなかった。この林間合宿の3日間で1、2を争う人気の企画"キャンプファイヤー”である。
生徒達が以心伝心、無言でそれぞれの作業を自主的に行う。炎の準備や燃やす木材の設置に灯油をかける所までを迅速にこなす。教師陣でやるはずだったことを僅か10分程度仕上げてしまう。
この林間合宿だけは結束力が最大限に引き出されているため、彼はとうとう無言でも心が通い合う境地まで達していた。
だがあまりにも対応が早いため本当に教師陣は複雑な心境であった。今日は一日中こんな心境であった。
言われずもがな、生徒達はその灯油の匂いと炎の明かりを察知してゾロゾロと寄ってきた。そして5分と経たぬ前に全員が集まった時はちょうど良かった。空が暗くなり始め、紅い太陽から白く輝く星々に光がバトンタッチされる。
いよいよ火は点火されお待ちかねの夜行事、キャンプファイヤーが始まった。
クラスの代表者達が前で進行役を務める。その内の1人がマイクで宣言した。
『それでは、これよりキャンプファイヤーを始めます』
『うええええぇぇぇぇぇい!!』
興奮した男子達もといオランウータン共が発狂して雄叫びが山を駆け登る。その中に優人の姿もあったが零人は見て見ぬふりをした。
レジャーシートが引かれていて、他の男子達が立っていたので零人は少しだけダラっとした姿勢であぐらをかく。
「やっぱこういうのは面白れぇな」
「うん!」
優人と零人はいつもの定位置として隣同士で座る。だが少し羨ましそうに香菜は零人を見た。
「うん……今日のところは良い──この後にかけよう」
(……何か西源寺に目を付けられた気がしたが──まぁいいか)
『それではまずは有志発表です』
拍手が沸き起こった。大体ここで活躍するのは軽音部や陽キャ達と相場が決まっている。
ちなみに彼らは有志の内容は疎か誰がやるのかも知らない。有志をやる者同士でもそれはシークレット、互いに知らなかった。サプライズ要素もあり、雰囲気はとても良かった。
『最初はこの2人の登場です。中学から同じこの2人。期待の新生漫才コンビです。優崎君と飯塚君のコンビ『チーズ』の漫才です!』
「え?て、あっ!」
零人は横を見ると今までいたはずの優人の姿が消えていた。
『どうも〜』
定番の挨拶で登場していた2人。コンビ名のチーズに関しては謎だ……
──この2人の終わりの挨拶をまともに見れた者はごく僅かだった。皆が腹を抱えて過呼吸気味になりダウンしている。
学校行事で行う漫才はただでさえ笑いのハードルが低く、笑いが起きやすいものだがこの2人の漫才はプロにも匹敵する程だった。この2人はなんと、オリジナルの漫才。しかも、この2人ならではの漫才だ。
まず政樹だが、完璧なツッコミ技術を心得ている。優人のボケを巧みな言葉使いでさらに笑いを生み出している。そしてたまに入る自虐ノリツッコミがとても好評で彼自身の"モブ”要素を上手く利用していた。
一方優人だがこっちはいつもと全く変わらずに前に立って話していただけだった。天然発言とピュアな反応によって強烈なボケを製造する。
そして恐ろしいことに、この2人の漫才は後半からアドリブだったのだ。というより優人が途中にネタを忘れて、ネタに全く関わっていない香菜に『あれ……ねぇ香菜ちゃん、次は僕なんて言うんだったけ?』と普通に聞いてきた時から脱線を始めたのだ。中には零人のゲーム時間が長いという趣旨のことも言っていた。
(ネタで俺のこと使うんじゃねぇよ……ククク、腹痛てぇ)
「もういいわっ!」
『どうもありがとうございました!!』
これで笑わない者はいなかった。まだ笑いが止まぬ中、大きな拍手が送られた。
進行も含めて落ち着きを取り戻してから再び有志発表の方にに戻った。
『フフフ……え〜続いては、真神君によるギターソロです』
「零人君!?」
前にいた何人かがアンプを台車で運び周りがザワつき始めた。
「え、ギター?しかもエレキ?」
「零人ってそんなこともできるのか?」
実際に演奏を聞いたことがあるのは優人だけである。会場が疑心暗鬼な様子だった。零人は空気でタイミングを見計らう。
(優人達の勢いを殺さなければ、多分雰囲気は大丈夫だろう……)
零人はこの青春行事のために普段ならしないであろう有志の参加を決意したのだ。
(……よし、今だっ!)
