第2話 放たれる黒腕
「もう一度言うが俺は霊能力者で、お前は俺らと同じく霊能力者の資質がある人間だ」
予想してなかったカミングアウトに優人は戸惑いを見せていた。一方でそのカミングアウトを告げた零人は慎重に優人の様子を伺う。
(とりあえず言ってみたは良いがどうだ。どう反応する、優崎優人)
零人自身もこのような非現実的な話を優人が信じるか半信半疑だった。
しかし突拍子もない話をされた優人は当然ながら、素直に彼の言葉を信じられない。
「何言ってるの!? 零人君」
「まぁそうなるよな。とりあえず──」
「もしかして零人君って『ちゅうにびょう』?」
「……はぁッ!?」
優人の口から飛び出したとんでもない発言に零人は声を荒らげた。
「確か現実と想像の区別がつかなくなる病気、なんだっけ? ママが前に言ってた」
「……あ?」
零人は想定外の発言に驚いたと共に、過去にないほどの困惑とむず痒い苛立ちを覚える。
(確かにこの状況で信じられねぇのは分かるが、中二病? この俺が、中二病!? 俺が、この俺が中二病だって、言ったのか……なあぁぁっ!)
零人は僅かにキレかけたが、まだ話し合いの場を維持できているだけマシだと自分に言い聞かせて感情を抑え込んだ。
(てかコイツの様子と霊力の揺らぎを見た感じ、悪意は全くなかったな。余計にタチ悪りぃけどな)
零人は怠そうに溜め息を吐くと死んだ魚の目をしながらまた歩き始めた。
「はぁ、まあいい。実際に見せればお前も信じるか。ついてこい優崎、俺の知り合いの寺がすぐそこだから実物をそこで見せる」
「『ちゅうにびょう』ってどれだけ危険か分かんないけど、病院は行かなくて大丈夫……?」
追撃の一言を受けた零人は何かがプツリと切れ、こめかみに血管が浮き上がると同時に怒鳴り声を上げる。
「いいから来いッ!」
ここまで中二病扱いをされては零人の堪忍袋の緒が切れる。優人のペースを無視して零人は早歩きで寺へと歩き出した。
流石にこれ以上は彼でも限界だ。
優人は不機嫌な零人の後を心配になってついて行った。
「あっ、待って零人君。ごめんね、言い方が悪かったかも!」
機嫌を損ねた零人を追いかけること数分、二人は零人が話していた寺に到着。
歩いている内に辺りは暗くなり、夕日が石壁の向こうから漏れて並ぶ墓石を照らしていた。
朱色に染まったその光景は何処か不気味な雰囲気で、優人の足は寺の気味の悪さに少しばかりすくんだ。
だが零人は境内の墓地の中にズケズケと入り、それを見た優人はあたふたする。
「ここならいいか」
「だっダメだよ、勝手に入っちゃぁ。怒られちゃうよ」
「とりあえずこれ見てから言うことは言え」
「でも零人く──えっ?」
零人が言葉を放った瞬間、物理的な空気感が変わることを優人は肌で感じ取った。
冷たい風が僅かに吹き、墓石の上に止まっていた小鳥達が一斉に飛び立つ。
優人が真っ先に感じたのは不可視の圧力。
手足に鳥肌が立ち、背には微弱な電流が流れるようなビリビリと震える感覚だ。
優人が怯えている横で零人は地面を見つめてとある名を呼ぶ。
「小犬神」
零人が名を言ったその瞬間、地面から光の円と文字が出現。優人は地面に浮かび上がった光を見た瞬間、驚愕して飛び跳ねた。
「ななな、これえぇっ!? 地面になんか出た!」
それは紛うことなき『魔法陣』で、それらしき紋様と文字が地面に刻まれていた。
朱の魔法陣は一瞬のみ激しく発光し、紋様から小さな獣が飛び出し彼らの目の前に姿を現す。
『──ワンッ!』
中型犬ほどの体躯で青い炎を纏った犬が零人の足元に座り、犬は優人に愛嬌のある顔を向ける。
「こいつは小犬神、ひとまず見せるだけの呼んだ低級式神だ。これで信じる気になったか?」
零人が宣言通りに式神を喚び出して目の前に座らせると優人は絶叫した。
「どゆことぉ!? どうなってるのこれ?」
「だからなぁ、はぁ……」
零人は面倒そうにしながら先程の説明をもう一度繰り返し優人に教えた。
先と同じ説明を今度は真に受けると優人は目を輝かせながら確認の質問を繰り返す。
「つまり、零人君は本当に霊能力者って事だよね?」
「そうだ。俺は正真正銘、本物の霊能力者だ」
「うわあぁ。零人君すごい、カッコいい!」
「そんなことより、さっきから本題に入れてないんだが!?」
零人は度重なる説明の面倒臭さで半ギレになりながら無理矢理優人の話を軌道修正しようと試みる。
