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第23話 強欲なる救世主

 縁とはとても奇妙なものだった。手繰り寄せられた奇跡の糸は思わぬ形で繋がっていた。


「何故ここに『強欲』がここにいる! この街に……」


「なぜって……俺が7つの大罪の『強欲』の能力者だからだ」


 理由になっていない返答を少年は返した。だがその返答に反して彼は少年とは思えぬほどの猛々しい気を放っている。


「計算外だ、ありえない」



「難しいことは分からないんで何も聞かないっスけど──お前を強欲の大罪、新川白夜の名において地獄に送る」


 現れた強欲の能力者の少年、白夜は対峙して早々に男へ断罪宣言を下す。

 その宣言は男に対する挑発でもあった。その少年の自信と勇気に溢れた表情、そして計画の狂いに男は苛立ちを隠せなかった 。


 男の叫びに共鳴するように一部を破壊された結界が修復して再構築され、少年もこの結界内に囚われた。


「下賎な痴れ者が、図に乗るなァ!!」



 男は即座に巨大な魔法陣を展開した。複数の魔法陣が展開され、合体し1つとなった魔法陣から巨大な大蛇が召喚される。

 その大蛇の図体はとても巨大でアフリカ象並の体格であり牙もまるで象牙のように反っていて体が大木と見間違うほどに太い。


『シィィィ……』


 舌なめずりをして大蛇は1滴のヨダレを地面に零す。そして瞬きをする間もなく、大蛇は巨躯からは想像できぬ速度で少年との間合いを詰めた。

 大蛇は口を180度まで開き、少年の上半身を噛みちぎりにかかる。


『シャアァァァァ!!』


「──んなの無意味だ」



 大蛇は白夜に噛みつきにかかり、牙が彼の頭蓋に到達仕掛けた瞬間、爆ぜるように蛇は全身を消し飛ばされた。


 ダイナマイトを何十本も体内から爆発させたような威力と衝撃が異界内に迸る。大蛇だった霊力はまとまることすら不可能となり、細々と大気中の霊力へと還って希釈していった。


「うそ、いっ今、あの子……」


 優人は眼前で起きたことを信じられず、自身の目を疑った。白夜は体を動かしてすらいなかったのにも関わらず、反撃して魔物を粉微塵にしてしまったのだから。


「──て、あれ?」


「あぁ、優人!」


「あれ!? 目の前に香菜ちゃんがいる!」


 気がつくと優人は香菜の足元近くへと運ばれていた。そして何故か、多少動ける程度に回復までしていた。不可解に感じながらも、これは彼が行ったことだとすぐに推測がついた。


「うわっ!!」


「うっ……」


 再び轟音と共に爆風が異界の中で暴れ出した。タイムラグがあるが先ほどの攻撃の影響による突風が発生していた。


(あれ? でも……)


 優人はこの時もまた当惑した。なぜならこの程度の距離しか離れていないのに対し()()()()()()()()()()()()、それが1番の疑問だった。最初、彼に道で助けられた時のような違和感がある。


 そして爆風を起こした張本人はまるで別人のように表情が豹変していた。

 少年は野獣や鬼神の如く闘志剥き出しで歯を見せながら笑っている。零人の時のような余裕を見せつけるような笑みではなく、敵に恐怖心を与えるための威嚇。

 正義の英雄が現れたのだということをその場の者に伝えるためのポーズ。


 白夜は全身を強ばらせ、歯を食いしばる。



「ウガラアァァ!!」


 叫ぶと共に彼は拳を振り下ろし結界の地面に叩きつける。

 するとその地面は隕石が落下したかのように、地面が凹みながらひび割れていく。被害を受けた地面はまたうっすらと元の場所の景色を映し出していた。


 驚愕している男に白夜は質問を投げる。


「ハッ、どうかしたんスか?」


「結界が魔術でなく拳で破壊──馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、奇妙、不可解、不条理ッ! だが……」


 男は懐から先ほど香菜を刺そうとしていた刃物を出し、一直線に投げた。投げている最中にいくつかの魔法陣を包丁は通り抜け、加速し質量と数を増やしていた。

 複数に分裂した刃物は魔術を伴いながら白夜へ飛ばされるが、彼は涼しい顔のまま頭を掻いた。



「包丁ぶん投げるだけなんて……あまりにも無策じゃないのか?」


 少年の体表付近に包丁が到達した時、刃が砕け散る。不可視の壁にでも衝突したように刃が割れて粉々になる。

 鉄屑となって刃は地面へと撒かれ、柄だけが無造作に転がった。


「あぁ……ああ、ああぁ、あああぁ、ああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 発狂した男は魔法陣を展開し無数の炎の玉を引きずり出す。炎弾は出現と共に弾丸と等速で発射される。


