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第29話 用心棒

 土曜の昼、いつもだったらのんびりしているこの時間に優人達は学校が終わった。日にち調整のための半日授業だったらしい。


「ふぅ、土曜日って学校に来ないから疲れちゃうよね」


「アニメや漫画からしか高校の知識がねぇ俺にはまさかの事だったぜ、これほど休日の学校を恨むようになるとはな……」


「でも月曜日は休みだよ?」


「いや……何かが違うんだよ。日曜日に翌日の学校の授業が嫌になるがその分、週末や週の途中で楽しみ作って乗り越えてる。だから1週目は緩み切り、翌週にその状態から引き伸ばされる。その時が1番辛いんだよ」


「た、確かに……でも学校のこと知らないって言ってたのに全然詳しいね」


「お前……想像したことあるか? 休日に突然呼び出されたと思ったら封印すんのに丸3日、抑え込むのに2日、倒すのに丸一日かかる敵の相手を任された時の絶望を──」


「ないけど……何かごめんね」


「あん時は脳内麻薬物質イジリすぎて()()()()になった挙句に発狂したぜ……」



 そんな零人の伝説がまた一つ語られたところで2人は街の商店街に来ていた。目的は、商店街にあるスイーツを食べ歩きすることだ。

 近頃はテレビでこの上葉町の隠れスイーツ特集やグルメロケ番組が放送されてからあちらこちらの店で限定スイーツが販売されるようになった。

 この間は若者向け雑誌のスイーツが美味しい街ランキングで堂々の第1位を獲得したばかり。優人達もスイーツ巡りがマイブームと

なっていた。


 学校から近いこの『アゲハ商店街』はその少し昔な雰囲気の見た目とは裏腹に上葉高校生達や地域の人達の憩いの場と化している。


 この商店街の中で最近人気の店が『珈琲喫茶 紳士(ジェントルマン)』である。

 そこのコーヒーとデザートはグルメサイトでも高評価の店だが、決まった数しかデザートを作らないというマスターのこだわりの方針があり店前には常に長蛇の列が形成されている。

 そこで2人は新作のクレープを堪能しにやってきた。優人はここへ来るのは初めてだが、零人はある日この商店街へ立ち寄った時にここのコーヒーを飲んでからすっかりファンだという。


 しかしこの店人気なだけに中々の混み具合だ。恐らく30分程待つことになるであるだろう。並ぼうと思った時に店員が店から出てきて、メガホンでその場の客に伝える。


『申し訳ありませんが、本日のクレープ完売致しました!』



 並んでいた人々が残念そうに解散する。


「マジでか……俺の1週間のご褒美が」


「うん、残念だけど今度にしようね」


「口がクレープになってる今の内に食いたかったわ〜」


 優人達も帰ろうとしたが店から出てきた小さな箱を2つ持った買った客に呼び止められた。


「あっ、おい2人ともぉ!」


 聞き覚えのあるその声の主は和装で優しい笑顔の男性だった。その独特な雰囲気がとても印象的だったのを零人は覚えている。


「あ、パパ!」


 この街で1番の大企業『優崎グループ』の社長であり、優人の実父の優崎仁であった。仁は前に零人が家へ訪れた時よりも砕けた印象で話しかけてきた。


「優人と零人君じゃないか。2人ともクレープを買いに来たのかい?」


「うん、今売り切れちゃったけど……」


「それならあるよ。家族全員分のクレープ」


「本当に!?わあぁ!」


 仁は優人に箱を1つ手渡した。欲しかった玩具を買ってもらいはしゃぐように優人は歓喜する。


 そしてもう1つの箱を丁寧に持って、優しく零人に手渡す。


「息子がいつも世話になってるね。実はそのお礼代わりとしてちょうど買ったものなんだ。ここのクレープと私のオススメのリンゴタルトだ。良かったら召し上がってくれ」


「は、はい!すいません、わざわざありがとうございますっ!!」


 人から物をもらい慣れていない零人は平然を装いつつ、心の中では慌てつつも優人と同じぐらいにはしゃいでいた。


 仁の静かな笑顔は優人と本当に瓜二つ。優人の天真爛漫な所や笑う時の表情は優人の母の血が濃いが、顔の造りはやはり父の仁に似ている。微笑んでいる時の顔が特に似ている気がする。