「まずお前は強い霊力を持ってるだろ?」
「そうなんだ! えへへ、嬉しいなぁ……霊力って?」
「霊力は魔力とかMPみてぇな術を使うためのエネルギーだ」
「霊能力を使う時に必要な力なんだね、分かった!」
「そしてお前は俺が見た限りだと結構な霊力があるんだが、お前は霊を見たことも能力を使ったこともねぇんだろ?」
「うん、今日まで見たこともないよ」
零人は優人の回答を受けると眉間に皺を寄せて考え込むが答えは出なかった。
「まあ良い、どっちにしろお前には最低限だとしても霊能力を覚えてもらえりゃ良い。教えるからちゃんと覚えてくれよ」
「えっ、教えてくれるの!?」
「霊力が多いほど悪霊や魔獣の標的になる。奴らは霊力を食うからな。お前ぐらい霊力量があると、こっちも無視する訳にはいかねぇからな」
零人はようやく話が快適に進み始めたお陰で調子が戻り、落ち着いた口調で話しかける。
「そうなんだぁ」
「ましてや術も使えないお前なんかは完全に最高の餌だ。自衛の術は学んでくれ」
「はい、先生!」
「そこまでかしこまらなくていい」
ここに新たな友情が芽生えた、と優人が思ったのも束の間だった。零人は優人へ唐突に練習の開始が通達される。
「じゃあ試しにやってみるか」
「へっ、何するの?」
零人は優人が首を傾げると、ニヤッと笑って一人語りのような説明を開始。
「実はこの寺、知り合いの寺じゃなくて依頼された寺なんだ。管理不足が原因で悪霊が集まるようになっちまったらしい」
「え、零人君。あっ! ま、まさか……」
「昼間も活動する霊はいるが、基本的に雑魚悪霊が活動するのは夜だ。日が落ちたちょうど今──」
零人が悠長に語っていたその時、夕日は完全に落ちて辺りが一気に暗くなる。
『……ウゥゥ』
「えっ、えぇっ!?」
周りの墓にしがみつく悪霊達が突如暗闇の中から姿を現した。周囲で響き渡るのは、赤い眼で二人を見つめる亡者達の唸り声。
「ここは悪霊達の狩り庭になる」
一体の悪霊が彷徨すると連られて他の悪霊も叫び出し、墓地は阿鼻叫喚の地獄のような場所へと成り果てる。
優人はそのおぞましい存在達に心底震え上がった。
「ひいぃぃぃっ!?」
悪霊達は雄叫びを上げるとゆっくり優人の方を振り向き、呻き声を発して急接近。
「うっ、うわぁぁぁぁぁぁ!」
優人は魍魎達への恐怖心で立ち向かうことなど出来ない。優人は本能のままに彼らから逃げ始めた。
しかし零人は優人への援助は一切行うことは無く。
「一応、俺は宙に浮きながら様子見てる。まず自分で対処してみろ」
「そっ、そんなぁ」
「危なくなりゃ俺が倒す。だから怖がらねぇで良い」
「無理だよ!」
その後、優人は悪霊達に追いかけ回され続け、零人は空中に浮かんでその光景を俯瞰しているという状態になった。
「零人君、助けてよぉ」
「こいつらは強くもねぇし大した脅威じゃない。それに普通の人間でさえ経でも唱えりゃ簡単に祓えるぞ」
「うあぁぁぁぁぁ!」
優人は泣き叫びながら手を合わせお経を唱える。だがその効果は皆無であり、悪霊の猛追は止まらない。
(マジかよ、除霊すら出来ねぇのか。戦闘や悪霊と相対するセンスの欠如……いや、恐怖を理由にこいつの魂も拒否してんのかもな)
零人は優人に対して抱いた淡い期待が外れたことに思わず肩を落とした。
「流石に霊能力と関わりがなかった素人には無理があったか」
零人は彼の様子を見守りながら、半ば諦め気味に小犬神を使って最低限の数の悪霊を消し払うのみ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そこから時間は経ち、優人は悪霊に追い詰められた挙句に怯えて地面に蹲っていた。
「もう嫌だぁ、帰りたい」
「こいつはダメか、残念だった」
意気消沈した優人にこれ以上苦痛な仕打ちを零人は与えられなかった。溜め息を付きながら零人は魔法陣を解除して地面に降り立つ。
『ウッ、アァァ……』
「嫌だあぁぁ!」
優人は悪霊達からこれ程まで追い詰められ、彼の精神は追いやられて限界の寸前。
理不尽に襲いかけて来るその亡者共に対し、極限に達した優人は子供のように泣きじゃくりながら喚き散らした。
「お願い、もう僕を追いかけないでぇッ!」
その時であった、優人の体から第三の黒い拳が飛び出したのは。
突如出現したその漆黒の拳は近づいてきた悪霊へと飛んでいき、渾身の一撃を悪霊の顔面に喰らわせる。