ジャーン!!
『……!!』
派手でロックな音がスピーカーから放たれた。音を聞いて生徒達は明らかに零人が素人ではないことを知る。そこらで演奏しているようなバンドより何倍も繊細で、正確で、豪快な演奏だった。
──ちなみに選曲だが、零人には非オタも楽しめるような流行りが分からなかった。なのでロック風で最近話題だと言われてる曲を適当に耳コピしてきたのだった。しかし零人自身のギターの実力は随一、1度しか聞いてない曲ばかりだったがプロのような演奏を奏でた。
「これあの曲じゃない?」
「あぁ、あの映画の!」
「あれ、これもしかしてカバー?俺この曲、本家よりこっちのが好きかも……」
今流行りというその曲は零人のアレンジが入りさらにグレードがアップしていた。
「すげええぇぇぇ!!!」
そこはもはやライブ会場になっていた。生徒は盛り上がって掛け声を上げ、教師達は驚きながら笑って零人のギターを聞いていた。
零人の演奏で合計で10分が経ったが生徒達はさらにアンコールをしたのでさらに延長されそして最後の1曲を迎えた。零人のライブは惜しまれながらも終了した。
「みんなサンキュー!!」
零人は気分良く叫ぶと盛り上がった会場中の生徒達は声を揃えて今日で1番の歓声を上げた。
『ふおおぉぉぉぉぉ!!』
その後も何チームか出場したが序盤2組のインパクトに負けた感が強く出てしまっていて、零人と政樹は申し訳なさげにしていた。
これで有志の発表が全て終わる。そして司会から次のイベントを告げられる。
『有志が終わりましたので──続いてはフォークダンスの時間です』
『おおぉぉ!』
フォークダンスはキャンプファイヤーで定番のリア充向けイベントだ。だが同時に非リアにとって憂鬱なイベントの1つ。だが中にはこのタイミングで異性を誘うことで成就できる者もいる。
そしてこれに賭けているある少女が2人いた──
(今日はあんまりいなかったから、優人と一緒に踊りたいなぁ……)
まずは香菜だ。
純粋に一緒に楽しみたいという思いでこのイベントをずっと待っていた。その心は優人並にとても純粋だが、どうしても女の性は出るものだ。己の欲が抑えられなくなりそうになる。特に先ほどの有志の時、優人の隣に零人がいた時は思わず嫉妬してしまいそうになるほどだった。
そしてもう1人──
(零人君、一緒に踊ってくれるかな……)
この恋する乙女、菜乃花である。
零人に助けられて以来、零人のことを意識し始め完全なる恋心が芽生えた彼女はこのイベントによって一気に心の距離を縮めることを目指していた。だがそれに対する不安感もあったり。
悩み、恥じらうその美しい心は恋する乙女そのもの……菜乃花は既に恋の病によって侵されていた。
『よし、誘おう!』
そんな2人はそれぞれの相手に声を掛けようと近づいた。しかし司会がそんな乙女たちに残酷な内容を話す……
『あのえぇ……残念なお知らせがあります。時間の都合によってフォークダンスがキャンセルとなりました』
『──っ!?』
「ええ〜、残念だな〜」
「Good!」
「まぁ、仕方ねぇか」
あらゆる角度からの意見が入った。だが実際これで別に良かったと思う生徒はかなりいた。非リア、付き合っていてもはずかしいもの達、単純に先ほどのライブで燃え尽きた者等々。
時間に関しては零人のライブの延長などが原因だったらしい。
この大勢の中で香菜と菜乃花は膝から同時に崩れた。楽しみにしていたこのイベントが無くなってしまったのは精神的にデカかった。
だがしかし2人はここで諦めなかった。最後にして最強の合宿イベントが明日の夜に催される……
『これはもう、明日の肝試しにかける!』
この日の夜は皆が明日の決戦に向けて眠った。今日の無念を晴らすために、明日に備える。
そして香菜の中では恋情以外に燃ゆるものがあった。
「もし、零人君の何かしらの影響によって明日も中止になるようなことがあれば……霊力徴収しかない」
──ブルッ
「どうしたの零人君?」
「いや……なんでも」
(まさか今日の事で西源寺がキレてたり……怖えから想像すんの止めとこ)





