第26話 喰らう者達
これは……真に力のある者達が集い己の忍耐と体の限界を超えられし強者のみ勝利を掴み取ることができる闘争である。
その目標のために、日頃の努力と生まれ持った才能を駆使して戦い抜いた者は富と名声を獲得できる。力の象徴と自証明のため、そして欲のために戦う。
それは──毎年恒例の上葉街大食い大会である。
その大会はこの街で毎年この季節になると行われる大会である。企画、食費、賞品など全てを街が負担するという一大イベントだ。賞品は年によって異なり現金の場合もあれば、掃除機や高級家電製品の場合もある。
しかし、大会の順位発表が終わった後にその年の賞品が発表されるためそこもまた楽しみの1つである。
今日は土曜日……食い過ぎても大丈夫な曜日である。
大会に出場できるのは、ペアチームだけだ。その大会に出るのはもちろんこの2人……
「この大会、出るの初めてなんだよね。でも前から出たかったの」
「僕……大丈夫かなぁ?」
優人と香菜である。この2人は大会初出場であるため、今大会のダークホースポジションだ。2人は学校だけでなく、地域の人々にも顔が広い。
「お前らがんばー!」
「あんまり無理しないでねっ!」
零人と菜乃花は2人の応援のために駆けつけた。出場者控え室に向かう優人らを観客席から2人を応援する。観客席は野外ライブ並に広いがギュウギュウに人が詰まっている。
「でもこんなイベントがあるなんてな」
「私も初めて知ったよ、いつもこの時期騒がしかったのはこれのせいだったんだね」
AブロックからCブロック、1つのブロック約10組である。2人はCブロックだ。この大会はそれぞれのブロックから1組を選出した後、決勝を行う2段階システム。
「これ──アイツら本当に大丈夫か?」
「うん……それが怖いね」
零人と菜乃花は2人が倒れた場合のことをひたすら考えていた。零人はこの日のために数日間霊力を少し貯めて転送術がいつでも出せる準備を整えた。
──そんな不安の中、大会が開幕した。そして早速Aブロックの試合が始まる。
『Aブロックぅぅ、スタートぉ!!』
「うおぉ!!」
「しゃらあぁぁ!!」
『!?』
2人が見たもの、それは壮絶な争いであった。出場者達が死にものぐるいで出された品に食らいついているのだ。勢いよく、そして食べ物を汚らしく食していく……
何人もの選手がリタイアする程、お題は難関であった。まず1回戦のメニューは見たことのない量の大盛りラーメンの豚骨醤油味。上にトッピングされているチャーシューが選手たちを苦しめる。
「前にあれ、テレビで紹介されてたラーメンだよ!」
「え、あれの後にも食うんだよな?嘘だろ……」
2人が選手たちに引いている中、次々と彼らに出されたのは特大のマルゲリータピザ、30枚程重なっていたパンケーキ、大きなちゃんこ鍋が1つ、そして最後が特盛のパフェである。
最後に至ってはSNS映えのみを意識した結果、後悔した女子高生が10人近い人数でかからないと食べ切れないタイプのあのパフェであった。
2人がかりで食べていく仕組みだがそれでも棄権するチームは多い。
「市民大会のレベル超えてねぇかコレ?」
今年は例年の大会よりもハードなようだ。だがこのブロックで2人の目に止まったチームがあった。
「あそこの2人、凄いよね。体そんなに大きくなくて食べ方綺麗なのにめっちゃ食べてるよ」
「うん、それもあるがそれより……」
「──やっぱり零人君も思った?」
「……うん」
その2人組は泥棒のようなフェイスマスクを着用していた。目と鼻、口を隠していてその上食べるので他のチームよりも目立っていた。歓声の中から彼らを応援する声も増えてきた。
「いいぞー!」
「いけいけー!!」
そして彼らの勢い止まらず、そのまま先ほどのメニューを完食した。完食時に立ち上がった彼らの体型は華奢で零人達は驚愕した。背も想像以上に小さかった、おそらくまだ未成年だろう。