 そんな和やかな空気が流れていたが──それは悲鳴によって掻き消される。


「きゃああぁぁ!」


 女性の甲高い悲鳴が聞こえるとその方向に皆が目をやった。


 スクーターに乗った男が女性物のバックを握り締め、こちらに向かう形で走ってくる。犯人の薄ら笑いがヘルメットの隙間から見えた。


「ひったくりです、誰か捕まえて下さい!」


 運が悪く、今そのスクーターの走っている場所には誰もいない。今からでは他の人は追いかけられそうにない。

 このまますれ違うとしたらこのにいる3人だけ────いや、2人であった。

 なぜならさっきまで目の前にいた仁が姿を消したからである。


 ガシャンッ!


 いつの間にかスクーターが倒れ、金属がアスファルトに擦れる音が鳴り響く。零人は何が起こったんだと目をこらすと、そこには倒れたスクーターに足を乗せ鬼のような形相でひったくり犯を睨みつけていた仁がいた。

 仁の優しく見守るようないつもの表情から想像ができないほど覇気と殺気を放っている。悪霊や魔獣など恐れるに足りないほど恐ろしかった。


「おいおい、霊力なんてあの人使ってなかったぞ」


 そして仁が蹴ったであろうスクーターは、部品が完全に破損している。しっかりと残っている蹴りの跡と音から、おそらく一蹴りであそこまでバイクを破損させたのだ。

 服のせいで見えなかったが仁が履いているは下駄でもなく武装した靴でもなくただのサンダルだ。そして零人は自分の目や耳で確かめた情報を統一する。


 ──端的に言えば、ブーストも強化も無しの"ただの蹴り”で人が走る鉄クズを破壊したのだ。これはもう人間の技ではなかった。


「おい、てめぇ……俺の街で何こんなクソ見てぇなことしてんだ、アァ?」


「ヒィィ……」


 仁は睨みつけるとドスの効いた低い声で犯人を威嚇する。チンピラのように喚き散らさず、静かに殺気を放つことで相手を威圧していた。その威圧から分かるのは、仁が"そっちの道の人”ということだった。キレ方の格がそもそも違う。


 男は一瞬怯むも咄嗟にポケットからナイフを取り出して仁を刺しにかかる。

 だが仁はそのナイフを持つ方の手首に上体を低くしながら回し蹴りでそのまま蹴り抜いた。


 当たったのは手首だったが、その衝撃で腕が可動域をオーバーしたことにより肩が外れたようだ。



 ──ガキンっという、人から出ると思えないほど鈍く生々しい音が肩から生まれた。


「あぐあぁぁ!!」


 痛みのあまり男は倒れ込んでもがき回り、その隙に仁は取り押さえた。

 暴れる犯人を止めるために仁が男の耳元で呟いた。


「えぇ加減にせぇ……」


 犯人を含め、周りの人々がその言葉でピタリと静止する。そして数分後に警察が到着しひったくりは御用となった。


「優崎さん、ありがとうございます!」


「仁さんかっこよかったなぁ」


「さすが優崎の旦那ぁ!!」


「組長はスイッチ入るとマジで別人ですよね」


 警官だけでなく周りにいた客や商店街の人達が仁を賞賛した。


 バックをひったくられた女性、商店のおじさん、若い大学生ぐらいの男、セーラー服を着た女子高生まで30人ほどの老若男女に囲まれ、芸能人のような雰囲気を纏いながら絶賛されていた。


 本当にこの家族は街の人に顔が広いようだ。


 ──しかし零人はある言葉を聞き逃さなかった。



「く、組長……?」


 その一言を聞くと買い物袋片手おばさんに零人は話しかけられる。


「あら、あなた知らないの?仁さんってここらじゃ有名な『優崎組』っていう所の組長なのよ。て言っても今はもう組じゃなくて『優崎グループ』だけどね。何よりとても良い人だし違法な事やったり物を持ってたりはしてないらしいからね」



(………て、本物のヤクザやないかい! でもこれ漫画とかで見る『堅気に手を出さない方』のタイプだ。そういや会社やってるし金持ちだもんな……でもリアルでこういうの見ると、やっぱかっけぇな。