「焼き散れぇ!!」


 夥しい数の炎の玉が断続的に射出されて少年を襲う。少年は全身を炎に包まれた。

  しかし尚、傷一つ付かないどころか、余裕の表情のまま男の方へと歩いてくる。


「なぜなぜなぜなぜどうして、どうしてっ! 刃にも魔法陣にも異界の魔術を介入させて放った。なのにィ、なぜぇぇ!!」



「──魔術だろうが物質だろうが、俺の能力の『凶星』の前じゃ何もかもが無意味っス」


 男は恐怖から言葉を失い、いつの間にか握っていた拳が手汗で濡れていた。気づけばその足はガタガタと軽く震えていた。


「俺の能力の正体は『振動』。この能力は普通の術と違って、どんなもんでも攻撃できる」


「たっ、たかが振動の能力でそんな……はったりだろう? たとえ振動だとしても、魔術まで破壊できるワケが──」


「物質も霊力も捉えて、振動させる。そうすれば万物は内部から壊れて消える。魔術も維持できないぐらい霊力を見出せば壊せる。森羅万象、俺に破壊できない物はないっスよ」


 男は白夜に対し、この能力の前では自分は無力であるという未曾有の恐怖を抱いた。



「──確かにそうか。だが……敵地で話をする余裕があると思っていたか?」


 男は手元に魔法陣を出して魔術を発動する。すると白夜は突然、喉を抑えて口をパクパクと動かした。


「──っ!?」


「この異界は絶対支配空間。真空状態も作り出せると何故、想定していなかった? その頭蓋の中は能力に比べ、陳腐な劣悪品だったようだな」



 白夜の意表を突いた攻撃。真空状態ならば震わせる空気もなく、呼吸を封じて殺害が可能。形勢逆転の一手であった。

 ──だがそれは仮に()()()()()()()()の話だ。


「────」


 少年は腹を抱えて笑い倒していた。空気がなく音の響かないその場所で彼はまるで喜劇でも見ているかのように大口を開けて笑っていた。


『──ほんと、馬鹿だなぁお前』


「はッ!?」


 再び少年の声が聞こえた。その声はまるで優人や男と近い距離にいるかのように大きな音で届いた。

 だがテレパシーなどのように脳内へ直接響いているのではなく、()()()()()聞こえてきた。


『俺の能力の範囲内ならこの異界全域よりも広い。お前が平気で立ってるなら、そこに空気はあるんだろ? ならお前の付近の空気を振動させりゃ俺の声なんて届けられるし──』