『Aブロック突破は、『NoFace』!!』
「ん?あぁ、あれ──」
『続いてBブロックぅ!』
──Bブロックを突破したチームは常にテレビに引っ張りだこ、日本一を決めるフードファイトの大会でも入賞経験のあるフードファイターの2人組だった。最初からもう勝負は決まっていたようなもので、あっという間に彼女達が平らげていた。
『完食〜!Bブロック突破は『スモーレスト』!!』
「スモーレストってどこが!?」
「アハハ、あれはしょうがないよ……」
2人は薄々、あのチームが優勝ではないかと疑い始めていた。
──そしてとうとうCブロック予選が始まろうとする。
優人と香菜のカップルコンビ……『ソウルズ』が出陣した。
「頑張ろっ、香菜ちゃん!」
「もちろんっ!」
このフラグがどちらに傾くか零人は考えていたがその瞬間、思考するのを止めた。ステージに上がった2人はすぐに注目の的となる。周りは大男達のチームばかりなのだから。
「あぁ〜、これは……」
「でもあの二人がどこまで行けるんだろう?」
「頼む、食い過ぎで倒れるのだけは止めてくれ……」
そして開戦の合図が鳴る。司会者の声と共に戦士達の雄叫びが会場中へと響き渡る。
『Cブロックぅぅ、スタートぉ!!』
「おらぁ!!」
「やってやるぜぇぇ!」
『いただきま〜す!』
一斉にみな、ラーメンに食らいついた。だがやはり上にあるチャーシューの層が行く手を阻む。これにはどのチームも苦戦し手を焼いていた。だがある1チームを除き──
「香菜ちゃんチャーシューいる?」
「優人食べて良いよ。私メンマ食べるから」
『!?』
無論この2人だ。既にその器には既に『チャーシュー』の姿はなかった。
「マジでか……」
「二人ともスゴいねぇ……ハハ」
これには零人と菜乃花もさすがに引いた。2人の食べ方が綺麗でまだ良かったが、食べるスピードは遠慮がなかった。2人とも凄まじい勢いで食べ物を口に運んでいく。
「でもそうか……確かにアイツの能力にはうってつけだな」
暴食の大罪は他の大罪と違いある特殊な性質がある。それは文字通りの『暴食』だ。
暴食の能力者は人間が心地良いと思うレベルまで満腹中枢を満たし、しっかりと体に必要なエネルギーが溜まったと体が確認すると自動的に霊力に変換するという特性が存在している。
逆に霊力を必要に応じてカロリーに変換して補給することも可能である。
なので香菜はこの品々を美味しく、苦しむことなく、太ることもなく食べられるというまさに女子憧れの体なのだ。
一方優人はなぜここまで食べられるのか──理由は謎である。
「おいおい、あそこのチームやばいぞ」
「あれだけの量を食べても笑顔のままだぞ!?」
観客達が驚愕しどよめく中、2人はもうすでにラーメンを完食してピザを食べていた。
周りのチームは苦悶の表情を浮かべているというのに、この2人は笑顔でこのピザの味を楽しんでいる。
「このピザ美味し〜い」
「もっちリしてる〜」
次第にこの2人を応援する観客達が増えていた。
他の選手達がピザを食べている頃にはもう2人はピザとパンケーキ、鍋まで既に食べ終えていた。食べているパフェもいつの間にかトッピングが消え、半分程食べていた。
しかも今まで主に食べていたのは、暴食の香菜ではなく優人のほうである。あの小さな体の中にある胃袋は異次元へ繋がるワームホールでも格納しているのだろうか。
そしてCブロックの決着がつく。
優人達は他と圧倒的な差をつけて勝利した。
『な、なんとぉ!Cブロック、決勝進出は『ソウルズ』うぅ!!』
「やったぁ!」
「うおぉぉ!?アイツらやりやがったなぁ!」
これで2人の決勝進出が確定した。ちなみに3位以内に入ると賞品はそれぞれ必ず手に入るため既に勝ったようなものだがもちろん狙うは頂点。 1位を取ろうと2人は奮起する。
──そしてついに決勝だ。決勝前に零人と菜乃花は優人達にエールを送った。
「出し切ってこい」