 てか──優人になんかあったら俺の方こそ消されるかもな)



 そしてパトカーが商店街から去っていくと、先ほどまでのいつもの商店街へと戻った。


 ちょうどその時に商店街奥から見知った声が聞こえてきた。

 ──その声の主は白夜だった。



「あれ、組長! どうしたんですか!?」


「おぉ白夜じゃないか……また大きくなったな」


 仁は白夜の赤い髪の毛を撫でていた。この2人は中々親密な様子だ、まるで叔父さんと甥っ子の雰囲気に似ている。


「パパ、白夜君とも知り合いなの?」



「──まぁな、優人は知らなかったか。昔から年が近いから凌助と沙耶香と一緒に遊ばせていたんだ。あ、零人君。少し耳を貸してくれ」



 すると仁は零人の耳元で小さい声でささやくように話した。

 仁なりに同業者である零人にも話さねばという思いがあってのことだった。



「──実は白夜はちょいと家庭の事情があってな。7年前、本当はウチに養子として迎え入れることになってたんだが、うちの参謀(副社長)が『引き取りたい』っていったから新川家の養子になったんだ」



 淡々と語っていたが、あまりにも衝撃的な内容だった。


 白夜はもしかしたら、優人の弟になったかもしれない。その事実は同僚の零人でも知らなかった。

 当然だが、過去なんてプライバシーは友人といえども容易に触れられるものではない。



 優人は何を話しているか分からなかったが、その話し声が聞こえた白夜は少し顔を赤くして頭を下げた。



「その節は、本当に感謝しています。父さんと母さんと組長には感謝してもし切れません」


「堅ぇな……でも嬉しいね。真っ直ぐに育っててくれて良かったよ」


「皆さんのおかげですよ」



 恐らく本人も似たような感覚だろうし、この関係性を幸せだと思っているのだろう。白夜は今だけ子供の顔をしていた。



(過去を覗くつもりはねぇが……お前も頑張ったんだな)



 この光景に思わず零人少しウルっときた。──彼は家族ものの話に弱い節がある。



 ───白夜と優人は一足早く話しながら帰っていったが、仁と零人はゆっくりと話しながら家に向かう。

 零人の方から霊能力者として必要な情報や優人のことを説明しながら。すると仁は思い出したかのようにニヤニヤとしながら零人に尋ねる。



「そうだ、零人君は聞きたいかい? 白夜をうちの養子にしなかった本当の理由を……」


「は、はい……」


 零人は固唾をのむ。そんな風に言われてしまったら気になっていたしょうがない。

 だがもしや何か恐ろしい裏の事情があるのかと身構えた。



「──7年前、あの子と会った時に沙耶香と遊ばせたのだがその時のアイツの反応でわかったよ」


「……?」



「──あの子はうちの娘に惚れたってね」



「……え!?」



(そ、それが養子にしなかった本当の理由……だと!?)


 しかし思えば、大食い大会の時も白夜は沙耶香と一緒にいて恥ずかしがっていた。

 その恥ずかしがり方は今思えば()()特有のものだ。

 そして僅かながらに沙耶香もその兆候があるのではないかとラブコメで鍛えた零人の恋愛観察眼は言っていた。



 しかしそれを7年前に分かるとは……仁が凄いのか白夜が分かり安いのかは零人には分からなかった。すると仁は自慢げに甥っ子のような白夜のことを語り始める。



「新川の所なら育ちの心配は要らないし信頼もしている。今も白夜はソレな様子だし、若いが人間的にも仕上がっている。だから俺はいつ結婚の挨拶に来られても問題ない! 白夜に『娘さんを下さい』と言われたら即答で了承するさ」



 それはあまりにも気が早すぎる……と零人はツッコミそうだったが仁の観察眼の正確性は侮れない。

 零人も本当にその未来が来そうな感じがした。



(というか、この人はこういう人間なんだろうな……人を見る目も惹き付ける力もあるんだな。そして家族やダチのことを自分のことよりも嬉しそうに語る……この人が組長になれた理由の片鱗が見れたな)



 ──この上葉町に住むヤクザの組長であり大企業の社長、優崎仁。

 彼はこの街を愛し多くの人に慕われ多くの人生を変えていくのだろう。

 この街の英雄ではなく、用心棒として。

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