「妨害する術を壊しながら空気をこっちに移動させれば、呼吸ができる」


 空気を戻すと何事もなかったように少年は男を見て、笑顔の威嚇をした。その見た目と能力とは裏腹にとても静かに。


「あぁぁ、愚者が。苛立たしい苛立たしい苛立たしいッ!!」


 男は再び炎を魔法陣から出し拳に纏わせて自ら飛びかかろうとした。


「させるかァァッ!」


 男の注意が少年に向いている隙に香菜は拘束具から抜け出していた。

 そしてチャンスを物にした香菜は自身の大罪の武器である『死神の大鎌』を男の腹を突き刺し、身動きを封じる。

 実体干渉力を消して殺傷能力を失わせ、刃から男の霊力を吸収していく。先ほど取られた優人の霊力も含んでいたため、大量の霊力が大鎌を通して移動した。

 膨大な霊力の移動により、男の全身に激痛が走った。


「あがあぁぁぁ!?」


「さっきのお返し。()()()だったのを良いことに利用しやがって──シロ君、やっちゃって!」


「オッス!!」


 香菜の声に答えると白夜の体の横から光の筋が2本出現し、それぞれが少年の両拳に収束し始めた。

 光は白夜の両手に赤みを帯びてまとわりつき、篭手として装着される。騎士の鎧のような紅の篭手が少年の拳に装備される。


「『大魔の篭手』ッ!」


 凶星の振動による爆発力で一気に男の懐まで白夜は接近し、男の心臓部に狙い澄ました。

 武装した拳を強く握りしめ、力を拳先に集中させる。拳は術士の胸に衝突し、振動と男の断末魔が辺りに響く。


 そしてその2つの音をかき消すように白夜は叫んだ。


「がらァァァァ!!」


 拳の直撃と同時に空気中の分子までもが震え始める。

 男が攻撃を食らっている最中、胸に謎の魔法陣が現れた。だが魔法陣は砕け散って光とともに消滅する。

 魔法陣の消滅を皮切りに、男の体はどんどんと崩壊して散り散りになっていく。

 全身に振動が行き渡る時は凶星による分子運動の活発化によって男の体内温度が爆発的に上昇し、血も臓物も一片残らず蒸発して消えていく。



「ぁ─────」


 体は振動で完全に破壊され、遂には男の肉体は塵よりも細かく砕けて宙に消えていく。


 そして男の死亡と共に結界は消滅した。


 今度は霧が晴れるように結界がなくなり、見慣れた通学路に優人達は立っていた。

 優人の怪我もいつの間にか治癒しており、3人は無事に異界の外へと脱出した。



「あの、助かりました! えっと……ありがとう!!」


 優人は状況の整理すら付いていないまま、真っ先に少年に礼を述べる。

 すると少年は先程の雰囲気とは一転し、朝に会ったの時のような穏やかで優しい雰囲気となっていた。


「いいスっよ、そんな別に……にしてもあんちゃん。今日は災難だったっスね」


「ま、まぁね……本当にビックリしたよ」


 優人の無事を確認すると白夜は安堵の表情を浮かべる。そして顔の向きを変え、今度は香菜に頭を下げた。


「お久しぶりです香菜さん! 遅れてすいませんでした」


「危なかったよ〜。でも来てくれてホント、ありがとう。助かったよ。でもなんで急に来れたの? 海外で修行中じゃなかったっけ?」


「もう修行は終わりました。だから7年ぶりにこの街に戻ってこれたんスよ。明日から学校もすぐそこの三用中に通って──」


「「ええぇっ!?」」


「え、どっどうしたんスか?」


 2人は声を揃えて驚いた。何故なら三用中とは2人の出身中学校、そして2人の両親の出身校でもあり優人の妹と弟の沙耶香と凌助も現在は通っている馴染みの深い場所だからだ。


 驚いている2人を見ていると、白夜は思い出したかのように優人に向かって挨拶をする。


「新川白夜と申します、気軽にシロって呼んで下さい。ダチからは、そう言われてるんで。俺は2年A組です」


「あっ、じゃあシロ君は凌くんと同じクラスじゃん!!」


「え、凌くんってもしかして優崎凌助のことっスか!? こんなことあるん──ん? 待てよ、やっぱりどこか似ているこの感じ、そしてこの雰囲気……はっ、もしかして凌助のお兄さんですか!?」


「そうだよ〜」


「まっ、マジっすかあぁぁ!?」


 優人が凌助の兄と判明した途端、先ほどあんな恐ろしい男を倒した者とは思えないような低姿勢と速度で何度もお辞儀を繰り返す。


「い、いつも優崎家の皆さんにはおおおお世話になっております! 今後ともよろしくお願いしますお兄様!!」


「お兄様って……恥ずかしいよぉ」


「すす、すいません!!」


 お兄様と呼ばれた優人は満更でも無い様子だった。白夜は取り引き先で謝罪をするサラリーマン並に必死で高速のお辞儀のラッシュを優人にお見舞した。

 そして白夜はお辞儀ラッシュの後、ハッと何かに気がついた。


「そういえば、優人さんって最近話題になってた零人さんの一番弟子ですよね? しかも優人さんって香菜さんが前に言ってた幼なじみですよね……なんだこれ!? 関係者だらけじゃないですか!」


 確かに白夜の言う通り、異様なまでに彼は優人の周りの人物と繋がっていた。これには優人も驚きを隠せなかった。

 慌てふためいた白夜は落ち着きを取り戻すと仕切り直してもう一度優人に自己紹介をする。


「──それでは改めてまして7つの大罪、『強欲』の能力者、新川白夜(あらかわびゃくや)と申します。優人さん、是非ともよろしくお願いします」


「うんっ、よろしくねシロ君!」



 ──白夜もまた、優人達の奇妙で複雑に繋がった縁の中の1つである。

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