「頑張って!」
もはや2人は優人達に何と言えば良いのか分からなくなりかけていた。
ステージに3チームは上がった。席に着くと司会が早速、決勝戦のルールを説明する。
『決勝戦は早食い対決です。お題は、この積み重なった50枚のハンバーグ!こちらです!!』
現れのは、デミグラスソースの香ばしい匂いの漂うハンバーグステーキ。それはタワーと言うのが相応しい風貌だった。1個1個の大きさはあまり大したことはない。だが先ほどの料理達を完食した後にこのタワーは厳しい。
優人達はそのハンバーグと睨み合い、開始のゴングが鳴った。
『カァンッ──』
開始の合図がを耳にすると『NoFeces』と優人達は先程と比べものにならないペースで食い進めた。流れ作業のように口につめる。
しかし、本命だったフードファイターチームは2チームには遠く及ばない程のスピードだった。それどころか苦悶の表情を浮かべていた。
このフードファイター達は、大食いや制限時間内に食べ切ることなどは何度もやってきたが、早食いは苦手なのである。一口で食べる量は多いがペースはとても遅い。あっという間に引き離され、このチームの敗北はほぼ確実になった。
ここからはこの2チームの争いとなる。両者変わらない次元の戦いを繰り広げ、猛烈にそのテーブルの肉を口に運んだ。
両チームとも味方同士の連携が整っていて、お互い食す速さが異常な程早いので交互に食べあっている。そしてフードファイトとは思えないマナーの良さの中、戦いは拮抗していた。
そしてハンバーグのタワーは残り数枚だけとなる──
「うおおぉぉ!!」
──激闘を制しついに決着が着いた。勝ったのは……
「NoFecesだー!今年の優勝チームは、NoFecesです!!」
惜しくもギリギリ、0.3秒程度の差で優人と香菜は負けてしまった。
優人達は悔しくない訳ではなかったがハンバーグの美味しさが後から一気に来てその味で2人は笑顔になり、そんなことはどうでも良くなった。大食いによって食事の楽しさとありがたさを実感したのだった。
そして優勝したNoFecesは、歓声が巻き上がる中、覆面姿の2人はそのマスクを外して素顔を見せた。2人の正体はとは────白夜と優人の妹の沙耶香だった。
『えぇぇぇぇ!?』
会場の全員が声を揃えて驚いた。優人達にとっては知り合い、周りにとっては中学生なのだから。
「ふぅ、久々にこんな食べれましたよ〜」
「いいわよ、こっちに戻ってきたら一緒に出るって話もしてたことだし……」
優人が見た様子だと術もハッタリも使わなかった模様だ。2人に霊力に乱れが一切ない。今時の中学生は実に恐ろしい。
そしてそれよりも優人はこの間会ったの年下友人と妹が仲良く、それも以前から知っているような間柄であったことに驚いた。
「いや〜お2人共良い食べっぷりだったので、つい火がついちゃって……」
「せっかくなんで覆面してましたー。お兄ちゃんと香菜姉が一緒に来るのはちょっと予想外だったけど」
「えっ、2人って知り合いだったの?」
優人よりも先に香菜が質問した。
香菜からしたら2人は長い付き合いだ。沙耶香はもちろん、白夜も同じ大罪の能力者として知人だった。
零人は単独の任務ばかりで香菜が上葉町中心の任務だったため関わりが薄かったが白夜とは任務でよく同じになっていたため、周りが見えていなかった当時の香菜でも覚えていた。
「前にもお話しましたが、中学が同じ三用中なんス」
「ホラ……7年前にお兄ちゃんがいなかった時にすれ違いだったから、面識とかなかったけど」
「あっ……」
「そうなの!?全然気づかなかったよ〜」
優人達が一緒に話している中、観客席にいた菜乃花は何が何やら分からなかった。菜乃花は2人を知らなかったため、零人に質問をした。
「もしかして、あの子達って知り合い?」
「あぁ、優崎の妹とこの前に言った俺の同僚の白夜だよ。白夜は呼ぶ時にシロって言うと反応してくれるぜ」
