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第31話 難問だらけの合宿

 7月上旬、雨もだいぶ減り夏らしさが日々増して暑さを実感してくるこの時期、この学校では3日間連続で行われるある行事が存在する。

 同級生との協調を身につけるべく学校が毎年生徒達を中部の山岳地方に派遣する。その行事とは──


「とうとう林間合宿だあぁぁ!!」


「行く前から元気だな優崎」


「えへへー、楽しみだったんだあ〜」


 毎年7月中に1年生達はこの林間合宿に参加することになる。別に変わったことはなく山登りや飯盒炊飯などをするような普通の合宿。

 だが普段の学校生活に退屈した生徒達はテンションが狂ったように高い。特に運動部の男子達に至ってはまるで餌を与えられた野生の猿のように騒いでいる。


「それじゃぁ、バスに乗りますよぉ!」


『はあ〜い!!』


 担任のその一言だけで全員がキビキビと動き、スムーズにバスの中へと乗り込む。担任はこれをいつもして欲しいと思ったのであった。そしてバスは優人達の泊まる宿に向かって走り出した。



 優人はバスの真ん中の右窓側の席に座る。自然と隣に零人が座席に腰掛けた。バスが発車してから数分ほど経つと零人は優人に尋ねた。


「……優崎、今回行く所の場所全部言ってくれ」

 

 優人はバッグからしおりを取り出すと予定表の欄を指でなぞって確認しながら予定を述べた。


「えっと、今日はまず泊まるペンションに行ってキャンプするよ、蛇夜山(へびよるやま)の麓にあるペンション。それで明日は髑髏盛山(どくろもりやま)を登って夜は蛇夜山で肝試し。僕肝試しとか苦手だからちょっと怖いんだよね……」


 実際に悪霊と拳を交えているとはいえ優人の根底的な恐怖心はまだ残っているようで、話しながら優人は畏怖しているような素振りを見せる。


「そして最後の日はバーベキュー、美味しいお肉とか野菜があるって言ってた!」


 優人は話している内に舞い上がって胸の高鳴りが抑えられなかった。だがその隣りに座る零人は深い溜め息を吐いて頭を掻いた。


「そうか、はぁ」


「もしかして零人君、元気ない……?」

 

 面倒そうにしつつも何処か真剣な面持ちをする零人は周りに聞かれないよう小声で優人に残酷な事実を伝える。


「今回俺らが行く場所全部が厄介な所でな。現状だと日本で凶都府の次に危険だと霊管理委員会が判断した魍魎発生地域だ」


「嘘ぉ……林間合宿でも悪霊が来るんだ」


 林間合宿でしばしの悪霊達との別れ、と甘く考えていた上に日本有数の霊的危険地域だと告げられた優人は一転して落胆した。

 零人も優人の様子を察したかったものの、来てしまった以上は伝えねばならないと情報を開示する。


「この蛇夜山は土地の性質と戦の生臭い歴史背景の影響で霊力が大量発生してる。俗に『霊脈』って場所だ。戦乱による死者に加え、奴らに引き寄せられ住み着いた妖怪がここら一帯に集まってる」


「妖怪って、河童や一つ目小僧……みたいな可愛げある妖怪じゃないよね?」


「陰陽師全盛期の時代から残ってるような妖怪達だ。たとえ元は河童の妖怪だとしても、今となっちゃ異形の妖怪と化してる筈だ。俺が今回来なきゃ、委員会は悪魔の軍でも送ってただろうよ」


「そそっ、そんなに危険な場所に、これから行くの……!?」


 零人か軍の派遣、それほどまでの対応を取らねばならない程の妖怪達。当然優人が怯えないはずも無く、未だ見てもいない相手にも関わらず彼の足は竦んでいった。

 そこへ追い討ちをかけるかのように零人は更に最悪な情報を通達する。


「そして1番の注意点は2日目に行く髑髏盛山だ。そこにはかの有名な鬼神、両面宿儺の逸話が残る曰く付きの場所だ」


「えっ! 両面宿儺って……」


 その名前は優人でさえも知る伝説の化け物のものだった。両面宿儺、それは日本書紀にも描かれた2つ頭と4本腕の鬼神。この髑髏盛山や蛇夜山のある地方に伝わる伝承上の存在。

 一時期ネットで両面宿儺に関する創作話が出回ったことで優人を含めた多くの者に存在を知らしめた存在でもある。


「両面宿儺は『鬼神』としての人々の認知から派生して生まれ、他の鬼神や妖怪を屠り滅ぼしながら妖界を制した大妖怪でもある。お前が知る以上に多分やべぇ妖怪だ」


「もしかして、僕達はその両面宿儺と戦うの?」


 優人の不安は明確な恐怖心に変わりかけていた。数々の伝説を残したとされる鬼神と相対するなど到底考えられなかった。

 だが零人は撫でめるように優人の質問を否定する。


「それは心配いらねぇ。1年前に大罪の能力者の『憤怒』と『傲慢』が両面宿儺を討伐して、奴はもう委員会側に下った」


「そうなの……? そっ、それなら良かった」


「だが弊害が1つある。両面宿儺が長年いたこの髑髏盛山には奴の作り出した結界、固有異界が存在している。奴の話だと、そこには準聖獣レベルの化け物共がまだ大勢残ってるそうだ」


「ま、まだいるの? そんな強い妖怪が沢山……」


「ああ、このことはかなり慎重に事を進めねぇといけない。まぁ最悪、山ばっかりのそこらじゃ派手に戦闘してもバレねぇから俺が片付ける」


 零人からそう言われはしても、1度生まれた恐怖心は優人から中々取れはしなかった。

 だが零人はここで更に凶報を畳み掛けた。先程より声のトーンが下がり、ただ事ではないことはもう優人にも分かった。


「──あと、もう一個悪い知らせがある。これは霊関係のことじゃねぇ」


「えっ? 霊関係で悪いことって……あっ!」



 優人は隣りを振り向くと、横にいた零人が顔面蒼白になっている事に気がついた。優人は彼の顔を見るとすぐさまし自身のバックを漁り、エチケット袋を探した。


「酔っちまった……」


 零人には瞬間移動や飛行、疾走など乗り物を用いらない高速移動手段がある。乗るとしても飛行機のみ。長距離を自動車で乗りなれていない零人はあっという間に乗り物酔いになっていた。

 三半規管の正常化や体調の回復などの利便性のある術は当然、怠惰の制限の対象内。


 もはや零人は胃から上がってくる吐瀉物を袋に吐き出す他無かった。

 優人は零人を窓側の席に移動させ、窓を全開にする。胃の内容物を吐き出す零人を優人は必死に介抱する。


「酔い止めって零人君持ってる?」


「そもそも、薬自体を今まで飲んだことが────うぷっ」


「うわぁっ大変! 誰かっ!! 替えの袋ない!?」


 かつて無い屈辱と襲い来る未曾有の吐き気の中、零人は最初から最悪の滑り出しを迎えて頭を抱える。



「先が思いやられ──うぼっ……」


「うわあぁぁ!? 零人君しっかり!」



 2人の怒涛の林間合宿がここから始まることとなった。

林間合宿編

スタートです!

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