第1話 青い目の転校生
その全ての始まりは半日前のことだった。
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ホームルーム前からざわめき立つ教室内で一人、無邪気な顔で欠伸をかく少年が机に突っ伏している。
「ふわぁ。昨日の夜ちょっとゲームし過ぎちゃったかも」
優崎優人。ここT県の上葉町に私立上葉高校に通う高校一年生。幼さを残した無垢な顔と欧米人のような薄い金髪が特徴の少年だ。
ゲームによる寝不足で朝から呆けた表情をしていると、優人は興奮気味のクラスメイトに声をかけられる。
「なあなあ、例の話聞いたかよ優人」
「どうしたの政樹君?」
「今日さ、なんかこのクラスに転校生来るらしいよ」
「えっ今日!? なんでこんな時期に?」
仰天するのも無理はない。何故なら今は5月の上旬、優人達が入学して一ヶ月が経つ程度の半端な時期だ。
そんなタイミングで転入してくるというのは極めて稀。優人以外の生徒達がざわめくのも無理はない。
様々な噂や憶測が飛び交う最中、担任の女性教師が教室に到着する。
「はーい皆さん。知ってる人もいると思うけど、今日はうちのクラスに転校生が来ます」
噂が真実と知り生徒達は益々盛り上がっていった。事態の収集が付かなくなる前にと、担任は廊下へ向かって言葉をかける。
「はいはい静かにねー。それじゃあ真神君、もう入ってきていいよ」
「はい。ふぁ……」
声が聞こえると同時に扉が開き、廊下からは眠たそうな表情で佇む一人の青年が姿を現した。
彼を見た瞬間、クラス一同が釘付けになった。
身長や髪型こそ平凡ながら、かざりっけのない自然で精悍な顔立ち。余裕のある落ち着きで、高校生には思えない風格。
だが何よりも皆を惹き付けたのが彼の瞳の色だ。彼の瞳は快晴の空や水に近い透き通るような瞳だった。ハーフや外国人の青い瞳よりも更に澄んでいるその目には、人を吸い込む魔力のような美しさがある。
「あ、早速いいっスか?」
「はい、お願いね」
美少年と言うに相応しい彼だが、近寄り難い印象はない。優人に関しては親しみやすいとさえ感じていた。
担任へ確認を取ると青年はクールで眠たそうな態度のまま、淡々と自己紹介を済ませた。
「初めまして真神零人です。血液型はA、趣味はギター、前の学校でのあだ名はマシンガン。よろしくー」
転校生、真神零人は口を開きペラペラと棒読み風に自己紹介を終える。
普通ならいい加減な自己紹介と思われるかもしれないが、彼の落ち着いた雰囲気と冗談を交えた早口の自己紹介がかえってギャップとなり、クラスメイト達にはウケた。
「それじゃ真神君は、優崎君の隣ね」
「はい」
この時になって優人はようやく自分の隣の席が空いていた事に気が付いた。
零人が席に座ると優人は新たな隣人として挨拶を交わす。屈託の無い笑顔で優人が笑いかけると、零人は微笑みを返す。
「初めまして、僕は優崎優人。これからよろしくね!」
「あぁ、零人だ。よろしく」
彼は挨拶を交わすと、その後に数秒ほど優人を見つめていた。優人は首を傾げて不思議そうな顔をしたが、零人は何でもないと言って前を向く。
「転校してきたばかりで真神君も分からないことがあるだろうから、そこら辺は優崎君が教えてあげてね」
「はーい!」
優人が当面の間、零人の学校生活の補佐役と決まってからホームルームは早かった。転校生として零人はクラス中から注目の的となり、生徒達から質問攻めを受けていた。
一日はあっという間に経過して放課後、帰りのホームルームも終わって優人は下駄箱の前で座っていた。靴紐を結び帰宅しようと歩き出した瞬間、彼は後ろから声をかけられる。振り向いた先にいたのは今日転校してきた零人だ。
「おい、優崎」
「零人君! どうしたの?」
「いきなりなんだが、一緒に帰らないか?」
「もちろん良いよ~! 零人君の帰る方向って一緒?」
「あぁ、俺ん家と同じ方面だってさっき先生言ってた」
「そっか。それじゃあ帰ろっ」
二人は揃って家まで帰ることとなった。しかし学校を出て十分以上経っても会話の盛り上がりはなく、零人はほとんど無口で優人の横を付いて歩くだけ。優人はその事に何も疑問や不審感は抱いていないが、零人の表情は固いまま。
周囲に人の気配がなくなった途端、零人は話を切り出す。
「優崎」
「うん?」
「俺はこの街に越してきたばかりでな。その前まではまあ、色んな事に手ぇ出してやってた。海外を飛び回ったりもしたか」
「本当に!? それってすごいね」
「今まで多くの経験をしてきたが、その経験からどうもお前に気になることがあってな」
「気になること?」
零人は一瞬沈黙すると周囲を注意深く確認した後、優人へある疑問をぶつける。
「お前の髪は、元からその色なのか?」
緊張感を持って投げられた質問を、優人はなんて事ない様子で返す。
「ううん。僕の髪って前は黒だったんだ。でもある日に突然この色になったの。理由は分からないんだけど、お医者さんは突然変異みたいなものだって言ってた」
「医者が言ってた、か。そうか……やっぱりな」
彼の言葉の真意が分からず優人は首を傾げる。直後、零人は思いがけない言葉を口にした。
「それはお前が霊能力に覚醒した証拠だ、優崎優人」
「……え?」
突拍子も無いことを告げられ、優人はひどく困惑した。
「えっと、どういうこと? 霊能力とか、覚醒とか」
「何で気付いてねぇか分かんねぇけどよ、そもそもお前はれい……いや、まずは俺の方がしっかりと名乗らねえとな」
零人の語った内容に頭が追いつかず優人はますます混乱していた。衝撃の内容を話した当人はその説明より先に、己の正体を明かす。
「俺は真神零人。7つの大罪『怠惰』の名を持つ霊能力者だ」
「……?」
「優崎、お前には霊能力者になる資質がある。それを伝えるために俺はここへ来た」
二人の間には沈黙が流れていた。