「え……シロ?もしかしてワンちゃん関係の方?」
「普通にあだ名らしい」
「あっ、なら良かった」
「覆面してたけど、大体2人の霊力の感じですぐに分かったよ」
「わお、すごいね」
(──なんかなぁ……少し盗み聞きしてたがアイツら、何かありそうな雰囲気だったな。まぁ、これ以上は家庭的な問題な気がするし、止めておこう)
──その場は少し微妙な空気が走ったがすぐな表彰式が始まる。ついにお楽しみの賞品が発表される。
『まずは3位、こちらは1年分のティッシュです』
「わ、わああい」
「やったー」
たかがティッシュでも1年分ならば損したような感覚はないだろう。もし2人が本職のフードファイターでなければ……
引きつったような笑いをしながらカメラに向かって2人はピースした。
そして優人達の賞品が発表される。
『続いて第2位は……テイスティーランドの団体招待券!7月27日に行われる特別イベントの10組限定の無料招待券でございます』
「ウソぉ!?やった〜!!」
「やったやったぁ!!」
優人達はその賞品の豪華さに飛び跳ねて喜んだ。
ちなみにテイスティーランドとは映画会社『ボルト・テイスティー社』の作ったテーマパークのことである。天界にあるデスティニーランドのモデルである。
しかもチケットは団体チケット、優人達はもちろん零人と菜乃花と共に行くであろうと思った。
そして白夜と沙耶香ペアの優勝賞品が発表される。
『今年の優勝チームNoFecesの2お人に送られる賞品は──なな、なんと1200万円相当の指輪が送られます!!』
「「うええええぇぇぇぇぇ!」」
「えっ、え!本当に!?」
「嘘……すごい」
会場中の人が絶叫した。これは当然、大会史上最高額であり、しかも優勝者は中学生である。これ自体は企画側も予想していなかっただろう、主催者すら苦笑いしていた。
「え、こんなことってあるんだ……」
「でもこんな金一体誰が──あれ?」
零人はふと、ステージの横を向いた。気づかなかったがそこには大会本部のようなテントがあった。そんな中、何人かが座っていた。零人は気になってしまい、今日の搬送用に使うはずだった霊力を使い視力向上の術を使用してテントの中を覗いた。
(で、どんなのが役員やってんだ?まさか有名人だったりしてな……)
ズームしていくと、横長のテーブルとそれぞれ役職の書かれたカードがテーブルの前に置かれていた。そして主催者というカードが置かれた席があった。
──今年の主催者席に座っていたのはなんと優人達の父、優崎仁だった。
「…………マジかよ」
零人は大会の裏の存在に恐れおののいた。
そして賞品が彼らに渡される。だが指輪の方は司会が進行した。係員からアルミケースが渡され、その中にあった小さな箱を司会者が取り出す。
「じゃあ新川君、優崎さんにつけて上げて」
「は、はい!」
白夜は箱の中からそっと指輪を取り出すと、付けにくかったため片膝をつけて沙耶香の指にはめ込んだ。すると観客席から歓声が巻き上がった。
『うおおおぉぉぉぉ!!』
はめた後、自分がしたことにようやく気がついたのか白夜は赤面した。白夜が恥ずかしそうにしていると沙耶香がもっと赤く顔を染めて言った。
「何照れてんだよシロ……こっちまで恥ずいじゃん」
言い方こそクールだが、言っている沙耶香が1番恥ずかしそうだった。でもその分とても嬉しそうにしていた。
それを間近で見た香菜は不意にキュンとさせられた。
(ヤバい、この組み合わせ……尊い!)
2人は普通に仲の良い者同士で出場しただけだったのだが最後は結婚式のワンシーンのようになってしまった。そのあまりのむず痒さに耐えかね、強硬手段として沙耶香は叫ぶ。
「なんじゃこりゃああぁぁー!!」
この出来事が大食い大会どころか大食い業界でも伝説となり、この後この2人学校で他の生徒達にからいじりの総攻撃を食らうことになったそうな……





